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    Satsuki

    短い話を書きます。
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    Satsuki

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    レトユリ。ユーリスに歌を習う先生。このあと支援Cする。210510

    #レトユリ

    「あら~、今日の先生、とっても機嫌がよさそうね。何かいい事でもあったの?」
     メルセデスの声に、ベレトは土をいじっていた手を止めて振り返った。どうして、と言いたげな視線にメルセデスの方が目を瞬かせる。
    「だって、ずっと鼻歌をうたっているんだもの~」
    「鼻歌……」
     そう言われればそうだったかもしれない。ベレトは少し気恥ずかしくなって、コホンと咳ばらいを一つ。誤魔化した。如雨露を傾けて花に水をやりながら、メルセデスはにこにこと続ける。
    「今の、賛歌のひとつよね。私も好きな歌よ。でも、ちょっとだけ意外ね。……先生は、歌がそんなに好きじゃないのかと思っていたわ」
    「そう見えるかな」
    「見えるというか……気を悪くしないでほしいのだけれど、讃歌会で一緒に歌った時、全然声が聴こえなかったから……」
     うっ、と、ベレトは気まずそうに視線を泳がせた。合唱、というのは沢山の人数で歌を歌うことだと言われて、軽い気持ちで参加したときのことを思い出したのだ。あの時は歌の旋律もよく知らず、シルヴァンの隣で、彼の歌声をなぞるように真似て歌ってみた。しかし彼の声は『手抜き』にしては伸びやかでよく響き、後に続くように口ずさんでみようにもベレトの技能では微妙にずれてしまい、かえって声が悪目立ちしていたようなのだ。シルヴァンも途中でそれに気付き、ベレトのために多少声量をあげてくれた程度には。
    「でも、みんな先生があんまり賛歌を歌ったことがないんだなってことは分かっているから、気にしなくていいのよ」
    「……実は、今練習中なんだ」
     引っこ抜いた雑草を握り締めて、ベレトは視線を落とす。
    「あら素敵ね。それで、今も歌っていたのね」
    「そうかもしれない……」
     鼻歌は完全に無意識だったが、歌の旋律が頭に残っていたのだろう。
    「じゃあ、今度一緒に賛歌会に出ましょうよ。アンも喜ぶから」
     メルセデスの提案に、ベレトはいつもの変わらぬ表情で頷いた。すぐに、とはいかないが、いつか自信がついたら、また合唱に参加してみたいと思っていたのだ。水やり当番を終えたメルセデスを見送って、ベレトは外套についた砂を払うと、そっとアビスへの秘密通路へと身を滑り込ませた。


