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    つつ(しょしょ垢)

    @strokeMN0417
    げんしんしょしょ垢。凡人は左仙人は右。旅人はせこむ。せんせいの6000年の色気は描けない。鉛筆は清書だ。
    しょしょ以外の組み合わせはすべてお友達。悪友。からみ酒。
    ツイに上げまくったrkgkの倉庫。
    思春期が赤面するレベルの話は描くのでお気をつけて。

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    POIPOI 41

    緋衣草でサルビア。2文字タイトル縛りで遊んでいるので草を外しました。
    サルビアの花言葉は家族愛。
    はい、そのとおり、鍾魈🐥の話。
    旅人はいつも先生に噛み付いてる感じですが、「俗世に慣れてない魈をもう少し緩やかに近づいて欲しい」と思っているだけの兄属性完凸冒険者。

    ##小話
    #鍾魈
    Zhongxiao

    緋衣「かかさま、かかさま」

     望舒旅館の露台へ向かうにつれて小さな子どもの声が大きくなっていく。

     親子連れが宿泊しているのだろうかとぼんやり思案しながら露台に辿り着き、視界に声の主らしい子どもが入ったと思った瞬間、風を伴って舞い降りた何者かが掬い上げるように子どもを抱えた。

     見覚えのある、背丈の割に引き締まった背中に自分が声をかける前に相棒の方が彼に呼びかける。

     背中越しでもため息をついているのが分かりタイミングが悪かっただろうかと少し歩む速度を落とす。

     旅人の気遣いにはお構い無しに相棒のパイモンはふわっと少年...と言うには年齢を重ねているが外見はそうとしか言えない仙人、降魔大聖・魈の前に回り込む。

    「魈~一緒にごは……んんんんーーー??!」

     奇妙な悲鳴をあげるパイモンに「静かにしろ」と淡々と返しながら、腕の中の子どもの耳をやんわりと庇う仕草が見て取れた。

     あわあわという擬音が見えそうなぐらい動揺してぱたぱた飛び回るパイモンに落ち着くように声をかけると改めて魈に挨拶する。

     体ごと振り返った少年仙人の表情はいつもの凛としたものではなく、心底困惑した、本人がきっと気を悪くするだろうなとは思いつつも「迷子になった挙句高い木に登って降りられなくなった仔猫」だなと苦笑いしつつ原因と思われるそれに視線を移す。

     魈の腕の中には子どもというには幼過ぎて赤子と言うには少し大きい…つまり二、三歳ぐらいの大きさの子がこちらに背を向けた状態で抱えられている。魈の左肩…いつもは防具があるが子どもを抱えるために外してあるようだ…には顎が乗せられていて、パイモンの側からはその顔が確認できたのだろう。

     子どもの顔を指さしながら顔面蒼白、口にするのも憚られるのか目をこれでもかとまん丸に見開いたまま硬直している。

    「魈、その子どもどうしたの 宿泊客の子ども」

     パイモンのただならぬ様子に背筋に嫌な汗を感じつつ努めて冷静に問いかける。

     普段の魈は旅館の客たちの前に姿を見せないし、まして抱えるなど絶対にしない。誤って下に落ちそうだったところを助けたというのであれば速やかに親元に返し姿を消すだろう。

     それが困り顔をしつつも大切に抱え上げているとなれば、パイモンでなくとも自分だって少しは慌てたいのだといまだ硬直している相棒に少し恨み節をぶつける。

    「…我にも分からぬ」

     パイモンに手を伸ばして姿勢を崩した子どもに気づいて抱えなおす。その細やかな仕草に母性が見て取れて…いや、母性ってなんだ、魈は男だと自らにツッコミを入れる。しかしそう感じてしまった自分の感性にますます冷や汗が止まらない。

     本当に小さな微笑だったのだ。

     抱えなおす瞬間に見えただけできっと本人も気づいていない。夜叉として戦うことしか知らないと普段から豪語する彼は、たまに凡人との何気ない語らいや詩歌の集まりといった戦いと無縁の場に立ち会った時など、舞い落ちる銀杏の葉でさえ見とれて止まるのではないかというほどの嬉しそうな美しい笑みを浮かべる。

