類司パラレル「けほっ、けほっ」
「大丈夫か?類」
「司くんは大丈夫なの?」
「あぁ、今日は調子がいいんだ。」
幼い時病室で出会った子はとても強くて優しくて類にとって光のような存在だった。過ごした時間は短かったけれど彼とのことは昨日のように覚えている。
時は流れて数年後類は自身の夢を叶えた。小さい頃からずっとなりたかった職業演出家。学生時代は色々とあって恵まれなかったが類は諦めなかった。今では新進気鋭の演出家として呼び名を欲しいままにしている。ふと思い出すのは小さい頃に出会った『司くん』の事。彼はスターになることが夢だと言っていた。どこかでまた会えたらと思っていたが未だ再会は叶っていない。探そうにも名前しか知らないのだ。たった一度病院で一緒になっただけ。たったそれだけなのに類は司の事を忘れられずにいる。
そんな時だった。あるピアニストの話を聞いたのは。なんでも元は舞台役者だったが何年か前にピアニストに転向したらしい。名前は天馬司。司という名前の人間なんていくらでもいる。なのに何故か類はその名前を忘れられなかった。
「神代さんが珍しいですね。他人に興味示すの。天馬司のこと知ってたんですか?」
「いや、全然。舞台役者だったって言うのも初耳だよ」
「なるほど。舞台役者をやってたのはほんの数年です。元々持病持ちで体力もそんなになかったようでこれ以上無理したらやばいって言うことでピアニストに転向したらしいですよ」
話を聞けば聞くほど類の中で確信が生まれる。天馬司がもしあの時の司くんなのではないかと。今すぐにでも確かめたいと思ったがあまりに彼だと判断するには材料が少なすぎる。ここはもう少し情報を集めてから接触した方がいいだろう。そこで類はふと考えた。彼は自分のことを覚えているのだろうか。類は彼のことを一時たりとも忘れたことは無かったが司は自分のことを覚えていてくれてるだろうか。たった数週間一緒に過ごした自分の事を。その日は不安で眠れず気晴らしに今度の演出プランを練ったところ気がつけば朝を迎えていた。
そんな類の気持ちとは裏腹に司と接触する機会は予期せぬ形で訪れた。なんと司が無類の舞台好きで類の演出する舞台が好きだということ。ここまで来たら運命以外の何物でもない。類は司と会える日を指折り数えて待った。
「初めまして、天馬司です」
「こちらこそ初めまして神代類です。今日はよろしくお願いします。」
一目見てあって分かった。彼があの時の司くんだと。身長は伸びたといえども面影はちゃんと残っていて。今すぐにでも抱きつきたい気持ちを類はおさえ彼と会話を楽しんだ。なんでも司は類の名前が舞台に出始めてからのファンのようで類が舞台にしかけた演出の数々を理解していた。気がつけば類と司は時間も忘れて話し込んでしまっていた。時計を見れば終電ギリギリで。
「司くん、家はこの近く?」
「あ、いや、今実はホテルに住んでて」
「ホテル?君、日本に住んでるんじゃ…」
「ええと、実は今休暇中で実はオレ…」
司の口から出てきた事実に類は驚く。司は数あるオーケストラの中でも有名な楽団に所属していてそこの専属ピアニストを勤めているらしい。今は休暇中で日本には休暇を消化するために来たらしい。お互い舞台は好きだということで積もるも話もある。類からしてみれば十何年ぶりの再会だ。確認したいこともある。
というわけでさほど遠くない類の家に場所を移動する事にした。家に人を招くなんて何年ぶりだろうか。こうなるとわかっていたら苦手な掃除もしておくべきだったと類は後悔した。とりあえず司と自分のスペースは作った。インスタントのお茶を入れ店での会話を続けていれば司の視線がある一点に注がれる。
その視線の先には幼い日の類と司が写っていて。司は何度も夢に見ていた。思い出すのは類と交わしたあの日のこと。
『司くん、絶対だからね。僕が絶対に君を一番星にする!約束だよ』
忘れっぽい司が唯一覚えていたこと。司自身類に会うことは怖さもあった。今の自分では彼の夢に応えることができない。それでも会うと決めたのは類の演出に魅せられたからだ。幼い時の彼はどこか諦めていたから。
司は知らない。この後類にめちゃくちゃに振り回されることも。あの日司が類にくれた笑顔を彼が舞台を通して返してくれることも。
再会はただのきっかけ。この時はまだ二人が恋に落ちることなど誰も知るよしはなかった