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    Satsuki

    短い話を書きます。
    @Satsuki_MDG

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    POIPOI 163

    Satsuki

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    ベレト先生とユーリス。心臓の話。ドロテアとの支援会話の内容が出てきます。
    どこかのルートの五年後のいつか。

    #レトユリ

    「先生、あんた心臓の音を止められるんだってな」
     ユーリスはティーカップをソーサーに置くと、いかにも興味津々といった眼差しを隠そうともせずベレトを見つめた。自室でのお茶会はこれで何度目になるだろう。週末に限らず、ベレトはユーリスを食事や茶会に誘うことを躊躇わなくなっていた。自室で彼と過ごす時間は、戦い続きでほんの少しだけ草臥れてしまったベレトの心を癒してくれる。それは、ベレトを温かく包み込んでくれる毛布のような存在だ。かつて自分の傍でいつも見守っていてくれたジェラルトにも似た、大切な人。それがユーリスだった。その彼から飛び出したセリフに、ベレトはふとティーカップを口元で止める。
    「心臓の音を……?」
    「とぼけるなよ。ドロテアから聞いたぜ? 何か仕掛けがあるんだろ」
     ユーリスはテーブルに両肘をつき、組んだ両手の甲に顎を休ませてニヤッと笑った。悪戯っぽく輝く目には、五年の月日を感じさせない少年らしさがある。そういうところを見せてくれるようになったのも、かつてベレトが足しげくアビスの教室へと彼の様子を見に行き、授業では彼の疑問に寄り添い、教室の外でも彼を気にかけてきた成果といえよう。ユーリスの信頼を得ることは容易ではない。ではどうしてそんなにも彼の信頼を得たいと思うようになったのか。『自分がこの学級の教師であり、ユーリスを生徒として迎えたからには責任があるからだ』……今のところ、ベレトはそれ以上の答えを持ち合わせていないようである。
    「その話って、もしかしてあんたが女を口説くときの常套手段なのか?」
    「彼女を口説いたわけでは……秘密が知りたいというから話しただけで」
    「へえ、秘密ね……」
     ユーリスはちょっと目を細めて、ベレトを責めるような眼差しを向ける。この二人きりの茶会の中で、ベレトはユーリスと色々な話をしてきた。その中でだって、ベレトは『これは誰にも言ったことがないんだが』だとか、『父には、他人にみだりに話すなと言われたことだけど』などと思わせぶりに前置きをして、ユーリスだけにそっと自分の話をしてくれたものだった。例えば、生まれてこのかたジェラルトが死ぬまで泣いたことがなかっただの、自分の生まれた場所や本当の歳を知らないだの(といってもアビスにはそんな輩はごまんといるわけだが)……そんな話を聞くたび、ユーリスは「本当かよ」「その話、盛ってるだろ」なんて笑いながら、ほんの少しの優越感と喜びに心が満たされていたことを否めない。誰も知らないベレトの一面を知ることができるのは、嬉しい。そんな気持ちに名前を付ける気はないけれど、ドロテアから心臓の話を聞いた時は、胸がちくりと痛んだ。それが何故なのか、今確かめたい。
    「それなら俺様にも是非その秘密を教えてくれよ。心臓を止めることができりゃ、死んだふりができるしな」
    「おっと、死んだふりをして誰を騙そうと?」
    「俺がやらなくったって、誰かに教えりゃ都合のいいこともあるさ。……なあ先生」
     いいだろ?と、ユーリスはテーブルに両肘をついたまま手を組み替えて、少しばかり小首を傾げて見せた。ここガルグ=マク修道院で、ベレト率いる軍に所属していようとも滅多にお目にかかれない美少年、ユーリス=ルクレールのこの仕草に堕ちない人間はそういるまい。少なくとも憎からず想われているであろうベレトが相手ならばなおさら。そう勝ちを見込んでのちょっとしたお強請りにも、ベレトは冷めかけた茶をゆっくり飲み干すことで答えた。
    「……ダメかよ」
    「きみにそんな風にされると、困る」
    「ちぇ、また人のことからかってら」
    「からかってない。……そうだな、ユーリスが期待しているような答えではないかもしれないが、教えよう」
     え、と瞳を瞬かせたユーリスの目の前で、ベレトは立ち上がると、ユーリスの隣に立った。かと思うとするりと上着を脱ぎ、先ほどまで自分が座っていた椅子の上に落とす。
    「おい、ちょっと……」
    突然始まったストリップに、ユーリスは少しばかり慌ててしまった。しかしベルトを解き、ぐい、と服を捲り上げたベレトが見せたかったのはただの素肌ではない。
    「ここを見てくれ」
    「……傷跡?」
     胸の中央に、縦一線に刻まれている皮膚の引きつれたような跡。それは正常な皮膚に紛れ、言われなければ筋肉の隆起に隠れて分からないくらい古いもののようだった。
    「ユーリス、手を」
    「は? ……そこにか?」
     ベレトが頷くので、ユーリスは恐る恐る指先を近づける。普段隠れているベレトの肌。実戦で鍛えられた強い胸板に、一瞬触れることを躊躇った。しかし好奇心に負け、ひたり、掌をつけてみる。
     ……ドク、ドク、………………
    「……なんで、」
     期待した鼓動は、いつまで経ってもユーリスの手に返っては来なかった。思わずその顔を見上げても、ベレトは平素の静かな表情でユーリスを見下ろすだけ。両手で触れてみても、左や右にずらしてみても、とうとう耳をつけて直接聞こうと試みたところで、ベレトの胸から心臓の音が聴こえてくることはなかった。
    「どう、やってんだ……?」
    「仕掛けはない。……俺も、自分の心臓の音を聴いたことがないんだ」
