素面なら屋外もやぶさかではないとの事「そうだ、キャンプ行こう」
脱稿から解放されカップケーキを平らげたロナルドは頭の中で思いついた言葉をそのまま口にし、リビングの戸棚を開け放った。外に転がり出てくる品々からマットレスとタオルと着替えと、何か使えそうなものをかき集めて小さな山を作り上げる。テントは見つけられなかったが、後で何処かで買えばいい。
「キャンプといえばー……キャンプファイアーか! デカい炎でマシュマロ焼いて朝まで踊るんだよな!」
ふわふわとしたイメージを拠り所にして、今度はキャンプファイアーの炎を起こせそうなものを探し始める。最近出番がめっきり減ったライターの火は小さいので、もっとガーッと大きな炎が出て来るのが欲しい。
「んー……うん?」
ふと、テレビの前に置かれたゲーム機各種に紛れた黒い奇妙なフォルムが目に入る。ゲーム機より、人間および高等吸血鬼への精神攻撃に特化した兵器と名乗るのが相応しい気がするそれ。
「これだ! やってやるぜタコ焼きリベンジ!」
「――騒がしいと思ったら私のビンビーで何をするつもりじゃ脱稿ゴリラがぁーーー!」
ロナルドが意気揚々とビン2を掲げた瞬間、いつの間にか予備室から戻ってきたドラルクがビンタをかます。反作用で死んだ主人にジョンは涙した。
◇
「テントも何もない今からじゃどうあがいても夜が明けるだろう」
呆れた様子で言ったドラルクはランチマットとかランタンとかをロナルドへ押しつけると、あれやこれや設営を指示し始める。命令されるのは気に食わなかったが、相手がマントを外してエプロンを装着しているのを見れば美味しいものが出てくる期待が勝って、ジョンと一緒に折りたたみ式の椅子やテーブルを窓の近くに並べた。
いつの間にか買い足されていた木製の食器を取りに来た頃には、キッチンからは香ばしい匂いが立ち上っていた。気になってドラルクの手元を覗き込もうとすれば、後のお楽しみだと制される。それでも、と相手の肩に顎を乗せて小さいフライパンっぽいもの(スキレットだと後から聞くことになる)の中身を見ようとしたら一瞬砂になったドラルクが再生後に角度をずらして口を噛んできた。心臓がびっくりして思わず殴り殺してしまったので、次は空気を読んで欲しい。(お前が言うな、と返された)
それから、明かりを落とした部屋の中、チーズとトマトと半熟目玉焼きを挟んだホットサンドをジョンと一緒に食べて。窓から見える空はいつもの新横浜の夜空だけど、こうして美味しいものをちょっと違うシチュエーションで味わうだけでもキャンプ気分になれるもんだなとしみじみする。
「さてロナルド君、次は何をしようか?」
わざわざ鍋で温めたホットミルクを飲みながら、ドラルクが問いかけてきた。ジョンを膝の上に乗せて笑う姿を見て、こいつも楽しんでるらしいことに嬉しくなる。
――それで、何で自分がキャンプをしようと思い至ったのか何となく分かった。
「寝る」
「……ふーん。まぁ大人しくなってくれるなら構わんが」
「お前の棺桶の隣で寝る」
「えっ」
つまり、今日はテントの中みたいに狭くて近い距離にいたかったのだ。
「ドラ公の隣で寝たい。……だめかよ」
「だめじゃないけどさぁ」
添い寝して欲しいと素直に言いたまえよ五歳児。と、たしなめるように言ったドラルクの手がロナルドの頭を優しく撫でた。