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    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

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    お箸で摘む程度

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    101 最終話

    ##平面上のシナプス

    平面上のシナプス――――――――


    「エリオスライジングヒーローズ」をプレイしていただき、誠にありがとうございます。
    クエストにおいて、下記の不具合を確認しています。
    <不具合内容>
    ・フェイス・ビームスまたはビリー・ワイズをクエストに出動させると、選択した『ヒーロー』にかかわらず、 ★1【第13期 制服】が出動する。
    ・上記『ヒーロー』が戦闘不能になった場合、それ以降ゲーム内の全ての機能において、該当『ヒーロー』が表示されなくなる。
    現在、原因および影響範囲の特定および対応を進めております。
    本不具合は、この後の大型アップデートの際に併せて対応する方針となります。
    大変ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません。アップデートまでお待ちいただきますようお願


    ――――――――




    101. anti anti-romantic


     大海原と言われたら、そんな気がする。一面の雪原と言われたら、そんな気もする。
     ざざ、ざ、と小さく耳に触れる音は、水音にも葉擦れにも聴こえるけれど、電子回路における特有のノイズだと言われれば、それ以上でも以下でもないのだろう。

    「DJ?」

     少し離れた場所に黒い影が横たわっているのを見つけて、俺は呼び掛けた。

    「DJ、起きてヨ。成功したヨ」
    「ゔ、んん……あー、ひどい目に遭った」

     しばらく唸っていたDJは、ようやく目を開くと、億劫そうに上体を起こす。外傷は無い。きっと、外傷なんていう概念が無い。それでも、文字通り命懸けの行為だったことに間違いは無かった。


     戦闘不能に陥って退場した後、タワーに帰還するまでの間。おそらくはほぼ完全に、誰にも認知されない場所。そして、限りなく画面の向こう側に近い場所。
     けれど、その転送を受けるためには、まず負けなければならなかった。自ら攻撃を受けるというのは難しい。それに、俺たちはトレーニングチケットを与えられるだけでよっぽど真面目に訓練に取り組んでいたらしく、そうそう戦闘で負けるということも無いようだった。
     能動的に何かをするのは難しくても、しかし一つのことを意識的にしないようにすることは、出来る。俺たちは雑魚相手にもわざと負けるために、戦闘に駆り出されてもインカムを装着しないという作戦に出た。アップデート後にはカードの性能に関わらず衣装を変えられるらしいので、おそらくは今しか通用しない方法だっただろう。結果、それが功を奏したらしい。俺もDJも攻撃をてきめんに受けて、戦闘から離脱し、タワーに転送される途中でどうにかそれを脱出した。場合によっては身体がばらばらにでもなっていたかもしれないけれど、どうにか五体満足でいられている。


    「……こんな感じなんだね、世界って」

     DJは景色を眺めながら、零すようにそう言った。俺もふたたび周囲を見渡す。原始の宇宙は暗闇ではなく、案外光の中から生まれたのかもしれない。そのくらい、底抜けに明るい景色だった。真っ白な砂丘。砂の一粒一粒が、0と1を表している。

     「エリオスライジングヒ―ローズ」には、新しい〝お知らせ〟が届いていた。俺とDJの悪行は、どうやら、数時間後に差し迫った大型アップデートに合わせて一掃されるらしい。逆に言えば、最早、見逃されているらしかった。あと数時間で終わってしまう命を、終わらせる側の身分で、憐れんででもいるのだろうか。

    「アーア、早かったナ。ニューミリオン、いや、世界が誇る情報屋のオイラの命。今ならどんなことでも知ってるのに~」
    「世界って、結局ニューミリオンくらいの範囲しか無さそうだったじゃん。それに、ありもしないこと訊かれたらどうするの」

     やっぱり、情報屋としては、このまたとない認識を失ってしまうのは惜しい。たった半月かそこらで、それまでの人生すべてで集めてきた情報よりもよっぽど大きい秘密をたくさん知った。売れなくたって情報は情報。記憶を操作されるというのも怖い。


     ところで、ゲームだと認識してこの世界を見ると、場所や一人物の設定には詰められていない箇所も多く、無知の知を得ることも多かったけれど、一方で人間関係はおどろくほど緻密に作られていることがよく分かった。誰に会っても何を話しても、人間らしい自然な感情が沸き上がってきて、作り話だからといって薄っぺらなものでは全く無かった。
     だからこそ、気になる違和感が一つある。

