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    Satsuki

    短い話を書きます。
    @Satsuki_MDG

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    Satsuki

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    ツバメの休む場所の話。
    雰囲気レトユリレト。

    #レトユリ

    青獅子学級の扉の上に、数日前からツバメが飛んでいたのは知っていたが、今日になって巣をかけ始めてしまった。ツィリルは仕方なしに柄の長い箒を持って掃除に行く。泥や草を集めて作る巣は汚くて、見た目もよくないし、巣からは今にひな鳥の糞が落ちてくるようになるからだ。
    「あ」
     授業の前に巣を払おうとしていると、ちょうど教室に入ろうとしていたベレトが足を止める。
    「何、ですか?」
    「巣を取ってしまうのか」
     遠くで二羽のツバメが悲しそうにこちらを見ている。ベレトは表情の動かない顔でツィリルの手元とツバメとを交互に見て、何か言いたげだ。
    「もしかして、取らないでほしいんですか。汚れますよ」
    「……」
    ベレトが黙ってじっと見るので、ツィリルは居心地が悪い。そのうちに、なんだなんだと青獅子学級の生徒たちが何人か外に出てきてしまった。複数の眼に囲まれて、何故だか悪いことをしているような気になってしまう。僕は仕事をしているだけなんだから、責められる謂れはないはずなのに……ツィリルはもぞもぞと、仕方なく箒を下げた。
    「先生、どうかしたのか?」
     ディミトリがツィリルとベレトを見て、首を傾げる。
    「あ、もしかしてツバメの巣、取っちゃうんですか?ちょっとかわいそう……」
    「そうねえ、雛が生まれると可愛いのよね~」
     アネットとメルセデスはどうやらベレトと同意見のようだ。
    「俺らの故郷にも似たような鳥がいますけど、山で子育てしてますよ。こっちのは人の住む所の近くに巣をつくるなんて不思議だなあ。な、フェリクス」
    「興味がない。はやく授業を始めろ」
     シルヴァンとフェリクスはあんまり話に入る気はないらしい。
    「糞で床が汚れるから、ツバメの巣は取る決まりになってるんです。ほら、みんなは教室に戻って!僕は掃除をしますから!」
    「…………」
     ツィリルがそう言ってもベレトのもの言いたげな視線は変わらず、青獅子学級の生徒たちは先生とツィリルとツバメの巣とを順繰りに見る。表情が読めないベレトの顔は、ツィリルには威圧的に見えた。正直、ちょっと怖い。
    「あ、あの!僕、前に巣の下に板を張って、ツバメを観察させてもらったことがあるんです!」
     ひょこっと顔を出したのはアッシュだった。背の高い級友たちの後ろから挙手をして、『ロナート様のところにいた時、僕もツバメがかわいそうだなって、巣を残してくれって頼んだことがあって……そしたら庭師の人が、下に板を張って糞を受けるようにしてくれたんです!』と必死に説明をする。
    それで決まりだった。ツィリルは箒の代わりに板を取って来て、青獅子学級が授業をしている間にすっかりそれを造り上げてしまった。最初は警戒していたツバメたちも、気を取り直して巣作りの続きを始め、ツィリルはあとでアッシュに礼を伝えておいた。無論、アッシュは、こちらこそ、僕は大したことはしていないよ、と笑っただけだったが。
