目指せ億万長者いつかきっとビジネスを成功させて、年収5億を手に入れることを目標にしているアラサーが精を出して窓を拭いていた。
胸につけている育田と書かれた名札がゴンドラの揺れに合わせて左右に動く。
最後の窓を拭き終わり、予定していた窓から降りようとしたらカギがかかっていた。
降りられない。
――まじかよお・・・!!――
仕方がないので隣の部屋の窓をコンコンとたたく。現在8階におり、簡単に降りられる場所ではなかった。
~~~~
その様子を下から見上げていた育田の親友、鈴城 一成(すずしろ いっせい)が納得できない顔でため息をついた。
これから育田(いくた)と食事をしに行く予定である。
約束した時間どおりに育田の仕事場の近くに来た。たまたま上を向くと育田らしき男がオロオロと何か慌てているという状況だ。
その後育田が頭をペコペコと下げながら8階の窓からビルの部屋に入っていった。
「俺・・・なんであんなヤツ好きなんだろう・・・」
誰が聞いているわけでもない。
ぽつりと鈴城は声に出して今年何度目かわからない質問を自分に問うた。
***********
夜の居酒屋で二人は焼き鳥を食べながらお互いのビジネス戦略について語り合っていた。
語り合うといっても、主に育田が一方的に自分の頭の中の考えを喋っているだけで、鈴城はいつも聞いている側である。
「だからさ、やっぱネットショップから始めるのががいいと思うんだ」
鈴城は適当に育田のビジネス論に相づちを打ち、焼き鳥の追加注文をしていた。
育田のプライドを傷つけることだけはしたくなく、鈴城自身が大学を卒業してすぐに5億の売り上げを出して成功したIT社長であることは黙っていた。
「ネットショップもいいけどさ、やっぱこれからの時代はプログラミングじゃないかアプリを作って、バズれば広告収入で儲かるぞ」
鈴城が自己の成功体験のひとつを提案してみる。
「あ~だめだめ、アプリ作るためにプログラミング勉強するってなったら3年はかかるじゃん」
「まあ、そうかもな」
社長になるといいながらすでに10年の月日が経っている。
アプリなんて3ヶ月もあれば十分誰でも作れると言ってもどうせ口ばかり。
教えても勉強なんてヤる気ないんだろと思ったが、鈴城はこらえた。
育田といい感じになって自分の家に招き入れたい。そのためにも今夜こそは育田の機嫌を損ねずうまくやらなければならなかった。
「中古本を格安で売りまくりたいんだけどさ~なかなかうまくいかないんだよなぁ」
「みんながやってることやっても意味はないぞ。誰もやったことのないところに目をつけるのが成功への近道だ」
「例えば」
「そうだな、例えば・・・外国人向けの不動産サイトを作ってだな」
「それはプログラミングが出来たらの仮定じゃんか。おれパソコン苦手」
「苦手ならパソコンが出来る人間を雇えばいいだろ」
「雇えるくらいのビジネスまだなんも始めてないし」
「ほんとお前は・・・」
口ばっかり達者で何も行動しないな、と言う言葉を寸前のところで飲み込んだ。
口ばっかりという単語を出すと、酒の席に限り、育田は毎度半泣きになって逆ギレをするのだ。
「動画配信とかどうかな、日本語教室。外国人向けに。」
でぃすいずあぺん、くらいしか喋られないくせに日本語講師YouTuberになると言い出した。
社長になるんじゃなかったのかという突っ込みはせず、鈴城はあほだなと心の中でおさめるだけにする。
「お前は・・・ビジネスより芸能界の方が合ってるんじゃないか」
「ええそうかなぁ」
嬉しそうに頬をポリポリと指でかく。
「ああ!アホなお前にぴったりな職業だと思う」
ついつい本音が少し出てしまい、「あ」と鈴城が口を開く。
「ケンカ売ってんのか・・・」
笑顔から一転、育田の顔が曇る。
「いや、ごめん、今のは言葉の綾というやつだ」
「学生の時は赤点ばっかだったし、未だにフリーターだし。そう言われても返せる言葉はねえけどさ・・・」
だんだん涙ぐみ、声がくぐもってきた。
またやってしまったと鈴城は後悔する。
「違う、違うんだ、今日はお前に言いたい事があって飯に誘った。気分が悪くなるような事を言ってごめん・・・」
「言いたいことって」
「・・・その、もし良かったら俺と付き合ってほしい、的なことを言いたかった」