     今もまた、どこかで見たことある微笑み方に似ているなとたくさんの思い出を振り返ると留雲借風真君が甘雨達の活躍を語るときの笑顔に似ているという結論に辿り着いた。活躍であって失態のほう嬉々として話すときのではないという比較も完了している。

     つまり「慈母の微笑」というものを一瞬、刹那、須臾、自分ほどの熟練の冒険者じゃないと見逃す水準だと…現実逃避しかけていたところにパイモンの悲鳴がようやく上がった。

    「しょしょしょしょのこどもなんだよ 母親誰なんだよ いやまさか、魈が生んだのか 仙人って男でも子どもが生めるのか いや仙人ってどうやって生まれるんだ」

     呂律が回っていないのか魈の子どもと言いたかったのかなんなのか、なんにせよ突然の大きな声に驚いたのはほかでもない件の子どもで、「きゅるるるるうわーーーん」と不思議な声で泣きだした。

     ふっと風が巻き起こると次の瞬間には屋根の上に魈達の姿が移動していた。慌てて見上げると子どもを膝の上に乗せ胸の中に閉じ込めるように抱え直していた。

    「怖がることはございません。あれは騒がしいもののあなたに仇なすものではありません」

     子どもの背からは先ほどは生えていなかったしっぽが現れて、ぱたぱたと揺れては魈の足を叩いている。頭からは小さな角が飛び出しておりその間を魈の手が優しく撫でつけている。

     次第に落ち着いたのか鳴き声としっぽの揺れが小さくなり、最後にはこくりこくり舟を漕ぎ始めているのが見えた。

     魈の言葉遣いに嫌な予感を覚えつつ、さてどう声掛けしたものかと思案していると、

    「な、泣き止んだ…というか、さっきの泣き声というか鳴き声、テペトルのちび竜みたいだったな…」

     自分の大声が原因だと反省したのか驚くほどの小さな声で耳打ちしてきたパイモンのたとえに認めたくなかった事実で後頭部を鈍器で殴られた心地がして膝から崩れ落ちた。

     魈は旅人にとって頼れる友人であり、璃月を長きにわたり命懸けで守ってきたという尊敬すべき仙人であり、あまりにも俗世の事情に疎すぎて時に凡人と交わる際には困惑しきりの様子に狂おしいほど庇護欲を掻き立てられ兄として守ってやらねばという義務感に駆られる弟のような存在となっていた。

     俗世を、知らな過ぎて。

    「魈…俺、今から往生堂に予約を入れに行くけど一緒にいく」

    「璃月港にか 我は城内にはあまり…それに往生堂となれば帝君にご迷惑が…」

    「その帝君の送仙儀式をもう一回やってもらおうかと」

    「旅人…なんだかどす黒いオーラが出てるぞ…」

    「はて、俺の記憶が確かなら岩王帝君の送仙儀式はすでに完了しているはずだが」

     長身の青年がゆったりとした足取りで露台に現れる。

     高所の風が青年の長衣を揺らすさまは何故か計算されつくしたようで場をあっという間に掌握してしまう。石珀の瞳が旅人の姿を捕らえ、先ほどの言葉の意味を探るように愉し気な、そして優美な笑顔を浮かべた。余裕のあり過ぎる態度に毒気を抜かれた旅人は特大の溜息をつく。

    「鍾離様」

     声につられ鍾離は屋根を見上げる。その視線がすっと下がりその軌跡通りに魈が足下に舞い降りた。子どもを抱えたままで器用に膝を折る魈に鍾離の片眉が上がる。声をかけるより前に魈の動きで目を覚ました子どもがもぞもぞと目をこすり、あたりを見回したあと、ぱっと顔を輝かせて手を伸ばした。

