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    Satsuki

    短い話を書きます。
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    Satsuki

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    現パロ?レトユリ。

    #レトユリ

    今年もこの日がやってきてしまった。俺ははあ、と溜息を吐いて、ぼーっと店の外を眺める。どこを見てもカップルカップル、待ち合わせなのかそわそわしてる男、カップル、例外のナンパ野郎……とにかく甘い雰囲気が街を包み、人々は浮足立った様子で恋人へのプレゼントを買い求める。俺はそんな人たちを食い物にする店側の人間だ。もとより恋人などおらず、今日という日に誘いをかけてくれるような親しい人もいない。暇なら店を手伝えと親に駆り出され、よりにもよって恋人たちに人気の観光地、ここガルグ=マク大修道院で菓子を焼く羽目になっている。あーあ、人前でキスするような人種はみんな古の魔法か何かで吹っ飛んでしまえばいいのに。いや、ガルグ=マクでならむしろ大司教様の加護があって、恋人同士はうまく行ってしまうんだろうな。そのご利益が欲しくて、みんなここに来てるんだろうし。

     はあ、とまた溜息を吐いた時、俺はいつの間にか独りの客が店先に立っていることに気が付いた。温かそうなマフラーを品よく巻いて、シックなコートを羽織った背の高い美人だった。いいや、その辺の美人とは違う。えらい美人だ。俺は思わずぼうっと見惚れてしまった。紫色の髪はつやつやして、いい匂いがしていそうだし、メニューを見つめている目元には睫毛の影が濃く落とされていて色っぽい。決めた。注文してくれたらうんとサービスしよう。
    「なあ、これってどんな食い物なんだ?」
     一瞬ビクッと心臓が飛び跳ねる。俺の決心を裏切るように、美人の発した声はこれまたとんでもなく男前だった。
    「ええと、この生地をここで薄く焼いて、クリームやフルーツを巻いて食べるお菓子です」
    「中身が選べるんだな?へえ、じゃあ一つ貰うよ……おい、ベレト!お前も食うか!?」
     美人がちょっと振り返って、ゆっくりこちらへと歩いてくる男に声をかける。その相手もまた、えらく綺麗な顔をしていた。薄緑色の髪をさらりと揺らして、ベレトと呼ばれた男は首を左右に振ったらしい。
    「んじゃ、このベリーと、クリームと、……ソースはこっちで……」
    「はい」
     目をキラキラさせて注文するものだから、俺はつい中身を多めに詰めてしまった。頼まれていないのに、アイスまでおまけしてしまう。
    「やった。ありがとな!」
    「いえ、記念日おめでとうございます」
     お決まりの文句を唱えて菓子を渡すと、美人は目をぱちくりさせた。
    「その言葉、さっきの店でも言われたが……この祭りみたいなの、なんなんだ?数年前まではこんな日はなかったよな?」
    「お客さん、フォドラの人じゃないんですか」
     俺が聞き返すと、まあそんなとこ、と言って、美人は菓子にかぶりついた。
    「ここ三年くらいで、急に若者の間で流行ったんですよ。アイスナー記念日」
    「アイ……!?」
     驚いたように声を上げたのは、後ろに立っていた、ベレトと呼ばれていた男だった。
    「はい。数年前に王国の北の方で発見された書物の中に、百年以上前の大司教に関する記述があって……なんでもそりゃあすごい愛妻家で、よく街に出て妻と茶会をしたり、花や色んなものを贈ったりしていたらしくて……それで、その大司教が即位だか退位だかした日にちなんで、恋人同士がプレゼントを贈り合う日ってことになったんです」
     美人は旨そうに菓子を頬張りながら、にやにやし始めた。
    「へえ~、愛妻家の大司教ね。そりゃ知らなかったな……」
    「……ユーリス、頬についている」
     何故だかおかしそうにぷるぷると肩を震わせている美人の頬についたクリームをとってやり、男は無表情でその指先をぺろっと舐めた。あ、お二人、そういう関係ですか。
    「じゃあさ、あそこの案内にある、愛を叫ぶテラスってのは?」
    「ああ……あれは今日だけ博物館内の部屋が解放されてて……大司教が求婚したときに使ったと言われている星のテラスでのイベントですね」
    「求婚が星のテラス?」
    「女神の塔だって説もありますよね。まあテラスの方が写真映えするからじゃないですか。ともかく大司教はそこで伴侶をお姫様抱っこして愛を誓ったらしいんで、イベントではそれを真似して愛してるって叫ぶんですよ。そうすると大司教とその伴侶みたいに末永く……」
     ぶっは、と盛大に吹き出して、とうとう美人は大声で笑い始めた。
    「だーっはっはっは!!!そ、そりゃいいや……!おい、聞いたか?おひ、お姫様抱っこだとよ……!俺もぜひやってもらいたいもんだね……!」
    「俺はそんなことしていない。……あ、いや違う、しない」
     ヒィヒィ笑いながら、美人はなにやら困惑している薄緑色の髪の男の胸をドンと叩いた。ああ、イチャつくならそれこそ星のテラスに行ってほしい。どうやら美人の笑い声と旨そうにかぶりついている菓子に惹かれたらしく、二人の後ろに何人かの客が集まり始めた。それを見て二人は俺に礼を言うと、まだ笑いながら立ち去って行く。なんだか目立つ二人だったが、不思議とガルグ=マクの景色には馴染んで見えたな……俺は接客に忙しくなり、それきりそんな二人のことはすぐに忘れてしまった。