     ベレトはツィリルの仕事が存外気に入ったようで、授業の後に先に、よくツバメの巣を見上げていた。その様子を見て、他学級の女生徒たちがクスクス笑っていようとも、あんな地味な鳥なんて、と貴族連中に馬鹿にされようとも。卵が産み落とされ、雛が生まれると、その時間は一層長くなった。芝生に座り込んで巣を眺めているベレトの膝で、リンハルトが昼寝をしていたこともある。ジェラルトは何度か通りがかって、自分の息子が無表情に鳥を見ているのをじっと眺めていたが、口元に少し笑みを浮かべて立ち去って行っただけだった。
     事件が起きたのは、雛たちの羽根が伸び始め、もうすぐ巣立ちかと思われていたある昼下がりのことである。
     突然親鳥たちのけたたましい鳴き声が響き渡り、戦術の授業を受けていた青獅子学級の面々は顔を見合わせた。ベレトは教本を置くと、すぐに外へ出る。それくらい、悲鳴じみて切迫した鳴き声だったのだ。
    「一体何が……」
    「あっ!先生、蛇!蛇ですよ!!」
     キャア、と悲鳴を上げたのはアネットだった。見上げると、ツバメの巣のすぐ近くに一匹の蛇が近づいて、ひな鳥たちを狙っているのだ。親鳥は怒って周りを飛んではいるが、ともすれば自分が喰われかねない。ベレトは息を飲んだ。どうすればいいのか、分からなかったのだ。
    「魔法じゃ巣ごと吹っ飛ばしちまうな……手槍があったっけ?」
    「訓練場に取りに行くか?」
     その間に、きっと蛇は贅沢な昼食を腹いっぱい味わうことになるだろう。シルヴァンはベレトの様子をちらっと窺った。ディミトリも、授業をほっぽりだして訓練場まで駆けてよいものか決めかねている。ベレトは、巣から目が離せなかった。雛たちを狙う蛇の目。親鳥の鳴き声。襲撃者に怯え、身を寄せ合うひな鳥たち……
    「アッシュ、借りるぜ」
    「えっ?」
     ひとり、冷静に行動した者がいた。ユーリスだ。一度教室の中へと引っ込んだ彼は、教室の隅に置いてあったアッシュの弓と矢筒をひょいと掴むと、獲物に向かって素早く構えた。その静かな殺気に気付いたベレトが振り返った時には、ヒュンと空を切り、矢が放たれていた。蛇が這いよる石壁に、一直線に飛んで行った矢が当たって落ちる。驚いた蛇は一瞬鎌首を引いたが、まだ諦めてはいない。
    「ユーリス、力が入りすぎだ」
    「ちぇ……個人指導はこの後だろ、せん、せいっ」
     キリッ、と二発目の矢を引きながらユーリスが言う。言われた通り力を抜いて放った矢は、今度こそ蛇の胴体にドッと突き刺さった。身をくねらせ、床に落ちた蛇の頭を、駆け寄ったベレトが鋼の切っ先で落とす。親鳥の片方がすかさず巣に戻り、雛たちの無事を確認している様子を、ベレトは穏やかな顔で見上げた。
    「いやあ、どうなるかと思ったけど、良かったですねえ」
    「シルヴァン、どこへ行く気?授業はまだ……」
     イングリットの手がシルヴァンの肩を捕まえるより先に、授業の終了を知らせる鐘が鳴る。
    「授業の続きは、明日の授業で」
     ベレトがそう告げると、各々が教本と帳面を手に教室を後にしていく。ユーリスはアッシュに弓と矢筒を返すと、近づいてきたベレトを得意げな顔で見た。
    「どうだ?ちょっとは器用になったかな」
    「ああ、見事だった。……ありがとう、ユーリス」
    「ふっ、もっと褒めてくれていいんだ、ぜ……」
     そう言いかけて、ユーリスは一瞬ぽかんと、ベレトに見惚れた。それは、ベレトが今までに見せたどの表情とも違って見えたのだ。微笑んだ、と言うよりももっと複雑な表情だった。慈愛に満ちた、とでも言えばいいのだろうか。見た者の心を温かく包み込み、陽だまりの中へ導くような、そんな、優しい顔で、ベレトはユーリスの頭を撫でる。背丈だって、恐らく年齢だって自分とそう変わらないはずの教師に褒められて、ユーリスはぽかんとしたままそれを受け入れた。ユーリスのサラサラの髪を、ベレトが撫でる。一回、二回、三回、……アッシュはすぐ隣で二人の顔を代わる代わる眺め、そっと退散した。花冠の節の空は晴れ渡り、教室の前には安堵したかのようなツバメの鳴き声が響いていた。



