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    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

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    お箸で摘む程度

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    ウィルとフェイス
    花の価値がわかる人

    舌の評釈 最初、舌かと思った鮮やかな色が、ほんとうの舌に絡めとられていったので、それが舌ではない何かなのだと分かってしまった。いや、周囲を見ればどうせ分かることだった。昼過ぎの部屋でらしくなく机を散らかしたウィルは、そこに拡げられた新聞紙の上の切り花の花弁を、一つひとつちぎっては口へと運んでいるのだった。
     目が合って、はっとして、俺は後ろ手に扉を閉めた。出来れば、見られないほうがいいのだろうと感じたから。それなのに俺の目はウィルから離れることはなく、ウィルはウィルで、驚いたように瞼を持ち上げながらも、その口でコーラルピンクを咀嚼することはやめないのだった。
     開ききった薔薇の花弁。重なるその中心に近い部分を、ウィルは乱雑にもぎ取ると口の中に放り込んだ。そう堅いものでもないだろうに、執拗なほどに噛んでいる。舌で転がして丹念に味わうようなその動きに、俺はようやく常識人の心を取り戻して、万が一にも引き戸が開かないよう扉に背中を預けた。

    「何……してんの?」
    「ん、驚かせてごめん」

     薔薇の中心を嚥下した喉は、拍子抜けするくらい普通の声をしている。黒っぽい繊維の滲む茎を新聞紙に置いて、ウィルの手はオレンジ色のガーベラを取った。花占いをするように放射状の花弁をちぎり、また口へと運ぶ。

    「俺、花を食べるのが、好きというか、なんというか……」
    「そういう種族が何かなの?」
    「いやいや、そんな大仰なものじゃなくて、ただ俺が好きなだけだよ。フェイスくんだってチョコレートが好きだろ?」

     それと同じだよ、と言う間にもビロードのような花が口の中に吸い込まれていって、俺はもう馬鹿らしくなってしまって、扉から背を離して二歩で自分のベッドに腰掛けた。俺の机には白紙のレポート用紙が散らばっている。ウィルの机に未消化の課題なんて無いだろうけど、これから消化されるらしい切り花が無言で横たわっている。
     ガーベラの咀嚼を終えると、ウィルは次に大ぶりな百合を手に取った。蕊に直接口をつけてから、花弁を縦に割いて口に運ぶ。単子葉植物の平行脈が嫌だって人もいるんだ、とわけのわからないことを言いながら、切り花の山をどんどん平らげられていく姿を、俺は何故か見飽きなかった。





    「はい、これ」

     数日後、俺はもう寝ようとしているウィルに、紙袋いっぱいの切り花を差し出した。
    「ふふ、告白?」
    「何言ってんの。食糧だよ」
     クラブで主催イベントをする度に、女の子たちからたくさんの花が届く。ありがたいけど、飾って似合う場所ではないし、日持ちもしない。一晩出入口の付近を彩ってもらって、あとは無心で燃えるゴミに出している。それを、適当な理由をつけて貰ってきたのだった。どうせ捨てるんだから、他にどうなろうと構いやしないだろう。他の男の口に入ると知れば、贈り主には穏やかじゃないかもしれないけれど。
     ウィルは薄いピンク色の薔薇を手に取って、口に運んだ。舌で転がして味わいながら飲み込む。また次の花弁を手に取る。その一連の行為を改めて見ると、確かに、俺がチョコレートを口にして飲み込むのと何ら変わらない、と思った。
    「どう?」
     俺は、自分で選んだ花でもないのに、聞いて分かる味でもないのに、ウィルに感想を求めた。俺って普段、どんなものを貰ってるんだろう。無心で捨てるゴミを見る目よりかは、ウィルの舌のほうがよっぽどそれを理解してくれそうだ。
    「うーん、何か、すごく高級だけどそんなに美味しくないものみたいな感じ」
     それなのに、ウィルの感想は、別に俺の花への感想と別段変わり映えしなかった。そう、すごく高級そうだけど、こっちに利はない、みたいな。アハ、結局そんなもんってことか。知れず口の端から笑いが零れた。

    「食べてみたら? ハイ」
     ウィルが薔薇の内側の花弁を一枚切り取って、それをこちらに差し出してきた。上品なピンクから白へのグラデーション、ピエール・ド・ロンサール。ウィルの指から直接、それを前歯に挟んだ。花弁めいた舌で絡めとって咀嚼する。舌で転がすようにして味わう。それは想像に難くなく、ほとんど味のしない繊維質の中から、青臭さと少しの苦味がまとわりつく感じがした。ああ、めんどくさいな。女の子たちに抱く感情と同じものをそれにも抱いた。

    「……マズい」
    「あはは、そうだよね。今度、フェイスくんが美味しく食べられそうな花を買ってきてあげるよ」

     正直な感想を零すとウィルは笑った。後に続いた言葉に恩着せがましい感じは全くなくて、それだけで、きっとウィルの買ってくる花は美味しいのだろうと、食べる前から俺には分かっていた。



    舌の評釈 完

     
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    お箸で摘む程度

    TRAINING研究部
    感覚からヴィクターを想起してみるノヴァのお話。
    move movement poetry 自動じゃないドアを開ける力すら、もうおれには残っていないかもなぁ、なんて思ったけれど、身体ごと押すドアの冷たさが白衣を伝わってくるころ、ガコン、と鉄製の板は動いた。密閉式のそれも空気が通り抜けてしまいさえすれば、空間をつなげて、屋上は午後の陽のなかに明るい。ちょっと気後れするような風景の中に、おれは入ってゆく。出てゆく、の方が正しいのかもしれない。太陽を一体、いつぶりに見ただろう。外の空気を、風を、いつぶりに感じただろう。
     屋上は地平よりもはるか高く、どんなに鋭い音も秒速三四〇メートルを駆ける間に広がり散っていってしまう。地上の喧噪がうそみたいに、のどかだった。夏の盛りをすぎて、きっとそのときよりも生きやすくなっただろう花が、やさしい風に揺れている。いろんな色だなぁ。そんな感想しか持てない自分に苦笑いが漏れた。まあ、分かるよ、維管束で根から吸い上げた水を葉に運んでは光合成をおこなう様子だとか、クロロフィルやカロテノイド、ベタレインが可視光を反射する様子だとか、そういうのをレントゲン写真みたく目の前の現実に重ね合わせて。でも、そういうことじゃなくて、こんなにも忙しいときに、おれがこんなところに来たのは、今はいないいつかのヴィクの姿を、不意に思い出したからだった。
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