    「オイラたち、ベスティってことになってるケド、何でベスティなんだろうネ?」
    「アハ、全然わかんない。ベストっていうよりバッドでしょ」

     改めて考えると、俺とDJがベスティなのは不思議な設定だ、と思った。この世界の中では、俺にもDJにも、親友に成り得る人は他に存在する。それでも、ベスティというのは、俺たち二人を指し示す言葉であるそうだ。
     その理由は、ゲームの中というよりもむしろ、今この状況に示されているような気がする。

    「俺っち、このことを相談するなら、DJしかいないって思ったんだよネ。DJになら話してもいいっていうか、DJなら信じてくれそうっていうか」
    「巻き込んでもいいの間違いじゃないの?」
    「HAHAHA! ノーコメント! まあでもそれだけ気心知れた関係性に描かれてるってことデショ。そうだ、オイラたち、この世界の誰と誰より、DJとブラッドパイセンよりも、一番長い付き合いなんだヨ」
    「え、何、どういうこと?」

     DJは釈然としない顔でこちらを見た。ホラ、やっぱり、知らないことを知るって楽しいデショ。


    「「マンナイ」って、アプリのリリースより一年も前からやってたんだって。オイラたちの関係性だけ、他より一年分も多く描かれてきたっぽいネ」

     だからこそのベスティ、ってわけじゃないけれど。でも、俺たちは「エリオスライジングヒーローズ」の中では一番長い関係性で、一番アプリ外での関係も深く、だから物語の確信に触れないところの解像度が高い。それらの要素から、俺もDJも、この世界の綻びと外側を、うまく認識できたんじゃないだろうか。そう思わナイ? 俺は、そちら側にウインクをする。DJも、こちらを見る。


    「ビリー。『壺中の天地』って、知ってる?」

     DJは不意にそう言った。聞いたこともない言葉だった。俺は首を横に振る。

    「ん~、知らナイ」
    「俗世間から離れた世界のことを指す言葉なんだけど。普通はお酒を飲んで仕事を忘れるとかいうときに使うのかな。でも、壺の中っていう狭い感じもあって、何かこの状況みたいだなって思っててさ」

     骨ばった長い指が、地面を掻いた。白い地に反射する光の加減が変わって、きらりと虹色の光沢を放つ。


    「でも俺は、ゲームの中で生きるのも、やぶさかじゃない。むしろ、逃げ出すくらいならあの世界だけでどうにか生きていきたいって思ってる。まあ、俺らしくないかもしれないけど」

     それから、DJは俺を見た。ひとりの『ヒーロー』だ、と不意に感じた。

    「ビリーも……必死で生きてみれば、案外、ゲームの中だって悪くないよ。ビリーらしくもないけど、多分ね」


     偏光のきらめきが目に刺さる。俺は自分の身体が軽く透けて、無の周囲と一体化していくのを感じていた。
     結局、俺はあの世界でしか生きていけない。どんなに上からものを見たって、この身体を司る電気信号はシナプスではなく電子回路上の反応であり、俺を構成するのはATCGではなく0と1なのだ。

     それでもいいとDJは言う。俺はまだ悔しく思う。俺はまだ、あの世界で生きること、俺自身の宿命に向き合う決意が、出来ていないんだ。ねえ、いつの間にそんなに遠くに行っちゃったの、ねえ、ベスティ?



     砂丘だと思った場所は砂浜で、もうじき新しい0と1の海が、満潮を迎えてここまで届きそうだ。静かに波が押し寄せてくる音が聴こえる。

     手を伸ばしてDJの胸に触れると、そこは温かく脈打っているような気がした。規則正しく拍動し、電気信号が発されている。顔を上げると、DJは見たことのない顔で笑っていた。
     ああ、ゲームには描かれないこの場所で、文字でしかないこの小説で、DJのこの表情は、俺ただ一人しか知らない。この表情だけは、きっと、平面上のシナプスによって、生み出されている。



