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    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

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    お箸で摘む程度

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    ベスティ ワンライ

    第30回 嘘(第11回お題) お借りしました。
    アカデミー時代 ある仕事の翌朝、授業を抜け出す二人の話。

    ##ベスティ

    海原でダンスがしたい 久方ぶりの最悪な気分だ。正義の光を振り撒く朝日を寝不足の目で睨みつけた。
     寮から校舎までの道のりは、裸木になりつつある木立に陽光が射し込んで、まだ夜露を含んだ空気が清涼に照らされている。吐く息も白いアカデミー生がぞろぞろと歩いていく。楽しそうに話しながら進む人々はもちろん、寒さに憂鬱そうなひとりぼっちの生徒でさえ、今の俺には眩しく見えた。長い溜息は一瞬で冷やされて煙る。顔面で受け止めながら、汚いものを被ったような気がしていやになる。

     朝の講義は大講堂で行われた。天井の高い部屋はちっとも暖まらず、外と寸分違わぬ寒さの底に縮こまった人間がちらほらと沈んでいる。教壇の上手にあるストーブの近くが繁盛しているのを見て、下手側の一番後ろに座った。窓の木枠がガタガタと揺れて、隙間風が入り込む隙を伺っている。

     昨日、盗みをはたらいた。盗みをして金を得た。
     今更盗みなんかに罪悪感を覚えるような、そんな人生は歩んでいない。それなのに何故か、財布の重さが厭わしい。人の所有物を掴んだ手が、汚れていると今にも悲鳴を上げそうに震えている。

     講堂ではいつの間にか授業が始まっていて、大きなスクリーンに映像資料が流れている。そこかしこで談笑していた生徒たちも知らぬ間に着席して、実際のところはともかく、体裁だけはまともな授業風景だ。最後尾の端っこから俯瞰する。さまざまな上着に揃いの襟を覗かせて、誰が誰かの判別も曖昧な後ろ姿。この中のほとんどが、盗みなんてしたことのない、考えたこともない人種なんだろう。生活に足るだけの金があって、なれるとも知れないヒーローの学校に通わせてもらっている。もらっている、なんて意識もないんだろう。自分で授業料を稼ぐ、なんて想像したこともないんだろう。おめでたい頭、嘲ろうとして、眩しくってできやしない。

     自分を背後から見られたならば、他の生徒に溶け込めているはずだ。
     適当な上着の下には制服、手元の教科書、寮の相部屋。どれもこれも、周りと一緒だ。飼い殺しの家畜みたいに統制された集団生活。周りと一緒の自分の姿は、全部嘘で塗り固められてる。
     スクリーンにはCGの人体モデルが映っている。ワンクリックで骸骨になって、ワンクリックで内臓が透けて、ワンクリックで神経回路が描かれる。もう一度クリックしたら、その姿が嘘かほんとかも映ってしまうんじゃないか。想像して、ぐっと気分が冷えた。嘘だとばれないようにはしても、噓であることそれ自体は、痛くも痒くもないはずだったのに。


    「ビリー」

     不意に近くで声がした。ひとつ開けた右隣の椅子が引かれる。気のない所作で腰かけたのは、そういえば見かけなかったDJビームス。

    「Good morning! 今来たの?」
    「寝坊した。出席とった?」
    「取ってないヨ。いつものコト」

     ふぅん、と零してヘッドフォンを外す。先生に気付いた様子はない。出席を取られなかろうと、サボるような人間があまりいないのがこの学校だ。そういう人間が集まっている。右の人間も然り、だろうか?
     黙ってまた講堂を眺める。静けさの中に先生のぼそぼそとした声が溶け込む。胸中がもやもやと燻る。いい子ちゃんの顔の下で、盗っ人の自己顕示欲が暴れている。

