休息日、受容よ育て 事務所は休みで、雑務は粗方片付いていて、ロナ戦の〆切日でもなくて、ギルドの予定も入っていない。そんな珍しいぐらいの休息日、ロナルドは昼過ぎに目を覚ました。
冷蔵庫に入っていた食事を電子レンジで温めて食べて、軽く準備体操をしたらメビヤツを「いってきます」と撫でて事務所を出る。空は快晴、運動日和。何もない日中、時間の潰し方が分からない時はとにかく身体を動かすに限る。
道行く人々に挨拶しながら二〇キロほどジョギングしたら、射撃場で銃の訓練。帰りにドーナツを一箱分買って事務所に戻ってくる頃には、日が傾き始めていた。
出迎えてくれたメビヤツを「ただいま」と出る時よりも一層丁寧に撫でる。ますます滑らかさが増しているような気がするが、メビヤツが嬉しそうならきっと良いことなのだろう。
リビングへ入れば、主人より一足先にジョンが起きたところだった。
「ヌヌヌヌヌン、ヌヌヌリヌヌイ」
「ただいまー、ジョン。ドーナツ買ってきたけど食べるか?」
「ヌン!」
「よっしゃ、ドラ公が起きる前に食べちまおうぜ」
甘い香りを漂わせるドーナツを一人と一匹で分け合う。ドラルクはジョンの体重管理にうるさいので気づいた時には文句を言われるだろうが、美味しいものを分け合うのは止められない。ジョンも嬉しそうだし、無罪だ無罪。
空になった箱を潰して資源ゴミに分けた頃、棺桶の蓋が開いてドラルクが起き出してくる。案の定、ジョンを抱き上げた時にドーナツの食べかすを発見していたが、「今日は安息日だからね」とサラッと流していた。少し拍子抜け。
汗臭い身体を洗ってこいと浴室へ押し遣られ(言い方がムカついたので一回殺した)、汗と土埃をシャワーで洗い流す。ドラルクがいつの間にか買っていた入浴剤を浴槽に入れればお湯はたちまち白く濁り、牛乳みたいになった。
風呂から上がれば既に食事の準備は殆ど終わっていて、ロナルドがすることといえば食器の用意ぐらいのものだった。テーブルに皿と箸やフォーク等を並べた後、ふと思い立って冷蔵庫の奥に入れてあるアルミ缶を取り出す。低アルコールの果実サワー。
「おや飲むんだ、珍しい」
「まぁ、休みだし」
「じゃあ私もブラッドワイン開けちゃおうっと。ジョンはブドウジュースね」
「ヌン!」
メイン料理の豚肉と大根とその他野菜の炒め物が乗った大皿を中央に置いて、飲み物をそれぞれグラスに注いで、「いただきます」と同時に乾杯。何だか普段より穏やかな気分なのは休日効果なのかとロナルドはサワーを飲みながら思った。
「……いいのかなぁ」
「ロナルド君?」
だから、なのか。それともたった一缶で変に酔ってしまったのか。胃の中が満たされた頃、頭のなかで思い浮かんだ言葉が、するりと口から零れ落ちてしまう。
「俺、こんなに幸せで、いいのかな」
いつもだったら、料理も掃除とかも家賃光熱費迷惑料と比べればトントンだと言ってしまえる。でも、酔いで不安定になった思考の中で。こんなに身体の中から温かくなるようなものを受け取ってしまうと、自分の手の中に返すものが何もないことが心細い。
「別に、いいんじゃない?」
「……ん、ドラ公?」
何時の間に隣に立っていたのか、ドラルクの体温に乏しい骨張った指が額に触れる。風呂上がりで湿って額に貼りついた前髪をそうっと払うと、その掌はロナルドの血色の良い頬を包んだ。
「悪いことなど何もないさ。だって、私たちは君が幸せそうになってるのを見るのが楽しくて仕方ないんだから」
ヌン、と頷いたジョンが主人の真似をするようにロナルドの手の甲に優しく触れる。頬と手の甲から伝わる感触は、燻っていた形のない不安を融かしていくようだった。
「……そっか」
お前とジョンが楽しいなら、いっか。
以前より休日の終わりが惜しくなったロナルドは、穏やかな気持ちで静かに笑った。