「的なことを・・・」
なんとなくスマートでない告白に鈴城はまたも失敗したと後悔したが、もうこうなってしまえば結果を待つしかない。育田を熱い視線で見つめる。
「・・・嘘だな」
「え」
「今の悪い雰囲気を和ませたいからって適当なこと言うなよー・・・まぁ、和んだけど」
クシャ、と笑顔が戻り、ほっとする鈴城だったが、すぐにそうじゃないと考え直す。
「いやいや、今の本気・・・」
「あーもーわかったって。あ、店員さん一人前ぼんじり追加でー」
店員に注文しながら鼻をほじりだす子どものような育田を睨み付ける。
―――くそっ、このアホめ・・・―――
「きのうさー、でっかいてんとう虫見つけたんだよなー。可愛かったなー」
ニコニコと笑顔で話す様子が可愛くて、鈴城はもうなんでもいいやと投げ出した。
まだまだ育田をモノにするには時間がかかることを痛感した。
~続く~
また別の日のとある日。
************
落ち着け
************
「・・・っお、おちゅちゅけぇっ」
「いやお前が落ち着けよ」
*******************************
鈴城(すずしろ)は複数のビジネスに手を出している。その中で若者向けのブランド商品がたまたまアメリカでヒットした。ワシントンに会社を構えるため、長期の間日本を離れることになる。
3カ月で戻れるかもしれないし、もしかしたら一年間は海外に滞在することになるかもしれない。そうなるとおのずと育田(いくた)と離ればなれになる。
気軽に飲みになどいけない。
いつも言いたくても言えず、告白未遂となってしまう純情な自分のせいでズルズルとアラサーになるまでこの気持ちを引っ張ってしまった。
今日こそ決める。
そう心に誓い、育田を一泊二日の温泉旅行に誘った。
夕食を食べ、さあこれから卓球でもしに行こうかというタイミングになった時。
鈴城は意を決して口を開いた。
「育田、聞いてくれ」
「お?トイレ?」
「チガウ」
「眠たいの?」
「ちがう!よく聞け。俺はお前が好きなんだ」
とうとう言ってしまった、と鈴城はぎゅっと目をつぶった。
育田がどんな顔をするのか怖かった。男が好きな性癖であることを引かれるのが一番怖かった。
10数年越しの告白だ。
どうなろうと後悔しないと決めた。
数秒待っても何も反応が無い。
そろりと鈴城は目を開けた。
・・・育田は鼻をほじっていた。
「クッソこのアホがぁ!一世一代の告白したんだぞこら!」
鈴城はキレた。目を開いた時の相手の顔がすごいアホ面だったからだ。
「いや、なに変な冗談言ってんだろーって思って」
「冗談じゃない!・・・俺は、お前と会った時に一目ぼれして・・・ずっと好きだった。でも、言えなかったんだ・・・っ」
さすがに育田でも、どうやら鈴城が本気で告白をしていることを理解した。
「・・・まじ?」
「まじ・・・です・・・付き合ってほしいって思ってる。き、きもちわるい、か?」
「いやぜんぜん」
「ぜんぜん正気か」
「うん」
鈴城は両手を挙げて涙した。
「何してんの」
「幸せを全皮膚から受け取ってる」
「ふーん・・・ちょっと、考えたい。風呂入ってきていい?」
「ああ・・・考えてくれるのか」
「あたりまえだろ・・・」
去っていく親友の耳が赤くなっていた。
お互い酒は飲んでいない。旅館の暖房も最適な気温設定だ。
よってあの耳は照れて赤く染まっていたことになる。
「・・・脈アリ・・・!!」
鈴城はガッツポーズをした。
そして鈴城は自動販売機傍のイスに座り背中を丸めて両肘を太ももにつけた。フウ、と息を吐く。続けて両手をクロスするように合わせ、額につける。
何かを考えている人がよくやりがちなポーズを取った。
告白した⇒キモがられなかった⇒というか照れてた
「・・・これはもう、OKなのでは」
鈴城は立ち上がった。
育田はアホである。もしかしたら付き合うという路線はなく、友達としていてほしいという選択をするかもしれない。
そう育田が答えを出す前に行動することにした。
「既成事実を作る・・!先手必勝!!」
旅館はみんなの旅館。決して乳繰り合ったりする場所ではない。しかしキスして触りっこするくらいなら旅館の人だって許してくれるだろうと鈴城は前向きに考えた。
―――ッガラ!