    「ね、出ようよ」
    「へ?」

     DJは突然そう言うと、立ち上がって俺を見下ろした。わけがわからなくて訊き返したけれど、暫しの沈黙、答えがなかったから、俺も立ち上がって鞄を取った。席から五歩で扉に辿り着く。振り返る者もいるが、誰も咎めるようなことはしない。薄暗い廊下を突っ切って、埃くさい階段を上ってみた。建付けの悪い扉は軋んだ音を立てて開く。講堂の比じゃないくらいの冷気が襲う。吹きっさらしの屋上は無防備。


     他の校舎の窓から見えない、その位置を知っていた。広い屋上の隅っこに並ぶ。外周を走る下級生。登校時間の遅い上級生。誰も彼も見ていられない。フェンスに背中を預けて空を仰いだ。

    「昨日、クラブに行ってみたらさ……」

     DJが唐突に話し出す。生返事で相手をする。DJの話に興味はない。その感情に嘘はない。


     この身のすべてに嘘を纏って、どんなに器用に溶け込んだって、真実がなくなるわけじゃない。嘘をほんとに見せかけたって、嘘はほんとにはなりえない。
     DJはきっと、普段の俺が嘘を着ていることを知っている。そして今、ほんとの部分に揺さぶられるのも知っている。何らか察してここに連れ出し、それでいて一歩も踏み込まない、この距離感が心憎い。ほんとのことを言えるより、嘘に気づかないでいてくれる方が、俺にとってはベターでベスト。
     吹きっさらしは俺の心だ。白い息が流れていく。

    「DJ」
    「何?」
    「もし、出先で自転車盗まれたらどう思う?」

     ほんのちょっとの好奇心で、投げかけてみたド直球。DJは変な顔をした。拍子抜けしたかのような顔。俺の調子がおかしいって、自分の思い違いだったかもとか、そんなことを考えてそうな。そう、まだ、俺のほんとに気づかないで。嘘を嘘だと言わないで。

    「うーん、家に電話して車を頼むかな。別に自転車なんかいらないし」

     その答えがきっと噓偽りないほんとのことで、俺の口からは気の抜けた笑いが零れた。俺が唯一気兼ねなくいられる人間は、そういられない人々よりもずっと、俺から遠いところにいる。


     体勢を変えてフェンスに凭れた。霧がかっていた景色は陽光に温められて、徐々にクリアになっていく。
     高層ビルの合間を縫って、歪んだ海の水面が見えた。



    海原でダンスがしたい fin.
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    お箸で摘む程度

    TRAINING研究部
    感覚からヴィクターを想起してみるノヴァのお話。
    move movement poetry 自動じゃないドアを開ける力すら、もうおれには残っていないかもなぁ、なんて思ったけれど、身体ごと押すドアの冷たさが白衣を伝わってくるころ、ガコン、と鉄製の板は動いた。密閉式のそれも空気が通り抜けてしまいさえすれば、空間をつなげて、屋上は午後の陽のなかに明るい。ちょっと気後れするような風景の中に、おれは入ってゆく。出てゆく、の方が正しいのかもしれない。太陽を一体、いつぶりに見ただろう。外の空気を、風を、いつぶりに感じただろう。
     屋上は地平よりもはるか高く、どんなに鋭い音も秒速三四〇メートルを駆ける間に広がり散っていってしまう。地上の喧噪がうそみたいに、のどかだった。夏の盛りをすぎて、きっとそのときよりも生きやすくなっただろう花が、やさしい風に揺れている。いろんな色だなぁ。そんな感想しか持てない自分に苦笑いが漏れた。まあ、分かるよ、維管束で根から吸い上げた水を葉に運んでは光合成をおこなう様子だとか、クロロフィルやカロテノイド、ベタレインが可視光を反射する様子だとか、そういうのをレントゲン写真みたく目の前の現実に重ね合わせて。でも、そういうことじゃなくて、こんなにも忙しいときに、おれがこんなところに来たのは、今はいないいつかのヴィクの姿を、不意に思い出したからだった。
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