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    Satsuki

    短い話を書きます。
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    Satsuki

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    遅刻ハロウィン。ユリがサキュバスなパロ。レトユリレト。

    #レトユリ

    「よお、待ちくたびれたぜ」
     寝台の上に腰かけて、本から顔を上げた人物を見るや、ベレトは慌てて扉を閉めた。すでに日は落ちて数刻。生徒たちは夕食を終えて各々の部屋へと戻り、消灯を待っているはずだ。尤も、寮室を使っていない彼……ユーリス=ルクレールにとって、そんな時間割は関係ない。彼は時間など気にすることなくこうしてベレトの部屋に入り込み、好き勝手に過ごしてベレトの帰りを待っていたのだ。それにしても一体いつからここにいたのだろう……パタンと手元で閉じられた本は、随分読み進められていたように見えたが。
    「ユーリス、来るときは知らせるようにといつも……」
    「ははっ、悪い悪い。でもな、いつも突然空腹になっちまうんだよなあ」
     笑う口元からチラリと覗いた犬歯は、いつもより鋭く尖っているように見えた。ぼんやりと、彼をとりまくオーラのようなものが暗い部屋に浮かび上がり、ベレトは息を飲む。
    「それに、いつでも来いって言ったのはあんただろ?いい加減、慣れろって」
    「慣れる……」
     ユーリスは脚を組み替えて、暗闇にギラギラと光る目でこちらを見ている。ベレトは一つ息を吐くと、扉に鍵をかけ、ユーリスに近付いた。嬉しそうに目を細めたユーリスの周りで、ふわりとしたオーラが揺れる。それは、彼の髪色と同じ薄紫色に、花びらのような桃色を混ぜたような、そんな色をしていた。

     サキュバスと呼ばれる種族が存在する。とは、彼の弁だ。そう明かされた時、最初は何を言っているのか理解ができなかったが、要するに人間の精気を吸って生きる者たちのことをそう呼称しているらしい。とはいえそんな名前を聞いたことも、読んだこともなかったベレトは、ユーリスの語る彼自身の正体がどこまで真実なのかも分からなかった。
     『俺様を士官学校の生徒としてもう一度迎えてくれた、恩師ともいえるあんたにこんなことまで頼むのは気が引けるんだが……』そう前置きしてから、ユーリスは切り出した。曰く、俺にあんたの精気を吸わせてくれないか、先生。
    「精気、とは」
    「う~んなんて言えばいいのかな……こう、あんたが生きてる力、とでも言えばいいのか……とにかくあんたと出会ってからさ、吸いたくて吸いたくてしょうがねえんだよ」
     匂いがいいんだよなぁ。そう言って舌なめずりするユーリスに、正直言ってベレトは迷った。本当にユーリスが人ならざる者であるというのであれば、この場で斬り捨てた方が良いのではないかと考えたのだ。魔物の類は何度も斬り伏してきた。ただ、それは討伐依頼を請け負ってのことだったり、傭兵団に危険が及ぶ可能性があったり、自分自身が襲われて、純粋に生きるために戦ったりしてきた結果だ。こんなに堂々と目の前に現れ、しかも人の形を……生徒の形をした魔物と対峙したのは初めてで、ベレトは困惑した。
     ベレトの放つ微量な殺気を感じ取って、ユーリスは悲しそうに小首を傾げて見せる。
    「やっぱ、ダメか?……なら、頼みを変えるよ。俺が人間じゃないってこと、忘れて、このままあんたの生徒でいさせてくれねえかな」
    「……精気を吸われた人間は、どうなる?」
    「吸いつくされた人間は、死ぬな」
     心が揺れた。だが、目の前の少年が剣で人を殺めていたとしても咎めないのに、食事のために人間を吸い殺していたとして、それは自分が裁くことができるのだろうか?
    「もちろんあんたから精気を貰う時は加減するさ。それに、誓って言うが、俺は食事のためだけに人を殺したことは無い……本当だぜ?」
     まあ、信じるか信じないかはあんた次第だけどな。肩を竦めて見せ、ユーリスはジッと正面からベレトを見つめた。美しい瞳だった。あんたへのこの気持ちは、まだ信頼と呼べるかは分からない。そう言いながら、ベレトに自分の過去を明かしてくれた時と同じ目だ。それが本当に美しいのか、それともすでに彼の魅了にかかっているのか、もう判断ができなかった。ベレトは自分がかなり長い間迷っていたように思ったが、それは存外短い時間であったらしい。根気よく、どこか期待して待っていたユーリスは、ベレトが殺気を消したことに胸を撫でおろした。
    「……分かった、やってみてくれ」
    「いいのかよ?」
     ぱあっと顔を輝かせて、ユーリスはベレトに近付いた。勝ち目のない賭けはしない主義のユーリスも、実のところこの賭けには負けもあり得ると思っていた。それが、サキュバスであるということを見逃されたどころか、受け入れてもらえるなんて。
    「どうしたらいい」
    「口を開けて、じっとしててくれたらいいよ」
     ユーリスの目が妖しく光り、ふわっと彼の周りをオーラが包む。
    「そう、そのまま、……いただくぜ……」
     あーんと口を開いたユーリスは、口づけするかのように顔を近づけたが、寸前で止まった。ベレトの口と自分の口とを向かい合わせて、何らかの力を操り、新鮮で美味しい精気を吸い取っていく。すう、と力が抜けるような心地がして、ベレトは顔を顰めた。
    「んっ……」
    「っと、悪いな……がっつくつもりはなかったんだが、つい」
     よろめいた体をユーリスに支えられ、ベレトは知らない間に閉じていた眼を開く。目の前で嬉しそうにしているユーリスの顔色は、なるほど先ほどより健康そうに見えた。アビスの地下生活で消耗しているように見えていたのは、サキュバスとして空腹を感じていたかららしい。
    「ありがとうな。すごく旨かった……あんたさえよければ、また吸わせてほしいくらいだ」
    「ユーリス……今まではどうしていたんだ」
    「今まで?……あんたに関係あるか?」
     ある、とも言いきれず、ベレトは今更教師のような顔をしてじっとユーリスを見つめ返した。やれやれ、とため息を吐かれる。
    「ご想像にお任せするけど……まあ、食事しないと俺は死ぬ、とだけ言っとくよ」
     それは、この先も食事が必要だということだろう。そして、誰かが文字通り餌食になる。ベレトは目を瞬かせ、ユーリスを見た。普通の人間にしか見えないのに、大きな秘密を抱えている、自分の生徒を。
     それからだった。たびたびユーリスがベレトの部屋に入り込み、『食事』を強請るようになったのは。