「頼もう!!」
「おわッ・・・鈴城なんでお前ここに・・・それになんだよ頼もうって・・・」
「なんとなくだ。道場破りをするくらいの気持ちでココに来た。一緒に風呂、いいか?」
「どんな気持ちだよ・・・いいけど」
「よかった。なぁ、俺、まだお前に言ってない秘密がある」
「なんだよ。告白よりビッグなことか?」
「ああ。ビッグだ。育田が羨ましがって口をきいてくれなくなるんじゃないかって・・・これも怖くて言えなかった」
「・・・犯罪にでも手そめた?」
「失礼なこと言うなよ!」
バシャっと鈴城は育田に湯をかけた。
「ッ・・・おい、今オレお前への返事検討中なんだけど。もう断ろっかな」
「アアーット、悪い、考え直して!」
「さっさとその秘密ってやつ教えてくれたら許すよ。なに?秘密って」
「俺さ、資産100憶円なんだよね」
「それは嘘だろ。オレをからかうなよ」
「いや、ほんと。IT中心で色んなビジネスやってるんだ。一番当たったのはFacebookの口コミで始めた若者者向けブランドビジネスだったけど」
つい最近までの総資産は10億円未満だった。ITで細々とやっていたのだが、マーケティングの方が性(しょう)に合っていたのか海外をターゲットにした商材販売で利益が10倍になったのだ。
「本当に言ってる?」
「ほんと」
「資産ひゃくおくえんも?」
「本当」
「オ・・・レの・・・オレの事が好きっていうのも・・」
「ほんとうだよ」
こうして近くで話しているだけでも鈴城にとっては幸せだったが、もう好きだと言ってしまった手前、近距離にある育田の唇を我慢することはできなかった。
温泉には今は誰もいない。鈴城の自制心が緩んでしまった。
フニ、と唇が当たり、鈴城はパっと離れた。
「お・・お前・・・いぃいいい、いま」
育田が真っ赤になっていた。
「ごめん、しちゃった・・・我慢ができなかった。嫌だったか?」
鈴城の心臓がバクバクと鳴っていた。
「わ、わからない・・・けど、頭がもういっぱいいっぱいだ・・・・てことは、鈴城って・・・社長、さん・・・なの?」
「そうなるね・・・っぷわ!何するんだ!いま俺たちめっちゃいい雰囲気だったじゃん!」
「うるせぇ!いつからだよ!社長になったの!」
「大学卒業してすぐだよ」
「そんな・・・じゃあお前、オレが夢語ってる間・・・バリバリ社長やってたってことかよ・・・うわぁああ羨ましいぃぃぃ!!あと恥ずかしいぃい!」
ドンドンと両手で鈴城の胸を叩く。
やっぱりこうなるのかと鈴城は頭をかいた。
半泣きでキレかけている。
こうなるともう会話が通じない。
親友を続けて十数年。
会話を続けるにはゴリラのように暴れる想い人をいったん人間に戻す必要がある。
落ち着かせられる確率は50/50(フィフティフィフティ)。デッドオアアライブ。やってみなきゃわからない。
この結末で自分の恋も決まる可能性がある。とにかく育田の気分が上がることを言わなければならないのだ。
「あの・・・俺さ、ワシントンに会社構える予定なんだ・・・一緒に来ないか?」
「いやだよ!日本からぜったい出ない!出たくない!」
うわぁあん!と泣き吠えを続ける。
