お土産に赤い薔薇を一本買った 今日も今日とてロナルドに呼び出されて外に躍り出る夜。本日の目的地は、某県某所にある植物園であった。
「へー、色々あるもんだねぇ」
「約七百種、約六万本あるんだとよ」
興味深そうに周囲の花壇に植えられた花を見回すドラルクに、ガイドブックを手にしたロナルドが淡々と返す。すっかり日が落ちた夜空の下、淡い光で照らされた植物が彼らを取り囲んでいた。
「ねぇロナルド君、私あっちの熱帯植物館っての見てみたい」
「……お前それ、暑さで死ぬんじゃねえの」
「一回だけ、一回だけ試させて! まだ今日は死んでないから数分で復活できると思うし! それに、仕事なら全部見回る必要があるだろう?」
「それは……くそ、仕方ねぇな」
一回死ぬまでだからな、と不承不承といった態度で許可を出したロナルドにドラルクは微笑む。一回までと言いつつ、次案を出せば乗ってくれることが簡単に想像つくのが楽しい。仕事とはいえ、彼がわざわざチケットを用意し誘ったという事実に、己が思った以上に浮かれているのを感じる。
ロナルド曰く、今回の仕事は退治後の経過観察らしい。何でも以前、名も家柄も知らぬとある同胞が園内に細工し、およそ三割の植物が吸血鬼化してしまったそうだ。ロナルドを筆頭に退治人たちが懸命の除草作業を行ったお陰で沈静化したらしいが、一度吸血鬼化が発生した場所は再発の危険性を孕んでいる。そういう訳で、定期的に見回りを行うことになったとのこと。
「いいか、今日みたいに夜に一般開放している日は客が危ない目に遭ってないかも注意しなくちゃならねぇ。お前もはしゃぎ過ぎんな、変な感じがしたらすぐに言え」
「まぁまぁ、何か起きるまでは楽しもうではないか。でも少し意外、ロナルド君ってこういう地道な仕事も引き受けるんだ」
「あー……」
少しばかり口ごもり、露骨に視線を逸らしながらロナルドが答える。
「ま、持ち回りの仕事も偶にはこなさねぇとだからな。独立してるからって、ギルドとの繋がりを疎かにする訳にもいかねぇし」
「ふーん?」
「な、何だよ」
帽子と前髪で目元を隠したロナルドの顔を覗き込むと、一歩引いて彼がたじろぐ。その反応を楽しみながら、いやぁ、とドラルクは揶揄うように言った。
「こういう仕事をする時のロナルド君って、ささっと一人で片付けてしまうだろう?」
自分たちはコンビを組んでいるものの、ロナルドの退治全てにドラルクが呼ばれる訳ではない。対処法が明確になっている下等吸血鬼等については、ロナ戦のネタにもならないからと彼一人で手早く解決してしまう。ツチノコを保護するに至った例の屋敷みたいなイレギュラーにぶち当たらない限り、そういった依頼の話は終わった後に城でロナルドから聞かされて終わることが多いのだ。
「それなのに最初から呼び付けるとは……そんなに私と植物園を回りたかった?」
「っ!」
「なーんて冗談、って、あれ?」
突然立ち止まったロナルドを追い越してしまい、不思議に思ったドラルクが振り返ると。
「……ロナルド君」
「ちが、これは」
とてもとても“ロナルド様”ファンには見せられないぐらい、顔を真っ赤にした彼が口元を覆って首を微かに横に振る。今が夜で、ここが屋外かつ人間たちの活動エリアで本当に良かった。こんな姿を他の吸血鬼に見られて目を付けられては堪らない。
「君、もしかして本当に」
「んっ……な訳ねーだろが! ロナルド様が仕事へそんな、デートみたいな浮ついたもん持ち込むとか有り得ねぇんだよ!」
「えっと……私、デートとは言ってないけれど」
「あ」
自ら墓穴を掘ったことに気付いたらしく、ロナルドの表情が強張る。返す言葉を見失って狼狽えている様が何とも可愛くて、ドラルクの口元に自然と笑みが浮かんだ。
「そういうの、意識してくれてたんだ」
「……しないでいられるかよ」
観念した様子で、ロナルドは決まりが悪そうに答える。
――見回りが異常なく終わった時、閉園まで時間が余っていたら少しだけそういうこともできるんじゃないかと思った。何をするかは全く思い付かなかったけれど。
ぼそぼそと白状する彼の帽子の鍔を上げると、ブルーローズより手放しがたい青と視線が合う。エンタメと退治に取り憑かれたような人間との交際は三歩進んで二歩下がって一歩下がるような状況が続くものだと思っていたが、向こうも案外しっかりと進展を望んでくれていたらしい。もしも今日が貸し切りだったら抱き寄せてキスできたかと思うと、少しだけ惜しかった。
「ロナルド君、今度は仕事抜きで外で会おうよ。一緒に遊ぼうじゃないか」
まずはドラルクから、誘いの言葉を掛ける。意地っ張りの青年が、更に歩み寄ってくれるように。
こちらの意図を察したらしいロナルドは、頬に赤みを残したまま「今回役に立ったら、考えてやる」とぶっきら棒に返す。それで十分だった。
役に立とうが立てまいが、ロナルドが自分なりの理屈を付けて誘いに乗ってくることを、ドラルクはちゃんと分かっているのだから。