    「ととさま」

     場を掌握したはずの元岩神でさえも、一瞬完全に言葉を失い、旅人の手には剣が握られていた。

     露台に玉璋シールドと鋼がぶつかる音が響き渡る。

    「友よ、不意打ちはよくない」

    「先生、幼気で健気な忠臣に手を出すのはよくない」

    「旅人 鍾離様になんてことを 鍾離様に手を出しているのはお前ではないか」

    「セノが聞いたら喜びそうなこと言わないで」

    「誰だそれは」

     三者三様に混乱の様相を呈し始め、パイモンはおろおろと飛び回る。剣呑な雰囲気に真っ先に根を上げたのは当然、

    「きゅるるるるるうぅぅうあぁぁぁぁぁん」

     ぎゅっと魈にしがみつき泣き叫ぶ稚児の背を軽くとんとんと叩きながら、「申し訳ございません」と敬語で謝る姿に鍾離は愛らしいと口に登りかけた言葉を飲み込んだ。

     いまだ歯を食いしばりながら玉璋シールドを破ろうとしている旅人を尻目に、ふむと顎に手を当てる。

    「魈、その子どもはどうしたのだ。見たところただの子どもではないようだ」

    「認知してないの」

    「旅人、落ち着け」

     するりと流れるような仕草で旅人の背後に回ると、まるで先ほど魈が子どもをあやしたようにとんとんと肩と背中を叩く。からんと音を立てて旅人の手から剣が落ち霧散する。

    「旅人」

    「大丈夫パイモン」

     痛みも何もない。単に一瞬握力を奪うような経穴を刺激されたのだろう。さすがは凡人のふりをしているだけの武神なだけはあると感心と呆れが重石のように降り注いだ。

    「さて、旅人も落ち着いたことだし、説明はできそうか、魈」

     無理やり落ち着かせておいてとは思ったが埒が明かないのも事実だ。いまだ真剣な顔で子どもをあやす魈に視線が集まる。

    「せ、説明と言われましても…その、畏れながら我は鍾離様にこそお伺いを立てるべきかと愚考しておりました」

     小さくぐずる子どもを引き続きあやしながら、丁重な足取りで鍾離へと近づく。

     どこか悲壮感さえ漂わせながら決意みなぎる表情に、それを真正面に受けた鍾離も、一瞬にして傍観者になってしまった旅人とパイモンも覚悟を決めて聞かねばならないという心地になった。

    「鍾離様の御子を我ごときがお世話するわけには参りませぬ。どうか一刻も早く適切な世話役をお探しください」

     ぴしりと音を立て、鍾離が自身に天星を受けたかのように固まる。

     逆に旅人は驚くほど冷静な心地がしていて、脳裏には爽やかな風が吹き抜ける明け方の渡華の池が広がっていた。

    「そっかー、先生、おめでとう。胡桃には育児休暇を申請した方がいいよ」

    「いやいや旅人、それも重要だけど母親はどうしたって話にならないか、普通」

    「魈が知らないってことは、璃月港の誰かとか、はるか昔の魈が生まれる前の仙女とかかもだよ。魈、今日は一緒に呑もうか」

     魈が密かに鍾離に想いを寄せていることは百も承知しており、だからこそ鍾離の距離の詰め方には細心の注意を測っている旅人は、壮大な失恋をしてしまったかもしれない彼の心が折れてはいないだろうかとそちらに感心が向かっていた。

    「そう、そうだな、旅人、気遣い感謝する」

     儚げで、悲しみを堪える強い笑みに旅人はぐっと歯を食いしばる。きっと魈はこのまま想いを隠し続け何事もなかったように鍾離と璃月のために戦い続けるのだ。思わず目の端に涙が滲み出る思いがした。

    「うんうん。ウェンティも呼んで盛大に酒盛りしようね」

    「旅人ぉ、なにしんみりしてるんだー 鍾離がすっごい笑顔で睨んでるぞー」

     指折りながら酒盛りのメニューを考えていた旅人が顔を上げると、整いすぎて、当然と言えば当然だが人知を超えた美丈夫が極上の微笑を浮かべている。口の端に見えた竜の牙に冗談が過ぎたかとじりじり後退する。