ゴリラ化した親友をなだめるのはそう簡単なことではない。
「育田って、ハリウッド俳優に向いてるかもしれないって・・・常々思ってたんだけど・・・」
正直なれるワケがないと思いながら、鈴城は演技を続ける。全ては自分の恋の成就のため。
「っえ」
ピタ、と育田が止まった。
耳がぴく、と動いたのが見え、鈴城はこのまま話すことにした。
「知り合いに、映画監督がいるんだ。ハリウッド映画手掛けてる」
「ええ・・!」
「一緒にハリウッド目指さないか・・・?その、告白については保留してくれて構わないから・・・もし、俺とアメリカ来てくれるんなら英会話スクールの費用とか俺出すし」
ハリウッドを手掛けた映画監督の知り合いがいるのはウソではない。ハリウッド俳優になる道につながる人脈があるかといえば、それは「無い」。目指すだけなら誰にでもできる。詐欺のような説き伏せ方だが致し方ないのである。
「ええ~?どうしよっかなー!」
「切り替えはえーなオイ」
告白の件よりもハリウッドかよ、と鈴城は自分で提案しておきながらハリウッドに嫉妬した。
少し悔しい気持ちになったので人がいないのを良い事にイタズラしてやろうと思った。
「わ、え、なに」
片手で育田の細い腰を両腕ごとまとめて自分に引き寄せる。ピッタリと育田の耳が鈴城の胸に付く体制だ。
「俺、お前といる時心臓いつもこれぐらい鳴ってた」
「・・・すごいバクバクしてる」
「育田が、好きだ」
「・・・っ、そ、それは・・・さきほど聞きましたが・・・」
一度収まった恥ずかしさがまたぶり返し、育田の耳が赤くなる。
「育田・・・」
そのまま育田にキスをしようとしたら、両手で阻(はば)まれた。
現在鈴城の顔面は育田の両手に包まれ、せっかくのイケメンがすごいブサイクな顔になっていた。
「なにふんだほ(何すんだよ)」
「おっ・・・落ち・・・落ち着・・・!」
「おえはおひふいてるよ。ひんほうははくはくいっへるけおね(俺は落ち着いてるよ。心臓はバクバクだけどね)・・・ぷは、手、じゃま」
頭を振って育田の手から解放された鈴城はなおも育田の唇目掛けて近寄る。もう育田にエロいことがしたくてたまらなくなっている。
「おま・・・っさっき保留でいいって・・ちょ・・・」
「保留でいいよ。だからキスさせて」
「っちょ、おちちゅ・・・おち・・・」
「育田・・」
どんどん近づいてくる鈴城の顔に育田は再びパニックになる。
「・・・っお、おちゅちゅけぇっ」
かなりの嚙みように、鈴城の興奮した熱が一瞬ふきとぶ。プ、と笑って育田の腰を放した。
「いやお前が落ち着けよ」
「いやいや、さっきのはお前だろ・・・っオレ!こういうの初めてなんだけど!」
「知ってるよ。ずっと育田のこと見てたから」
「・・・こういうのはゆっくり進めたい派なんだけど」
「しょうがないなァ・・・一緒にアメリカ行ってくれる?」
「興味あるけど・・・生活費とか・・・金かかるし・・・」
「オレが出すって言ったら?」
「・・・行こう、かな」
「よし!決まり!前金としてキスだけさせてよ」
鈴城がまた育田に迫ろうとする。
「落ち着け!」
実際に育田がハリウッド俳優になってしまう事件が起きるのはまだ先の話――――。
fin.