    「時間通りだな、先生」
     灰狼学級を通り過ぎ、瓦礫や奇妙な荷物の詰まれた通路を奥へ進んだ先の小部屋には、ユーリスが待っていた。この部屋に来るのは二度目だ。細工のされたナイフを弄びながら待っていたユーリスは、地下には不釣り合いな雰囲気の椅子に足を立てて座っている。小洒落たクッションつきの豪奢な椅子は、もしかすると闇ルートからアビスに運び込まれた商品の一つなのかもしれない。
    「書類は作り終えた。大司教のサインもここに……これで、あの三人も地上の学級で授業が受けられる」
    「へえ、あんた仕事が早いな。けどいいのか? 俺があんたにちゃんと賛歌を教えず、バックレちまう可能性があるとは思わねえの?」
     ユーリスがそう言ってニヤリとすると、ベレトは書類を持ったまま『そう言われればそうだな』という顔をした。
    「もしそうなったとしても三人とも喜んでいたし、戦力にもなるだろう。なにより生徒たちへの刺激になる……無論、俺はきみに引き続き歌を教えてほしいんだが……」
    「ふっ、本当にお人好しだよな、先生。安心しろよ、これからも練習には付き合う。……でも気をつけろよ? あんた、騙されやすそうな顔してるから」
     最後は少し目を細め、揶揄うような調子で言うと、ユーリスはナイフを腰に仕舞って椅子から降りる。ベレトの手から書類を受け取ると、「それじゃ」と部屋の奥へと歩いて行く。
    「こないだの続きからやってみようぜ、先生」
     部屋の隅に置かれているのは、古い足踏み式の風琴だ。調子っぱずれで放置されていたものを、ユーリスが地下の職人に頼んで直してもらった。歌を教えてくれる、と言ったのに、ユーリスは前回も一音たりとも声に出してベレトに歌ってみせてはくれなかった。
    『悪いが、俺は誰かの前で歌うのがこの世の何より嫌いでね……音はとってやるし、節も奏でてやるからそれで覚えてくれよな』
     と、風琴を弾いてくれた腕は見事なものだった。ベレトが褒めると、ユーリスはそこまで大したことねえよ、と謙遜したが、歌の旋律に簡単な伴奏をつけて引く指先の動きは滑らかで迷いがない。多少間違えることはあっても、ベレトから見たら些細な事だ。
    (器用で、多才だ)
     両手で同時に別々の動きができる小器用さは、戦闘面でも役に立つ。そんな考えとは別に、ユーリスの意外な芸術のセンスに感心しながら、今日もベレトは楽譜を両手に持って風琴の横に立つ。
    「いくぞ。さん、はい!」
    「女神と共に進まん、青き星の輝く空見上げ、……」
     柔らかな風琴の音に合わせて、ベレトは歌詞を間違えないよう楽譜を目で追っていく。言葉だけではなく、音符というものの動きを追え、と教わったものの、まだ上手くはいかない。ついでに、今歌っている場所の数小節先を見ると良いぜ、とも言われたが……
    『常に先を読む、とは、戦闘の指揮と同じだな』
    『そうだな。戦闘と同じで、音楽も先に進んだら戻れねえからな』
     言わば音楽は時間と共に流れる……まあ、贅沢な芸術なんだよ。ユーリスはちょっと気取ってそう言った後、打って変わって複雑そうな顔でこう付け足した。
    『音は消える。歌声もな……だから先生、気にせず声を出せよ。それが歌を上達させる第一歩だって、俺は思う』
     なるほど。その言葉に勇気づけられ、ベレトは意識して大きな声を出せるようになってきた。最初は風琴の音を追うことに必死だったが、自分の音を保って歌うことができるようになると、ユーリスが弾いてくれる伴奏に自分の声が重なる楽しさがある。不思議なもので、ユーリスの音と自分の音がぴったり合っていると、胸がじんわりと嬉しい気持ちになるのだ。
    「ふうん……あんた、筋がいいな」
     今日はここまで、とユーリスが風琴の蓋を閉じてしまうと、ベレトはもうこんな時間か、と残念そうに呟いた。
    「ああ、ちょっと遅くなりすぎたな……悪いが今夜は用があってね。これ以上あんたの相手をしてると遅れちまう」
    「用? ……もしかして外へ行くのか?」
    「何だ? もう消灯時間を過ぎてるって? 今日も歌を教えてやったんだ、見逃してくれよ。悪いが外せない用事でね」
     ユーリスは楽譜を風琴の上に置くと、フッと燭台の火を消した。ベレトの持っているランタンと、部屋の外でたよりなく廊下を照らしている松明の灯りだけがぼんやりと二人を照らしている。
    「もしかして俺を心配してくれてるとか?」
    「心配をしているわけではないが……」
    「だよな。あんたは俺の素性を知ってるんだもんな……」
     はあ、と溜息を吐くと、ユーリスはさりげなくベレトの横を通り過ぎて行こうとする。それを体で遮って、ベレトは先ほどとはまるで目つきの変わってしまったユーリスを見つめた。明かりが消えただけで、まるで部屋の雰囲気も、ユーリスの纏う空気も違うものになっている。
    「……ちぇ、全部言うまで解放しねえって顔してんな。しょうがねえ……説明してやるよ」
     担任教師、ってのは面倒な存在だ。ユーリスは自分の部下が裏切りを働いた件について、この若い教師に順を追って話して聞かせてやった。
    「てなわけで、俺は行くぜ」
    「待てユーリス。俺も手伝おう」
     ベレトの言葉に、ユーリスは「ふはっ」と吹き出した。歌を教えてやっている時は、どうしてなかなかいい声をしていると思うのに、笑えない冗談みたいな台詞は生真面目な声色で言うものだから、つい笑ってしまう。
    「冗談上手いなあ、あんた。……致命的に面白くねえぞ」
    「冗談ではない。同行する」
     はあ? と、ユーリスの喉からは悪党の声が出た。二人きりで練習をつけてやったもんだから、俺の懐に入れたとでも勘違いしてやがるのか?
     冷たい目つきで睨んでやっても、ベレトは眉一つ動かさない。その表情からは、何の意図も読み取ることができなかった。
    「あんた、何が目的だ? 金か? ……俺か? それとも、誰でもいいから殺したい、とか?」
    「……どれでもない。きみは俺の生徒だ、放ってはおけない」
     ベレトは腰の剣を確かめると、その他に戦闘に必要なものを持っているか簡単にチェックを始めた。盗賊を狩ることになるくらいなら、剣と護身用のナイフさえあればどうにでもなる。
    「いつでも行ける。迷惑はかけない、このままきみに付いていこう」
     今度こそ呆れ返って、ユーリスはベレトを頭のてっぺんからつま先まで見た。傭兵上がりの素っ頓狂な教師。しかも思いのほか頑固ときた。灰色の悪魔、なんて異名を持つ程度には腕は確かなはず。ま、いざとなったら戦力にはなるか……
    「……分かったよ、先生。ただ悪いが、俺はあんたを信用してはいるけど、まだ信頼しちゃあいない。教団の中には俺をよく思わねえ連中もいるし、あんたが奴らにそそのかされて、俺の身辺を調査しようとしてるのかも……なんて、疑っちまう気持ちがあるのも確かだ」
    「そんな人たちは知らない。俺はただきみを手伝いたくて……」
    「だから分かったって。今あんたが何を言っても変わらねえよ。……それじゃ、ま、一緒に行くとしますか。……ああ、ただし」
     今度こそベレトの横を通り過ぎながら、ユーリスはピッ、と親指を自分の喉に滑らせて見せた。
    「俺の部下に何かしたら、歌が歌えるようになる前にその喉を裂く。……礼を欠いて悪いが、そのつもりで頼む」
     そんな物騒なジェスチャーを見せられても、ベレトはこくりと頷き、ユーリスの後をついて来る。やれやれ、妙なことになっちまったもんだ。と、ユーリスは頭を掻きながら小部屋を出ると、コツ、コツ、二人分の足音が響く廊下を、蠍たちが這い回っている方向に向かって歩き始めた。
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    Satsuki