    「……よお、先生。なに見てるんだ?」
    「ユーリス」
     ベレトは、手入れする者がいなくなり、随分と苔むした教室の外壁を眺めていた。あの時ツィリルが取り付けてくれた板は、朽ちかけてはいたがまだかろうじてその姿を保っている。あの勤勉な少年の、丁寧な仕事のおかげだろう。
    「ツバメの巣が、まだ残っているんだ」
    「ああ……懐かしいな。五年の間にも、あそこに巣を作ってたのかもしれねえな」
     ユーリスはベレトの隣に立って、同じように巣を見上げた。
    「けど、同じツバメとは限らねえぞ。……そもそもツバメなんてさ、恩知らずなもんさ。人の家の軒下を借りておいて、次の季節にはすぐに飛び立って行っちまう」
    「……」
     ベレトは五年前、ツバメたちが巣立っていった日のことを思い出す。巣の中に並んでいた可愛らしい面々は姿を消し、飛び方の覚束ない仔ツバメたちが並んで木にとまっていた時のことを。ベレトのずっと手の届かないところまで飛んで行く力をつけ、もう、外敵からは自分で身を守らなければならなくなった仔ツバメたちは、胸を張って、どこか誇らしげに空を舞っていった。数日はガルグ=マクの周辺に留まっていた群れも、いつの間にか、どこか遠くへ旅立ってしまっていた。その頃にはベレトの周囲も慌ただしくなって、ツバメのことなんてすっかり忘れてしまっていたのだ。
    「……それで、いいんだ」
    「ん?」
     ベレトの呟きに、ユーリスは隣に立つ彼の顔を覗き込んだ。
    「実はあの時、蛇を追い払ってやるかどうか、迷った」
    「……ああ、そんな感じだったな、あんた」
    「自然のままに生かすのならば、手を出さないべきだと思った。……でも、ユーリスはあそこで俺の背中を押してくれた」
    「別に……あんたと練習してた弓の腕を試したかっただけさ」
     ユーリスが視線を外すと、ベレトはふ、と表情を緩めた。あの頃よりも随分と表情豊かになったものだ。
    「きみが射かけてくれた時、一度守りたいと思ったのなら、それを通すべきだと思った。目が覚めた気分だったよ。いずれ巣立って行くとしても、俺は彼らの……きみたちの今を見守りたいんだ。それに、また帰って来るかもしれないと、アッシュが言っていた。あの時のツバメたちも、きっとまたここに戻って来る。……ユーリス、きみが、また俺のところに駆けつけて来てくれたように」 
     そう言ってベレトがユーリスの顔を見つめ返すと、ユーリスは顔を赤くして頭を掻いた。
    「ちぇ……言ってろよ」
     戦争は、近く決着するだろう。ツバメたちは次の春にも、羽を休めるためにまたガルグ=マクを訪れるだろうか。ユーリスは溜息を一つ吐くと、ツバメの巣を見上げる。古びた巣の跡も、きっと新しく造り直して、ツバメたちはまた同じように命の営みの様子を見せてくれることだろう。それを、ベレトと一緒にまたこうして見上げてみたい。健気に生き、子を育てる様を、共に見守っていたい。
    「ユーリス?」
    「……あんたがツバメを好きで、良かったよ」
     ユーリスがまた頭を掻くと、ベレトは首を傾げて、彼の紫色の美しい髪についと指を通した。毛先についていた糸くずを払ってやり、そのままよしよしと頭を撫でてやる。馴れ馴れしくなったもんだな、と思いつつ、ユーリスはされるがままに撫でさせた。五年経っても、その心地よさは変わらない。
     もしかしたら、ツバメが羽を休められる場所は、ここにもあるのかもしれない。
     ユーリスがまた小さく溜息を吐くと、ベレトはユーリスの髪に指を遊ばせて、彼の目に入らないところで微笑んでいた。
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    DOODLEレトユリのちょっとした痴話喧嘩。
     どうして俺を置いていくなんて言うんだよ、と、お頭ことユーリス=ルクレールが声を荒らげているので、部屋の外で見張りに立っている部下たちははらはらと冷や汗をかきながら顔を見合わせた。
    「置いていくというか……きみに留守を頼みたいだけで」
    「パルミラへ外交に行くときは俺も連れていくって、あんた前からそう言ってたよな?」
    「それは……すまない、連れて行けなくなった」
    「だから、それがどうしてなんだって聞いてんだよ!」
     ユーリスのイライラとした声に、ベレトは心の隅で
    (怒るとこんな声も出すんだな)
     と密かに感心していた。だがそんな場合ではない。可愛い顔を怒りに歪ませて、伴侶がこちらを睨みつけているのだから。
     アビスにあるユーリスの私室には、実に彼らしい調度品が並んでいる。仕事机と、棚と、ベッド。酒と本、そして化粧品に鏡。ベレトは何故だかこの空間が結構好きなのだが、ユーリスはあまりベレトを歓迎しない。どうも自分の隠された内面を見られるようで恥ずかしいらしい。無論、地上にも伴侶としての彼の部屋をつくりはしたが、一向に引っ越してくる気配はない。ここが好きなんだ、と話したときのはにかんだような笑顔は今はどこへやら。きりきりと眉を釣り上げ、賊の頭らしい目つきでベレトを睨んでいる。外交に同行させるというかねてからの約束を破ろうとしている上に、理由を語らないのだから仕方がない。しかし、『理由を言わねえなら意地でもついていくし、一人ででもフォドラの首飾りを越えて行くからな』と言われてベレトはついに折れてしまった。
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