     ひや、とユーリスの方の心臓が凍る。まさか、そんな。死人じゃあるまいし。心臓の音がしない人間なんて、ありかよ? だってこんなにも温かい。どさくさに紛れて抱きかかえるように引き寄せた腰も、触れた背も、こんなに温かくて優しいのに、心臓だけが動いていない。そもそも、心臓がそこにあるのだろうか? いや、心臓がない人間なんて、人間、なんて……
    「俺は、女神に心臓をとられたのかもしれないな」
    「女神様に心臓を……?」
     冗談きついぜ。ユーリスはもう一度、ベレトの胸に耳をつけてみた。呼吸するたび胸が、腹が動くのに。いつの間にかユーリスの髪に触れて「くすぐったい」なんて言ってる声が、響いてくるのに。
    「だったら、返してもらいたいって、思わないのかよ」
    「……さあ、本当にとられたのかも、分からないから」
     はい、お仕舞い。ベレトはユーリスから離れると、寛いだ格好のまま椅子に座り直した。
    「心臓を止める方法を教えられなくてすまない」
    「いいよ。つうか、それどころじゃねえ秘密を教えてもらったし?」
    「そうか」
    ベレトはすっかり冷え切ったポットの中身を確かめると、今日はこの辺にしておこう、と微笑んだ。簡単に包んだ焼き菓子を土産に持たされて、ユーリスはベレトの部屋を出る。さて、次にドロテアに会った時、何と説明してやったものか……
     人目が無いことを確かめて、ユーリスはアビスへと繋がる通路にサッと身を翻した。考えるのはやめだ。ドロテアには何も教えてやらないことにしよう。彼女は完全にからかわれたと思い込んでいる。その方が、真実を知るよりも幸せなのかもしれない。
     先生は、女神様に心臓をとられたのかもしれないと言った。とられたのなら、それはいつだろう? どうしてとられたのだろう? どうして、ベレトなのだろう……?
     ふつふつと湧き上がる疑問に、ユーリスは自分の心臓の音がドキドキと高鳴り始めるのを感じた。考えてしまう。気になってしまう。何とかしたいのに、答えが見つからない。
    (クソッ……)
     初めて触れたベレトの肌の温かさ。衣擦れの音。そこにあるのかどうかも分からない心臓。あまりに情報量が多すぎて、ユーリスは知らず、ほとんど駆け足に自室へと向かっていた。あのまま、もう暫くベレトに触れていたなら。そうしたら、せめてもう少し、何か分かったような気がした。もしもベレトの両手で、あのまま抱かれていたならば。
     ドキドキ、うるさい心臓を静めるために大きく吸った空気はいつものように少し泥臭く、ユーリスの心をちくりと刺すばかり。
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    DOODLEレトユリのちょっとした痴話喧嘩。
     どうして俺を置いていくなんて言うんだよ、と、お頭ことユーリス=ルクレールが声を荒らげているので、部屋の外で見張りに立っている部下たちははらはらと冷や汗をかきながら顔を見合わせた。
    「置いていくというか……きみに留守を頼みたいだけで」
    「パルミラへ外交に行くときは俺も連れていくって、あんた前からそう言ってたよな?」
    「それは……すまない、連れて行けなくなった」
    「だから、それがどうしてなんだって聞いてんだよ!」
     ユーリスのイライラとした声に、ベレトは心の隅で
    (怒るとこんな声も出すんだな)
     と密かに感心していた。だがそんな場合ではない。可愛い顔を怒りに歪ませて、伴侶がこちらを睨みつけているのだから。
     アビスにあるユーリスの私室には、実に彼らしい調度品が並んでいる。仕事机と、棚と、ベッド。酒と本、そして化粧品に鏡。ベレトは何故だかこの空間が結構好きなのだが、ユーリスはあまりベレトを歓迎しない。どうも自分の隠された内面を見られるようで恥ずかしいらしい。無論、地上にも伴侶としての彼の部屋をつくりはしたが、一向に引っ越してくる気配はない。ここが好きなんだ、と話したときのはにかんだような笑顔は今はどこへやら。きりきりと眉を釣り上げ、賊の頭らしい目つきでベレトを睨んでいる。外交に同行させるというかねてからの約束を破ろうとしている上に、理由を語らないのだから仕方がない。しかし、『理由を言わねえなら意地でもついていくし、一人ででもフォドラの首飾りを越えて行くからな』と言われてベレトはついに折れてしまった。
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    シルヴァンはしゃがみ込み、床に倒れ伏したまだ歳若い男の首に手をやった。まだ温かなその体は、昼までは食堂で勤勉に動き回っていたものだ。
    「どうだ?」
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    「だめですね。首を折られてます」
    「あいつ、やるな」
    「腕の力は、弱ってなかったですもんね」
    「ああ……さて、それじゃあ追いかけるか」
     どこか楽しそうに言うディミトリに、シルヴァンは立ち上がって暗い廊下を見つめた。所々に燭台があるが、この冷たく寂しい道を、フェリクスはどこまで進んでいったのだろう。

     ハァハァと荒い呼吸を吐きながら、フェリクスは床に爪を立てる。辺りの様子を確かめるために首を大きく動かさなければならなくて、体中の筋肉が悲鳴をあげていた。簡素な服はまくれ上がり、硬い石造りの床に擦れた膝や腕には無数の細かな傷ができ血を滲ませ始めている。ここはどこだ?目線の高さが変わってしまったせいで、距離感が全く掴めない。おまけに、さっきから同じような場所を延々と巡っているような錯覚に陥っている。いや、それが錯覚なのか、本当に同じ場所から動くことができていないのか、それすら分からない。
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