    DOODLEレトユリのちょっとした痴話喧嘩。
     どうして俺を置いていくなんて言うんだよ、と、お頭ことユーリス=ルクレールが声を荒らげているので、部屋の外で見張りに立っている部下たちははらはらと冷や汗をかきながら顔を見合わせた。
    「置いていくというか……きみに留守を頼みたいだけで」
    「パルミラへ外交に行くときは俺も連れていくって、あんた前からそう言ってたよな?」
    「それは……すまない、連れて行けなくなった」
    「だから、それがどうしてなんだって聞いてんだよ!」
     ユーリスのイライラとした声に、ベレトは心の隅で
    (怒るとこんな声も出すんだな)
     と密かに感心していた。だがそんな場合ではない。可愛い顔を怒りに歪ませて、伴侶がこちらを睨みつけているのだから。
     アビスにあるユーリスの私室には、実に彼らしい調度品が並んでいる。仕事机と、棚と、ベッド。酒と本、そして化粧品に鏡。ベレトは何故だかこの空間が結構好きなのだが、ユーリスはあまりベレトを歓迎しない。どうも自分の隠された内面を見られるようで恥ずかしいらしい。無論、地上にも伴侶としての彼の部屋をつくりはしたが、一向に引っ越してくる気配はない。ここが好きなんだ、と話したときのはにかんだような笑顔は今はどこへやら。きりきりと眉を釣り上げ、賊の頭らしい目つきでベレトを睨んでいる。外交に同行させるというかねてからの約束を破ろうとしている上に、理由を語らないのだから仕方がない。しかし、『理由を言わねえなら意地でもついていくし、一人ででもフォドラの首飾りを越えて行くからな』と言われてベレトはついに折れてしまった。
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