紫と青の蓮花雲深不知処の座学で初めて顔を合わせた時、その自分と真逆を行く人柄に苛立たしさを募らせた。
そしてほんの少し、少しだけ羨望を抱いたことを覚えている。
彼は江楓眠。その顔は柔和で物腰柔らかく、落ち着いた声音も染み渡るようで心地よく、江氏の次期宗主であり、人徳もある。彼の家の象徴である、蓮のような男だと虞紫鳶は思った。
いっぽう、虞紫鳶は虞氏の三女である。いずれどこかへ嫁ぐ身。
家族は可愛いと言ってくれるが、背が高く、眦も言動もきつく、自分が可愛い女でないことは自覚していた。
唯一誇れたのは、女の身にしては高い修為。
そこらの男に負けることはない。だがそれだけだ。
男が中心の世で、周りを黙らせ女の身で上に立つ程の実力があるわけでもなく、可愛らしい女になることもできない自分がもどかしい。
江楓眠の誰からも好かれる性格や、次期宗主という確固とした立場、そんなどうしようもないものへの嫉妬だったのかもしれない。
江楓眠は座学中、江氏から一緒に座学に参加した家僕、魏長沢とよく何かと騒いでいた。
その様子に金氏である知己は、家僕と仲良くするなんてと鼻を鳴らしていたが、虞紫鳶は自分の身の世話をしてくれる金鈴、銀鈴二人との関係を重ね、彼女たちと屈託のない関係を結ぶ未来もあったのかもしれないなと眺めていた。
数年後
父親が決めてきた見合い相手。
それが江楓眠だった。座学以来の再会。
「断って頂いて結構よ」
虞紫鳶は開口一番そういい捨てた。
江楓眠は目をまん丸にして驚いている。
「どうしてそんなことを言うんだい?私は君のお眼鏡にかなわなかったかな」
「あなたも知っているでしょう。私のことを。可愛くお淑やかに振る舞うことなんて出来ないし、性格も正反対で毎日喧嘩になるかもしれないわよ。あなたに似合いの仙子は他にいるでしょう?」
一気に言い募ると、虞紫鳶はふんと彼に背を向けた。
失礼な態度をとったのだから、彼が怒るのは当たり前だが、それを正面から見たくないなとふと思ったのである。
ふふっと後ろから笑う声が聞こえた。
「私は、存外あなたに嫌われていなかったのだな。
座学で目が合うといつも逸らされるものだから、嫌われているものと思っていたよ。
似合いの仙子というのが蔵色散人のことなら、あれはただの噂だ。
彼女はうちの魏長沢にご執心でね。気になるのなら今度二人に引き合わせよう。
彼らときたら私が横にいてもお構いなしで、胸焼けしそうになるんだ。
私も君が来てくれると嬉しい。」
江楓眠は虞紫鳶の前へと回り込むと、真正面から彼女の瞳を覗き込んだ。
「虞紫鳶、私に君と親しくなる時間をくれないか。
君に嫌われているのなら、一度会って断るつもりだった。だが、どうやらそれは勘違いだったようだ。
私はもっとあなたのことが知りたい。あなたにもっと私を知って欲しい。
あなたは雲夢に咲き誇る蓮のように、誰よりも美しく気高い女性だ。」
蓮が花開く季節、二人の二度目の再会はこうして幕を閉じた。