    【平面上のシナプス 完】

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    お箸で摘む程度

    MOURNING元同室 生徒会選挙の別Ver.
    .昼休みのカフェテリア、注文口まで続く長い列はのろのろとしてちっとも進まない。ヘッドフォンから流れる音楽が、ああこの曲は今朝も聴いた、プレイリストを一周してしまったらしい。アルバムを切り替えることすら面倒くさくて、今朝遅刻寸前でノートをリュックサックに詰めながら聴いていたブリティッシュロックをまた聴いた。朝の嫌な心地まで蘇ってくる。それは耳に流れるベタベタした英語のせいでもあり、目の前で爽やかに微笑む同室の男の顔のせいでもあった。
    普段はクラブの勧誘チラシなんかが乱雑に張り付けられているカフェテリアの壁には、今、生徒会選挙のポスターがところ狭しと並べられている。公約とキャッチフレーズ、でかでかと引き伸ばされた写真に名前。ちょうど今俺の右側の壁には、相部屋で俺の右側の机に座る、ウィルのポスターがこちらを向いている。青空と花の中で微笑んだ、今朝はこんな顔じゃなかった。すっかり支度を整えて、俺のブランケットを乱暴に剥ぎ取りながら、困ったような呆れたような、それでいてどこか安心したような顔をしていた。すぐ起きてくれて良かった、とか何とか言ってくるから、俺は腹が立つのと惨めなのとですぐにヘッドフォンをして、その時流れたのがこの曲だった。慌ただしい身支度の間にウィルは俺の教科書を勝手に引っ張り出して、それを鞄に詰め込んだら、俺たちは二人で寮を飛び出した。結果的には予鈴が鳴るくらいのタイミングで教室に着くことができて、俺は居たたまれない心地ですぐに端っこの席に逃げたんだけれど。
    1441

    お箸で摘む程度

    TRAININGオスカーとアッシュ ⚠️死ネタ

    レスキューと海賊のパロディ
    沈没する船と運命を共にすることを望んだ船長アッシュと、手を伸ばせば届くアッシュを救えなかったレスキュー隊のオスカーの話。
    海はあたたかいか 雲ひとつない晴天の中で風ばかりが強い。まるでお前の人間のようだ。
     日の照り返しと白波が刺繍された海面を臨んで、重りを付けた花を手向ける。白い花弁のその名を俺は知らない。お前は知っているだろうか。花束を受け取ることの日常茶飯事だったお前のことだ。聞くまでもなく知っているかもしれないし、知らなかったところで知らないまま、鷹揚に受け取る手段を持っている。生花に囲まれたお前の遺影は、青空と海をバックにどうにも馴染んでやるせない。掌に握り込んだ爪を立てる。このごく自然な景色にどうか、どうか違和感を持っていたい。

     ディノさんが髪を手で押さえながら歩いてきた。黒一色のスーツ姿はこの人に酷く不似合いだが、きっと俺の何倍もの回数この格好をしてきたのだろう。硬い表情はそれでも、この場に於ける感情の置き所を知っている。青い瞳に悲しみと気遣わし気を過不足なく湛えて見上げる、八重歯の光るエナメル質が目を引いた。つまりはディノさんが口を開いているのであるが、発されたであろう声は俺の鼓膜に届く前に、吹き荒れる風が奪ってしまった。暴風の中に無音めいた空間が俺を一人閉じ込めている。その中にディノさんを招き入れようとして、彼の口元に耳を近づけたけれど、頬に柔らかい花弁がそれを制して微笑んだ。後にしよう、口の動きだけでそう伝えたディノさんはそのまま献花台に向かって、手の中の白を今度はお前の頬に掲げた。風の音が俺を閉じ込める。ディノさんの瞳や口が発するものは、俺のもとへは決して届かず、俺は参列者の方に目を向けた。膨大な数の黒だった。知っている者、知らない者。俺を知る者、知らない者。
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    お箸で摘む程度

    TRAININGグレイとジェット
    グレイとジェットが右腕を交換する話。川端康成「片腕」に着想を得ています。
    お誕生日おめでとう。
    交感する螺旋「片腕を一日貸してやる」とジェットは言った。そして右腕を肩からはずすと、それを左手に持って僕の膝においた。
    「ありがとう」と僕は膝を見た。ジェットの右腕のあたたかさが膝に伝わった。

     僕とジェットは向かい合って、それぞれの柔らかい椅子に座っていた。ジェットの片腕を両腕に抱える。あたたかいが、脈打って、緊張しているようにも感じられる。
     僕は自分の右腕をはずして、それを傍の小机においた。そこには紅茶がふたつと、ナイフと、ウイスキーの瓶があった。僕の腕は丸い天板の端をつかんで、ソーサーとソーサーの間にじっとした。

    「付け替えてもいい?」と僕は尋ねる。
    「勝手にしろ」とジェットは答える。

     ジェットの右腕を左手でつかんで、僕はそれを目の前に掲げた。肘よりもすこし上を握れば、肩の円みが光をたたえて淡く発光するようだ。その光をあてがうようにして、僕は僕の肩にジェットの腕をつけかえた。僕の肩には痙攣が伝わって、じわりとあたたかい交感がおきて、ジェットはほんのすこし眉間にしわを寄せる。右腕が不随意にふるえて空を掴んだ。
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