祝い、喜び、ちらり 日付が変わり、退治人がリビングに顔を出した瞬間に鳴らされるクラッカー。凝った夜食と揶揄とお祝いの言葉とセロリトラップと暴力の応酬で一頻り騒いだ後の、八月八日の丑三つ時。
昼を挟んで夜の十九時からがパーティー本番だと伝えれば、本日の主役は照れた顔で「ありがとう」と言い、落ち着かない様子。そんなに楽しみかい、まぁ五歳児らしく素直にはしゃぐと良いとドラルクが茶化せば砂にされた。ジョンの泣き声が響く。
「ちがっ、いや、楽しみなのはそうなんだけど!」
「じゃあ何が違うというんだ」
「――っ、あのさドラ公」
もう料理とかは終わっているのかと聞かれ、そうだと返す。すると、ロナルドはじわじわと顔を真っ赤にしながら数度口を開閉させてから、震える声を絞り出した。
「なら……朝が来る前に、でっ、ででで」
「大王?」
「ちげーわ! だから、その」
でーとをしたいと、おもうんですが。と、か細い声で言うロナルドに、ドラルクは心拍数の急上昇で一瞬死んだ。
◆
カタ、カタと下駄がアスファルトを叩く音が夜道に響く。赤い浴衣を纏った銀髪の青年は、眠っている草木を呼び起こすような存在感を纏っていた。
「撮影後に貰ったもの、取りあえず表に置いたままにして正解だったね」
「おう。……てめぇは何処から出してきたんだそれ」
「それは勿論、棺桶の中の収納スペースからサッとね。君と違って整理整頓が完璧なドラドラちゃんですし?」
小馬鹿にするように笑い、直後殴殺されたドラルクも自前の浴衣を着ていた。紫と黒を基調とした高級感のある装いは、ロナルドの鮮明な赤の布地とは対照的な雰囲気を漂わせている。
「それにしても、浴衣を着て散歩とはロナルド君にしては悪くない提案じゃないか」
「しては、は余計だボケ」
「だってそうだろう? 一瞬夜景が綺麗だからと港へ運搬されるかと思った」
「テメェいつまで引っ張るんだよそのネタ! 俺だって、ちゃんと考えられるっての!」
デートといっても、夜明けまで数時間では出来ることは限られる。コンビニ行って帰るのが限界かと思っていたドラルクに対し、意外にもそのコンビニ往復に一工夫加えるアイデアを口にしたのはロナルドだった。
それが、浴衣を着ての散歩。一応の目的地であるコンビニでアイスコーヒーとアイスミルクを購入して、タイムリミットと飽きが来るまで回り道しながら近所を歩く。
出発前に着付けをする以外に大したことをする訳じゃなかったが、衣装一つ変えてみるだけで気分が高まるのは確かだった。浴衣だものなぁ、とドラルクは隣を歩くロナルドの首周りに視線を向けて内心ため息を吐く。
いとも簡単に服を脱がされるロナルドに首を露出されても、ありがたみは少ないと思いきや。今みたいに正当な手順で着用された状態で項が曝け出されているのは中々、そう、目に毒だ。紳士の面をそろりと外して、銀を掻き分け、血が通った皮膚に触れたいという衝動が頭をもたげる。
今、この場にジョンがいない(気遣い半分、作りすぎたデザート類が気になる半分といった様子で留守番を申し出ていた。冷蔵庫の減り具合によってはダイエット再開だ)ので余計に気がそぞろになってしまう。ロナルドを適度に煽って、ムードを適度に壊しつつ誤魔化すしかない。
「誕生日ってさ、祝って貰えるのが信じられないくらい嬉しくて、ありがたくて」
こちらの葛藤を知ってか知らずか、ぽつぽつとロナルドが言う。
「同じくらい……祝ってくれる相手が喜んでくれることがしたいって、思うんだよな」
進行方向を向いていたロナルドの青い目が、隣を歩くドラルクを見た。その手が己の銀色の髪を掻き分け項を晒す退治人の姿は、腹を見せて仰向けに転がる犬を連想させる。
「私さ、流石にお返しは明日まで待ってあげるつもりだったんだけど」
「うるせ、今日は俺がしゅ、主役なんだからテメェが合わせろよ」
「……ふふ、言うようになったじゃないか若造。時間が惜しいから手加減せんぞ?」
「はっ、望むところだっての」
袖から覗く腕に手を這わせ、お互いの指を絡める。
浴衣デートの続きは、おうちの奥で冷房を効かせながら。
出し惜しみせず、昼の子を骨の髄まで祝い尽くそう。