    「んんん……」
    「ふあ、う……」
     寝台の上でユーリスの下敷きにされ、ベレトは顔を背けて口付けから逃れようとする。ユーリスがそれを許すはずもなく、紅のひかれた唇は執拗にベレトを追いかけて、舌を絡ませ唇を甘く噛んだ。互いに口を開いて精気を吸っていたのははじめの数回だけで、いつの間にか唇同士を合わせるようになっていた。もちろん抗議したが、その方が効率が良いし気持ちいいだろ、と丸め込まれて今に至る。ただ、立ったままだったのが寝台に腰かけるようになり、これもいつの間にか押し倒されて吸われるようになってしまったことには納得がいかなかった。こうした方が、あんたがフラッとしたときに安全でいい。なんて言いながら、ユーリスにはベレトが納得していようといまいと関係がないらしい。最近は食事を強請られる度、こうして二人、寝台でじゃれ合うようにもつれ合ってしまう。
    「ユーリス、そろそろ……」
    「んあ?……まだ吸ってねえぞ」
    「早く吸え!」
     つい声を荒らげたベレトに、ユーリスは愉快そうに笑う。早く吸え、とはまた豪気なものだ。まあ食事をしていないのだとしたらこれはただの口吸いにすぎず、ベレトにとっては不本意な行いとなるのだろう。生徒との不純な触れあい。レア様にバレれば首が飛びかねない。いや、確実に飛ぶ。
    「俺とこうするの、嫌か?先生……」
    「嫌だとか、そういう問題ではなくて……」
     生徒が困っているから精気を与えているだけにすぎないのか。言外にそうユーリスが匂わせると、ベレトはいつも言い淀む。そもそもこんな行為を許してくれている時点でユーリスとしてはかなり期待をしているわけなのだが、『食事』のとき以外のベレトには、本当に何も変化がない。誰に対しても無表情で、戦場での指揮もいつだって平等だ。誰かが危うければ、それがユーリスでも別の誰かでも関係なく、身を挺して助けに入る。そこが好ましいし、同時に寂しかった。これは食事にすぎないが、少しずつ違った意味をもち始めているのではないかと、期待しているだけに。
    「なあ……実は、こうする以外にも精気を貰う手があるんだが」
    「うん?」
     ユーリスに押し倒され、口元を唾液でべたべたにしたまま、ベレトは興味あり気に目を瞬かせた。
    「そっちの方が効率がいいし、なんなら一節に一度、いや、二節に一度くらいの頻度で済む、多分」
    「それは……そっちの方がお互いのためにもなるのでは」
     そうだろうそうだろう、ユーリスも頷いて、にっこりと笑った。
    「あんたの精液を、直接貰うんだよ」
    「せい……」
     呟き、数秒ののちにベレトはぎゅっと眉を顰める。
    「それは、非効率的だろう」
    「どうしてだ? 心配しなくても、俺がやり方を教えてやるぜ?」
     あーん、と口を開けて舌を見せ、ユーリスはベレトを誘った。が、意味は通じなかったらしい。
    「直接、の意味がまず理解しかねるし、出すのが手間だし、そもそも倫理的に……」
    「おいおい、倫理的云々はもう今更だろ。手間なら心配すんなって、それが楽しみなんだから」
     大体、手間といったって、毎日のように出してるもんだろうがよ。そう揶揄ったユーリスに、ベレトはますます不思議そうな顔をする。
    「……あんた、性欲薄そうだけど、傭兵だったんだろ?……女を買ったことくらい、あるよな?」
    「いや、ない」
    「嘘だろ!傭兵なんて、酒か女のために金を稼いでるようなもんじゃねえか……?」
    「金は全部ジェラルトが持っていたし、興味がなかった」
     つまり童貞か。ユーリスは改めて、自分よりは恐らく年上の、年齢不詳の教師の顔をまじまじと見つめた。傷ひとつない端正な顔つき。これなら娼婦どもが放っておかなかっただろうに、たまに見え隠れするこの浮世離れした様はどうだ。それだけ大切に育てられたのか、はたまた意図的に俗世から離されていたのか……
    (俺はますますあんたに興味がわくよ、先生……)
     ユーリスは自分の中に湧き上がっていた欲求がひっそりとなりを潜め、穏やかな食欲だけが残るのを感じた。今すぐベレトのすべてをいただくこともできる。そしてそれは、案外容易いことなのかもしれない。だが、まだ惜しい。今のままの関係を、まだ続けていたい。
    「分かったよ。……それじゃ、もう少しだけこの方法で……♡」
    「……ッ……」
     ユーリスはベレトに覆いかぶさり、再びベレトに口づける。ゆっくりと食事を愉しみながら、ベレトの体温に触れる。心地よい体。ああ、はやく、全部欲しい。先生の、美味しくて、いい匂いのする精気を、直接飲むか、もしくは体の奥深くに注ぎ込んでほしい……でも、まだ我慢だ。
     ベレトの手が行き場に迷って彷徨い、ユーリスの背にそっと落ち着いた。ジジ、と蝋燭の火が音を立てて揺れ、静かに夜が更けていく。
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    Satsuki

