催眠かセロリでも持って出直してこい ――やたら華美で豪奢な前時代的なコロシアムの中に、観客たちの歓声が湧き上がる。
円筒形のケースの中に博物館の展示物のように押し込められたドラルクは、冷めた気分で最上階から見える景色を眺めていた。頭上の空気穴は砂粒を通さないようにきめ細かいメッシュが貼られており、適当に壁を蹴った反作用死で脱出を試みることは難しそうである。
『それでは、本日の豪華賞品を求める勇敢な挑戦者を――』
「はー……」
つまらない気分のまま、ため息を吐く。自分が賭ける側になったり実況席に座ったりするならともかく、ただただ身動きできない賞品のように扱われるのは面白くない。
スピーカーから聞こえる実況はスルーしつつ、反対側に見えるVIP席らしき場所へ視線を向ける。「悪い吸血鬼が私有地に潜んでいる気がするから調査して欲しい」という、やや具体性に欠けた依頼を事務所に持ち込んできた人間が一人、その男に露骨にゴマすりされてふんぞり返っている吸血鬼が一人。どうも自分たちはまんまと嵌められたようであった。
まぁ、お人好しが過ぎる退治人とコンビを組んでいればこういう日もある。背後から殴られ塵を容器に詰められる寸前にジョンへスマホを投げ渡したので、さっさと応援が来てくれることを願うばかりだ。
『――新横浜の若き退治人、ロナルド選手の入場です!』
「うっわ……何と趣味が悪い」
闘技場エリアの入場ゲートが開き、スタッフらしき吸血鬼に連れられたロナルドが歓声に出迎えられながら姿を現す。その様子を見て、ドラルクは自然と眉をひそめた。
肌が透けて見える薄布を胸部と腰回りに巻いただけの、踊り子のような扇情的な衣装。ピンク色の布と金糸であしらわれたそれは女性的なデザインをしており、逞しい肉体を持つ成人男性であるロナルドを嘲ろうという主催側の意図が見て取れる。
腹の前で両手首を一纏めにするように手枷が嵌められており、武器は右手に木の棒が持たされているのみ。あの様子では愛銃を隠し持つことは難しいだろう。
――しかし。反対側のゲートからサイクロップスみたいなグールが出てきても。ドラルクは一切の不安を感じることはなかった。むしろ楽しくなって笑い声させ出てきてしまう。
「ふふ……さぁやってしまえロナ造! ゴリラパワーを愚かな同胞たちに見せつけてやれ!」
◇
「諸君らの敗因は些細なことだ」
困惑と不満の声でざわめく会場の中で、ドラルクは至極冷静に呟く。下方にある闘技場エリアでは、衣装に頓着せずに肉体を惜しげもなく晒しながら駆け回り、グールの表皮に生えた角で手枷を破壊すると巨体に飛び乗って、木の棒で脊椎を突き刺してあっさりとトドメを刺したロナルドの姿がある。
「変態と辱めに慣れまくっている新横浜の名物ゴリラを見下していたこと」
ヌーーー! と頭上から頼れるアルマジロの声が響く。天井から下りてきたジョンが容器に貼られたメッシュを剥がしたのと同時に、ドラルクは壁に体当たりをして反作用で死に、空気穴から脱出する。
「私のジョンをただの可愛いアルマジロと侮ったこと」
群衆のどよめきが一層大きくなる中、ジョンを抱えながらスタッフに捕まる前にバルコニーへ足をかける。
「そして何より!」
ドラルクがバルコニーから飛び出すと同時、崩れかけたグールの頂点から跳躍して観客席の手すりを使いながら最上階まで昇ってきたロナルドが同じ視線の高さまでやって来る。見開かれた青い目と視線を合わせて不敵に笑いながら、衝撃で若干死につつマントに身を包みながらその腕の中へ一人と一匹共々飛び込んだ。
「この私を無理矢理閉じ込めるなど片腹痛いわ! クソゲーとクソ映画を用意して出直して来んが、アッ舌噛んだ……」
「空中で死ぬんじゃねぇよクソ砂ァーーー!」
もう黙ってろ! と塵のままマントで包装されたドラルクは、ジョンを腕に抱えながらその辺の窓をぶち破ったロナルドと共に悪趣味なコロシアムから脱出を果たしたのだった。
◇
「ふむ」
「……おい何してんだよクソ砂」
それから何やかんやで吸対に摘発されて主催共謀者観客軒並みお縄になった後。
自分の服が回収されるのを待っている間、ロナルドはドラルクに何故かマントで身体を包まれた状態で抱きつかれていた。こいつも今回は大変な目に遭ったということで誰かが来るまでは好きにさせてやろうと思っていたが、こうも密着されると落ち着かない。
「新横浜のバカどものせいで麻痺していたが……こうポンチ抜きの状態で、不埒な同胞に好き勝手飾られたのを見ると、ね」
「は……っ」
ドラルクの両手が、ロナルドの両頬を包む。マントから立ち上っていた線香みたいな香りが一層濃くなり、秘め事めいた何かを連想させる。
「今はこれだけで勘弁してやるが……後で上書きさせて貰うよ、ロナルド君?」
「……ん」
多分、ケースに入れられた吸血鬼を見たときにロナルドが感じたものを、ドラルクも感じている。
そう思えば悪い気はせず、触れるだけの口づけを静かに受け容れるのだった。