    「その酒宴には是非俺も招待してほしいものだな」

    「諸悪の根源を肴に酒を飲める図太い神経はウェンティしか持ってないよ」

     負けじと踏ん張るがじりじりと長身の圧が近づいてくる。いい加減二人を止めようとした魈の顎に、ぺちりと湿り気のあるなにかが触れた。

    「かかさま、なくの、や」

     ぺちぺちと小さな手が魈の顎を叩く。

     魈が驚いて視線を落とせば、自身もいまだぐずっているというのに懸命に魈を励ますかのようにぺちぺち、ぺちぺちと顔を叩いている。

    「泣いてなどおりませぬ。それから我は御子様のご母堂ではありませんと最前より…」

     ぎゅっとしがみつかれて反論の言葉を失う。

    「かかさま、せいしんたべたい」

     もぞもぞとどうやら甘えているらしい仕草に鍾離たちの頬が緩む。魈が珍しく特大の溜息を吐くと、

    「旅人、すまないが清心を分けてほしい」

    「新鮮なほうがいいだろう」

     一瞬鍾離の姿が揺らぎ、再び鮮明な姿となったときにはその手に清心が握られていた。また簡単に凡人の枠を超える…とバッグに入れていた手を抜き、パイモンと一緒に肩をすくめる。

    「ここは風も冷たい。お前の部屋で食べさせてやるといい」

     暗に、子どもの正体についてこれ以上の話を外でやるべきではないという鍾離の提案に皆が同意した。 

     望舒旅館に用意されている魈の部屋はいつになく大所帯となり、魈は席を旅人たちに譲り自身は子どもを抱えて寝台に腰を掛ける。鍾離もまた魈の隣に座ると子どもに清心を与える。

     鍾離から清心の花びらを受け取ると拙い仕草で嬉しそうにもぐもぐと食みだした。旅人がそうっと子どもの顔を覗き込むと、パイモンが絶叫を上げた理由が改めて、そして骨身にしみて理解した。

     百人中千人が鍾離の子どもだと言い当てるだろう、利発そうで将来の精悍さがすでに見えるような顔立ち、それでいて子どもらしいぷくりとした頬と真剣に花びらを見つめる黄金の瞳と一心に清心の花びらを食む雰囲気は…まるで鍾離と魈をないまぜにした美少年なのだ。

     その子どもを見つめる鍾離と魈の姿は一幅の家族の肖像のようで、やはり後でタルタリヤも招待して先生に勝負を挑もうと握りしめた拳に力が入る。

    「ととさま」

     はい、と花びらを渡され鍾離は苦笑し受け取ろうしたが、魈はよだれまみれのそれを慌てて取り上げる。

    「分けようとするとは、優しい子じゃないか」

    「いいえ、この部位は清心でもあまり旨味も仙力もないと分かっていて押しつけようとしています。御子とはいえ見逃すわけには参りません」

    「あう…」

     見抜かれたのを察知して萎れる。

    「うわ、魈、見事なしつけっぷりだぞ…」

     震え上がるパイモンをしり目に、世話役というより母親の片鱗を見た気がして、そしてなによりこの状況に耐えきれずに旅人は魈に改めて説明を求めた。

    「だから鍾離様の……」

     言いよどむ魈に代わり、パイモンがぎらりと目を光らせる。

    「隠し子だな」

    「違う」

     やはり部屋に移動して正解だったと呆れたような吐息が漏れた。えっという弾かれたような小さな声に窘めるような鍾離の声が重なる。

    「お前まで俺をそんな目で…」

     責めるような目を向けられて魈は身をすくめる。

    「…我の与り知らぬところで、その、お一人ぐらいはいらっしゃるものかと…あまりに鍾離様にそっくりなので…」

     食べるかどうか悩んで握りしめてぐしゃぐしゃになった清心を取り上げる。ふっと息を吹きかけると塵となって消えた。

    「ととさま、もっと」

     手を伸ばす子どもをいなし、頭を撫でる。

    「まずは全部食べられなかったことをかかさまに謝るべきではないのか」

    「そうです。せっかく鍾離様手づから摘んできた清心をすべて召し上がられてないのですよ」

     きょろきょろと「両親」の顔を見比べて、子どもは舌足らずな声で謝る。あまりにもいじらしく、全てを許してしまいそうになりそうな旅人に比べて、少し冷静なパイモンはくるりと一回転すると、腰に手を当ててツッコミを入れる。