    「はー、笑った笑った……まさかほんの数年フォドラを離れてただけでこんなことになるとはなあ」
    「一体どんな書物が発見されたんだか……北というとゴーティエか?」
    「ああ、あり得るな。シルヴァンの野郎が誇張して書いてたのが広まっちまったのかも……」
     ユーリスはクックと笑って菓子を食べ終わると、包み紙をくしゃと丸めてポケットに突っ込んだ。ガルグ=マクの景色も久しぶりだ。立ち入れない場所も沢山あるし、アビスの秘密通路などはまだ発見されていない場所もあるようだ。二人はそこかしこを眺めて回ると、大聖堂への橋から懐かしい景色に目を細める。
    「アビスの方も見に行くか?」
    「いや、閉鎖してもう随分経ってるだろ。よく崩落しないもんだ」
    「そうだな」
    「女神の塔も立ち入り禁止か……あっちの方が、大司教とその伴侶に所縁が深いと思うけど。な?ベレト?」
    「……アイスナー記念日は、やめてほしい……」
     ベレトが苦笑いすると、ユーリスはケラケラ笑った。
    「マジで人生何があるか分からねえもんだな。歴史の教科書にちらっと出て来るだけだったあんたの名前が、まさか記念日になるなんてさ」
    「ああ、ベレト記念日ではなかっただけましだ」
     よせよ、とまた笑いが止まらなくなったユーリスをどこか眩しそうに見て、ベレトは突然その足元に屈み込む。隙を突かれたユーリスが抵抗するよりも早く、ベレトはその体をふわりと抱き上げてしまった。
    「あっちょよせ、なにすんだベレト!」
    「ユーリス、愛してる」
     落ちないようにベレトの首にしがみつき、ユーリスは囁かれた言葉にカッと頬を染めた。あわてて足をじたばたさせて抗議する。周りにいたカップルが、びっくりしてこちらを見ているのが恥ずかしい。
    「ば、バカ!イベントはここじゃなくて星のテラスだろ」
    「そうだったな。ちゃんと会場に行くとしよう」
    「このままはやめろ、頼むから下ろせ!」
    「大丈夫、恥ずかしくない。今日はアイスナー記念日だからな」
     澄ました顔でずんずん歩き始めたベレトに、ユーリスは「理由になってねえだろ!!」と叫び返した。確かに多少注目されてはいるが、現役で大司教を務めていた時に比べればベレトにとってどうと言うことは無い。すれ違う人に「記念日おめでとう」と笑いかければ、おめでとうと返されるだけで特に咎められることもなかった。お似合いだ、お熱いことだ。かけられる言葉も、百年以上前とそう変わらない。そんな行いも、浮世離れして見えるほど顔立ちの整っている二人だからこそ許されたのかもしれないが。そのうちにユーリスは観念して大人しくなり、星のテラスまでの懐かしい階段を複雑そうな面持ちで運ばれて行く。
    「愛してる、だけじゃなくて、結婚してくれと言うべきだろうか」
    「もう結婚してるだろ……はあ、好きにしろよ」
     ユーリスが投げやりに返事すると、ベレトは彼を抱えなおすついでに唇を寄せた。妙に積極的なのは、やっぱりこの場所がベレトにとって特別だからなのだろうか……ユーリスはちょっと困った顔でそれを受け入れながら、懐かしい空気の匂いとベレトの温度を感じていた。


     次の年から、アイスナー記念日には恋人をお姫様抱っこして星のテラスまでいかに速く到達できるか競争する、というイベントが追加され、祭りは大いに盛り上がりを見せたという。
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    Satsuki

    DOODLEレトユリのちょっとした痴話喧嘩。
     どうして俺を置いていくなんて言うんだよ、と、お頭ことユーリス=ルクレールが声を荒らげているので、部屋の外で見張りに立っている部下たちははらはらと冷や汗をかきながら顔を見合わせた。
    「置いていくというか……きみに留守を頼みたいだけで」
    「パルミラへ外交に行くときは俺も連れていくって、あんた前からそう言ってたよな?」
    「それは……すまない、連れて行けなくなった」
    「だから、それがどうしてなんだって聞いてんだよ!」
     ユーリスのイライラとした声に、ベレトは心の隅で
    (怒るとこんな声も出すんだな)
     と密かに感心していた。だがそんな場合ではない。可愛い顔を怒りに歪ませて、伴侶がこちらを睨みつけているのだから。
     アビスにあるユーリスの私室には、実に彼らしい調度品が並んでいる。仕事机と、棚と、ベッド。酒と本、そして化粧品に鏡。ベレトは何故だかこの空間が結構好きなのだが、ユーリスはあまりベレトを歓迎しない。どうも自分の隠された内面を見られるようで恥ずかしいらしい。無論、地上にも伴侶としての彼の部屋をつくりはしたが、一向に引っ越してくる気配はない。ここが好きなんだ、と話したときのはにかんだような笑顔は今はどこへやら。きりきりと眉を釣り上げ、賊の頭らしい目つきでベレトを睨んでいる。外交に同行させるというかねてからの約束を破ろうとしている上に、理由を語らないのだから仕方がない。しかし、『理由を言わねえなら意地でもついていくし、一人ででもフォドラの首飾りを越えて行くからな』と言われてベレトはついに折れてしまった。
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