    DOODLEレトユリのちょっとした痴話喧嘩。
     どうして俺を置いていくなんて言うんだよ、と、お頭ことユーリス=ルクレールが声を荒らげているので、部屋の外で見張りに立っている部下たちははらはらと冷や汗をかきながら顔を見合わせた。
    「置いていくというか……きみに留守を頼みたいだけで」
    「パルミラへ外交に行くときは俺も連れていくって、あんた前からそう言ってたよな?」
    「それは……すまない、連れて行けなくなった」
    「だから、それがどうしてなんだって聞いてんだよ!」
     ユーリスのイライラとした声に、ベレトは心の隅で
    (怒るとこんな声も出すんだな)
     と密かに感心していた。だがそんな場合ではない。可愛い顔を怒りに歪ませて、伴侶がこちらを睨みつけているのだから。
     アビスにあるユーリスの私室には、実に彼らしい調度品が並んでいる。仕事机と、棚と、ベッド。酒と本、そして化粧品に鏡。ベレトは何故だかこの空間が結構好きなのだが、ユーリスはあまりベレトを歓迎しない。どうも自分の隠された内面を見られるようで恥ずかしいらしい。無論、地上にも伴侶としての彼の部屋をつくりはしたが、一向に引っ越してくる気配はない。ここが好きなんだ、と話したときのはにかんだような笑顔は今はどこへやら。きりきりと眉を釣り上げ、賊の頭らしい目つきでベレトを睨んでいる。外交に同行させるというかねてからの約束を破ろうとしている上に、理由を語らないのだから仕方がない。しかし、『理由を言わねえなら意地でもついていくし、一人ででもフォドラの首飾りを越えて行くからな』と言われてベレトはついに折れてしまった。
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