    「鍾離、なにととさま呼びを受け入れて、魈のことかかさま呼びしてんだよ」

    「おや、それはうっかりしていた」

     確信的な驚き方に四つのジト目が向けられる。

    「それにしても、そのちびだけどさ、鍾離にそっくりだけど鍾離の隠し子じゃない。かかさま呼びされてるけど魈は子どもを産んでない…よな」

    「断じて産んでない」

     おや、と旅人首を傾げた。

    「産めない、とは言わないんだ」

     あ、とパイモンも声を上げる。小さなことに気づくのはさすが抜け目ない冒険者だと魈は己の若干の失言を恥じ、旅人の洞察力に感服する。

    「留雲借風真君たちを見ればわかると思うが姿かたちなど仙人にとっては都合に合わせて如何様にも在り方を変えられる。また長命ゆえに生殖能力も凡人のそれとは異なる。甘雨や煙緋ら半仙が存在するように、相手に合わせて「産みやすい・産ませやすい身体」になるだけの話だ」

    「つまり…魈も鍾離もその気になれば子どもを産めるってことか」

     想像のつかない生態にパイモンがほへーーと謎の歓声を上げてふよふよーと地面に落ちかける。想像が追い付かず、うわの空の旅人を引き戻すかのように鍾離が説明を補う。

    「いわゆる理論上は可能という話だ。凡人の姿となる際に留雲が女性の姿、削月たちが男性の姿をとるように雌雄の区別はそれなりにあるからな。それはまた別の問題として、この子どもがどこから現れたのかが一番の問題ではないか」

     魈の腕のなかで驚くほどおとなしい子どもに旅人は肝心なことを思い出した。

     見知らぬ子どもが、見知らぬ者に抱えられて大人しくしているはずがない。だとしたらますます「かかさま」「ととさま」呼びは当然であり不自然なのだ。

    「魈、この子そもそもどこから現れたの」

    「む…それが、その」

     もじもじと仙人とは思えない恥じ入る姿に、鍾離の前では言いづらいのだろうかと思案する。彼に対して一部にはとっくにバレている小さな恋慕と、鍾離の正体を知るものであればだれもが知っている大きすぎる敬意が邪魔しているのかもしれないと鍾離に席を外すように促そうとしたが、梃子でも動かなそうな鍾離の姿勢に断念する。

    「ご、午睡をしておりました…申し訳ありません」

     旅人ではなく鍾離のほうを向いて非礼を詫びる。やっぱりと旅人は天を仰いだ。責められるような要素はどこにもないのに、油断しているとか自罰的なことを考えているに違いない。

     旅人でも気づくようなこと、鍾離が気づかないはずもなく「よく休めたのならいいことだ」と魈の頭を撫でる。うぅと低く恥じ入るような唸り声を上げると続きを促されて口を開く。

    「目を覚ますとこの童が我の隣で眠っていて…最初はその…鍾離様の悪戯かと……」

     さもありなんと旅人とパイモンはうんうんと頷く。「その手があったか」という小さな呟きが聞こえたが後で刺身料理を用意しようと心に決めて聞き流す。

    「ご存じの通り我の部屋には我のほかには宿の者と我が許可したものしか入れませぬし、宿の者も我がいるときには不用意に入ってきたりしません。だからますますこの子どもの正体が分からず、あまつさえ我を母と呼ぶので……」

     困り果てた魈は鍾離を尋ねようと往生堂の仕事が終わる頃合いまで待つことにし、しばらく相手をしていたが表に出たいとぐずりだしたため露台に出て遊ばせていたところに旅人たちが現れた…ということらしい。

    「それで、俺の隠し子ではないかと確認するつもりだったと」

    「はい…先ほども申しあげました通り、世話役にはなれませぬが護衛であれば僭越ながら引き受ける心づもりでありました」

    「じゅーぶん世話役もできると思うけどな」

     さすがに空気を読んでこそっと旅人に耳打ちするパイモンに、しーっと口を指を当てて応える。

    「それに…我のことをしきりに母と呼ぶので、てっきり、その、不敬ながら我によく似た仙女か璃月港の凡人を娶られていたのだろうかと…」

     物思いにふけってつい子どもから目を離してしまったことも告白し、思わず力が入ったのか子どもがびっくりして魈を見上げる。

    「視界から御子の姿が消えた時には肝が冷えました…」

     慈しむように子どもを撫でるさまはどう見ても母性の現れで、護衛の責務には見えない。

    「それゆえこの子が鍾離様を父と呼んだ時には…責任を取らねばと」

    「いやいやいや、無事だったんだからそこまでしなくても」

     パイモンが慌ててフォローすると「そうだぞ」と力強い同意の声と、衣擦れの音が響き渡る。子どもが潰れない絶妙な力加減で鍾離が魈を抱きしめた音だと分かった旅人の脳裏に並ぶ本日の酒宴のメニューには五品ほど魚料理が追加された。

    「この子の出自がどうあれ、お前は璃月の子どもを守った。それで十分だ」

     うまい言葉を選んだなと感心しながら旅人はこほんと業とらしくせき込んで場の空気を変える。

    「で、結局その璃月の子どもは誰の子どもなの」

    「そうだな…ふむ……」

     魈とこどもを抱きしめたままで鍾離は首を巡らせる。

     ふと見慣れぬ鳥の置物が目に入った。鶴を模したそれが仙具であることを仙祖たるモラクスが見逃すはずもなく、視線を追ったパイモンがあっと声を上げたのも同時だった。

    「吉夢残映神器だ なんでここにあるんだよ」

    「造りの癖といい仙力といいい留雲のものだろうが、どういった仕掛のものだ」

    「なんかいい夢が見られるって仙具だぞ。オイラは鳥肉のスイートフラワー漬けの山に囲まれた夢を見たんだ」

     かつて旅人も妹と再会した夢を見た。目覚めれば虚しいだけ…とはならず、いつかは叶う希望の夢だと留雲に優しく諭されて頭を撫でてもらったのは記憶に新しい。

     魈はかつての凄惨な過去と業障ゆえに悪夢に苛まれることが多い。何かと世話焼きの留雲借風真君が気に掛けないわけもなく、暇を見つけて持ってきたのだろう。

     どのようなやりとりで押し付けられたのか、まあ大体想像は付くが根が優しい魈のことだ。彼女の矜持を無駄に傷づけるよりさっさと受け取ったに違いない。

    「それで、使ったみたと」

    「…やつの絡繰りの腕を疑うわけではありませんが…使わぬのもあとで何を言われるか分かりませんでしたので、数回ほど。確かにその、杏仁豆腐を食する夢や、何もない草原をただ散歩する夢など…少なくとも悪夢よりは穏やかな夢を見ることが多かった気がします」

     沈思黙考すること数秒、突然「あっ」と声を上げ、魈の顔が真っ赤になった。

     三人の視線が集まり、逃げられないと悟った魈は、子どもの手をモジモジと握る。

    「…お、畏れながら…先ほどの午睡の折に見ていた夢は……」

     その先は最早語る必要もなかった。

     ひとまず騒動の顛末を肴に酒宴は開くつもりだと夕刻に塵歌壺に来てほしいと鍾離たちに告げて旅人とパイモンは準備のために洞天へと引き上げた。

     ぽつんと取り残されて魈がますます恥じ入って小さくなる。

     腕の中でいつのまにかすやすやと眠りだした子どもはやがてふわりと光を放ち消えていった。

     いつか叶う吉夢。

    「お前が望んだ夢であれば、俺もそれを叶えるために努力しよう」

     ぎしりと寝台が揺れる。

     夕刻の酒宴に大遅刻したことを場違いなほど朗らかに謝る鍾離と足元がおぼつかない魈が現れたのは別の話。
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