Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    suzuro

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 64

    suzuro

    ☆quiet follow

    本誌ネタ注意。虎杖君と日車さんが宿儺戦へ赴くまでの妄想捏造話です。

    荒地にて ただ傍で見ている事しかできなかった。目の前で恩師を殺された瞬間の絶望と憤怒に満ちた少年の横顔を。もうこんな辛そうな表情に触れたくはなかったのに。
     人が理不尽に踏み躙られる様は職業柄慣れているはずだった。だが虎杖の今の姿は己が身に堪えた。当然だ。彼はこの短い過酷な期間でどれだけのものを奪われ続けてきたのだろう。それでも一切怯まず業を背負い戦う姿に俺は一度打ちのめされたのだから。未だにあの時の腹の痕が疼く。忘れるな、と言わんばかりに。


    「何か飲むか」
    「え、いいの?……じゃコーラで」
     年相応の笑みを浮かべる虎杖を横目にロビー脇に佇む古びた自販機のボタンを押す。ごとん、と鈍い音を立てて赤い缶が落ちてくる。
    「わざわざここで買わんでもコンビニで適当に調達してきたらいいのに。でもありがと」
     缶を取り出し口から拾いながら虎杖は不思議そうに礼を述べる。コロニー内の、社会が麻痺した状況下で律儀に小銭を入れて買い物をするのは我ながら滑稽だ。だがこうでもしないと落ち着かないのだから仕方がない。そう自分に言い聞かせて緑茶のホットのボタンを押した。自販機横の汚れた窓から見える空は一面の鈍い青色をしている。
     季節は冬へと巡り寒さがより堪えるようになった。決戦の十二月二十四日までもう間もない。虎杖が所属している高専のメンバーと合流し対策を打ち立てるうちに日々は無常に流れていく。何故自分はこの場所に居るのだろうと時折思いながら。

    ──君といると益々自分を嫌いになりそうだ

     そんな残酷な言葉で助けを求める虎杖を突き放したのは他でもない自分だ。それなのに結局は彼の再びの懇願に押し負けて、こうしてその仲間達と行動を共にしている。
     合流後、担任教師である五条悟をはじめ先輩たちに見せる子供らしい表情が虎杖から垣間見えた時は心底ほっとした。彼のための居場所がちゃんと用意されていた事に。決してもう一人ではない、自分とは違って。


    「日車? どしたの?」
     余程ぼんやりしていたのだろう。訝し気に声をかけられて我に返る。コーラの缶がぷしゅ、と開く音を聞きながらなんでもない、と返した。沈黙が流れる。そういえばこうして二人きりで話すのは久しぶりだ。虎杖が重い空気を破るように口を開いた。
    「なんかごめんな、結局あんたを巻き込んじゃって」
    「今更だな。仮にあのまま一人で行動していたとしてもどうにもならなかっただろう。相手は手強い。手を組んだ方が得策だと考えたまでだ」
     自分からすれば奴らの粗暴な価値観など知った事ではない。現代に生きる以上はたとえ怪物であってもそれなりの報いを受けるべきだ。少なくとも虎杖がその罪を肩代わりする謂れはない。救われるべき弱者が苦しんでいる様には相変わらず納得が出来ない。俺は最早弁護士ではないというのに。
    「鍵はやはり五条悟だ。話には聞いているが強いのだろう?」
    「ああ、最強だよ」
     虎杖は力強く頷くと缶をあおった。コーラを飲み下し息を吐いたタイミングで呟きが漏れる。でも、でもさ。
    「でももし万が一、五条先生に何かあれば俺はあいつの前に出る。勝ち目がどうとか関係ない」
     その瞳のゆらめきには見覚えがあった。あの裁判の時と同じだ。彼は覚悟を決めた時、瞳に静かな炎を宿す。
    「そうか。じゃあその時は俺も一緒に出向いても構わないだろうか」
     虎杖の目が微かに見開かれる。
    「領域があの人外に効くかは分からないし多少の時間稼ぎにしかならないだろうが、それでもいないよりはマシだろう」
    「でも、それじゃ」
    「これ以上仲間が傷付いたり死ぬ姿は見たくないだろう。部外者の俺が適任だ」
     俺に何が出来る。それだけをずっと考えてきた。人を殺し自暴自棄になった自分を初心に立ち返らせてくれた少年のために。そしてまだこの世にいるであろう、弱くともひたむきに生きる者達のために。
    「前から聞きたかったんだけどさ」
    「なんだ」
    「日車はさ、なんでポイントの時といい俺の事を助けてくれんの?」
    「自分自身がそうしたいから、では理由にならないか」
     そう返しながら思わず似合わない笑みが溢れる。尚も納得がいかない表情を見せる虎杖の、鴇色の頭をくしゃりと撫でてやりたかった。まだ温かさをかろうじて保っている緑茶の缶をやっと開け、一口飲む。虎杖もつられてコーラを飲み干す。そして自販機横の金網のゴミ箱めがけて缶を投げる。缶はきれいな弧を描いてゴミ箱に落ち乾いた音を立てた。


    「俺のこと信じて一緒に戦ってくれてありがとな、日車」
     その言葉を聞いて、ああもうこれで充分だと思う。礼など言わなくて良い。あの時救われたのは俺の方なのだから。その心を後生彼に告げる事はないけれども。


     十二月二十四日。瓦解した街にちらほらと粉雪が舞っている。五条に引き続き鹿紫雲と呼ばれる術師が斃れた瞬間、虎杖の瞳にあの美しい炎が宿った。遂に自分も覚悟を決める時が来たと思った。ガベルを喚び、隣で殺気を募らせる彼に声をかける。
    「出るぞ」
    「応」
     もうこれで充分だ。そうだろう虎杖。そう心の中で呟くと武器を構え、怪物の居るあの荒れ果てた場所へと二人降り立つべく身を放った。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator