じゃんけん「じゃんけん、ポイッ!」
じゃんけんをした。文字通りの他愛もない、シンプルで知名度も高い勝敗の決め方である。誰しも一度ではなく何度も勝った負けたを経験しているはずだ。
しかし、俺たちがしているのは、ただのじゃんけんではない。今後続いていく夜の営みのポジションという己の尊厳をかけた大勝負だった。
「……」
「……」
杁が出した一手は、硬く握りしめられたもの。けれど、俺の手は平和の象徴の形をしていて、サーッと血の気が一気に引いた。
「……さ、三回勝負だ」
「いや、お前が一回だって決めただろ」
「一回じゃ勝負がつかない時もある」
「おいおい。そんなことあるはずねぇだろ。今まさに勝敗がついてるじゃねぇか」
目の前の現実を受け入れられず、支離滅裂なことを呟いてしまった自覚はある。しかしここで食い下がらなければ、今後こいつに組み敷かれ続ける羽目になる。二十年以上出口だと思っていた部位が入口になるのだから、不具合を起こす心配を今後何十年もしなくてはならないのだ。痔になって病院にお世話になるということは避けたい。
それ以上に、出口に男のものを突き立てられ、アンアンと喘ぐ自分の姿を想像してほしい。情けなさで確実に萎える。
「いいから三回勝負だ! 次に勝ったものが勝者となる!」
「俺が勝ったら終わるが、お前が勝ったらもう一回あるぞ。お前……さてはだいぶ混乱してるな」
「うるさいっ!」
ぴしゃりと嫌味なほど冷静な言葉を撥ね付けて、今から喧嘩を行うが如く拳を握りしめる。もはや後のない戦争だ。一度たりとも負けることは許されない。
「ほら、お前も構えろ」
「……」
睨みながら催促をかければ、眉間に皴を刻んだ杁が、俺を真っ直ぐ見つめた。
「なぁ……なんでそんな拒否すんだよ」
ポツリ、自信のなさそうな、そして哀感を帯びた声で問いかけてくる。
「……あぁ?」
「答えねぇとじゃんけんしねぇぞ」
「お前はわがままな子供か」
「……それはそっくりそのままお前に返す」
くだらないやり取りの後、何も返答しないでいたら杁が拳を背中に隠し、ひどく睨まれた。これ以上ないほど不機嫌な顔で。
お前が言うまで言わねぇぞという強固な意志を感じとり、しょうがないなと、俺は肺に溜まっている空気を全て吐き出すように深くため息をついた。
「俺の喘ぎ声など、俺自身が一番聞きたくない。男の乱れた声など誰も聞きたくないだろ。あと、尻が死ぬのは避けたい」
「……」
本音を伝えれば、杁が「俺に抱かれるのが本気で無理ってことじゃねぇんだな」と当たり前のことを呟いた。もしお前の心配した通りなら、そもそも恋人にはなっていない。こんな馬鹿みたいなじゃんけんをすること自体、そういう行為に前向きなことくらいわからないのだろうか。
「まぁ最後のやつは、準備次第として……お前の喘ぎ声を聞きたい奴もいるかもしれねぇだろ」
「は……?」
最初はグーの形をした自分の手を、奴のでかい手のひらが無理矢理包み込んで、この勝負は終わりを告げた。