石蒜ちくりと肩が痛んだ。
「痛っ。なんだこれ」
触れると肩から何かが生えている。手に当たったそれを魏無羨は躊躇いなく引きちぎった。
「花?」
優美な曲線を描く細い花弁が手の中でぐしゃりと潰れていた。
何かの呪いかとも思ったが、温情によるとどうやらそういう体質らしい。
「花が咲くってどんなだよ」
思わずごちる。
「珍しい症例で、なんでもその花は特定の人間には蜜の様に栄養が高く美味しいらしいわよ。滅多にいないらしいけれど。後あなたの場合屍にもごちそうの様ね。」
眉を寄せた温情の視線の先を振り返れば、花の香りに誘われたのか配下の凶屍がふらふらとこちらへ歩み寄ってくる。手に持った花を左右へ振れば右へ左へとふらふらと向きを変えた。
「まじか」
*
花が咲く。
毎回この痩せ衰えた体のどこに養分があるというのか、紅の花弁が揺れる。忌々しい。
痛みには慣れているから構わないが、最近は眩暈までするようになった。
「また咲いたの?」
温情が心配そうな、観察するような目をこちらへ向ける。
「血が足りない気がする…」
「ちゃんと食べないからよ。」
腕をとり、温情が脈診をする。
魏無羨は下手をすると女人よりも細くなった己の腕を視界に入れたくなくて、そっぽを向いたまま空いた手で花を手折った。
「だって大根ばかりじゃないか。肉を買おう。肉を。」
「そんなお金どこから出すのよ。」
脈診を終えた温情にぴしゃりと切り捨てられる。
「あなたの花を食べてくれる存在が現れてくれればいいのだけれど。」
「いたら何か違うのか?」
「花が栄養になるように、花を食べる存在の体液があなたの栄養になるそうよ。」
へぇ。それはまた気の毒な。
魏無羨は手の中の赤い花を見つめる。
石蒜、紅く細く花弁を揺らす様は華奢で嫋やかだが根には毒がある。ひもじくて大昔にその鱗茎を齧った事もあるが、その時は酷い目にあった。
毒の塊のようなこの体から生える花としては、これほど相応しい花もないだろう。だのにこんな花が栄養になると。毒を取り込むの間違いでは?しかもそんな花を食わされて、栄養まで俺に取られるのか。
手の中の花は血のように紅く、陰気に塗れている。ふんっと鼻に皺を寄せ、血の池へと放り投げた。
「仕方がない。肉はどこかで狩ってこよう。阿苑にも食べさせてやりたいしな」
*
これで今日は皆に肉と美味いものを食わせてやれる。
温寧に捕まえた鹿の血抜きと解体を任せ、毛皮と角を片手に魏無羨は一足先に町へと降りた。
毛皮はまあまあの金子に変わり、懐はほくほく。久々に酒楼の店先を覗き込もうとして、慌ててその横手の路地に逃げ込んだ。
いつもの痛みと、強烈な眩暈。
「くそっ」
堪らず屈み込む。
こんなとこで倒れたら、誰に見つかり何をされるか。早く治れと脂汗を浮かべて耐える。
しかし悪いことは続くもので。
「魏嬰?」
真っ白な影が落ち、見上げた先には眉間に皺を寄せた見知ったお綺麗な顔。
「らん、じゃ。。。」
知ってる顔を見たからか、何故か気が緩みそのまま意識を手放してしまった。
目覚めたら見知らぬ天井と天女の尊顔に見つめられていた。
「魏嬰」
落ちつく声音に名を呼ばれ、意識が冴えていく。
「あー、迷惑かけたな藍湛。もう大丈夫だから。ここは宿坊か。」
さてどうやって誤魔化すか。
「君は…」
「ここ数日、術開発であんまり寝てなくてな。そんな状態で鹿狩りなんてしたもんだから、眠気にやられたみたいだ。悪かったな。」
へらへらと俺って馬鹿だなぁ、いや参ったと笑ってみせる。だがその笑みは、ずいっと目の前に赤い花を差し出された事で止まった。
「魏嬰」
「…なんだ。藍忘機」
誤魔化されてはくれないか。ならば余計な詮索をするなとその美しい尊顔を睨みつける。
「…君は花生みなのか」
はっと息を吐き、高慢な顔を作る。
「花生み?なんのことだ。たまたま俺が転けた場所に生えていただけだろう。なまじ俺がその花生みとやらだったとして、お前には関係のない話だ」
そのまま睨み合うが、双方引く気はないらしい。
徐に藍忘機はその美しい面を伏せ、手中の花を見つめる。そして
「関係ならある。」
そんなに開けることができたのかと驚くほどのひとくちで、がぶりと花へ噛み付いた。
「私は花食みだ。」
呆気にとられる。俺の花が食われた…
再び出会った目線は先程までとはうって変わり、その目は赤く火傷しそうな熱を孕んでいた。
「は、吐き出せ!そんなもん腹を下すぞ!」
「断る。君の花はとても芳しく甘く美味しい」
慌てる魏無羨に、藍忘機はどこかうっとりと言う。
「お前だって見えるだろう。そんな陰気に塗れた毒花が美味いなんてあってたまるか。使い道なぞ屍の餌にするのがせいぜいだ」
ぴくっと藍忘機の眉が跳ねる。
「そんな花を誰が欲しがるっていうんだ。お前の舌はあの不味い草飯で馬鹿になってるんだ」
急にぞわっと肌が泡だった気がするが、魏無羨は藍忘機のこれまでの様子など気づかず続ける。
「ない。魏嬰。君の花は全て私に渡して」
「やだね」
「花食みの私には貴重なものだ」
その言葉にふと、花食みの体液が栄養になるのだという温情の言葉が思い出された。
「…じゃあ交換だ。花をやるからお前の体液をよこせ。俺を養分にして咲く花だ。その分の栄養をもらわないとな?」
にやりと笑ってみせると、ぱちりとその玻璃の瞳が瞬く。
「君は…。わかった。」
耳を染めた藍忘機が視線を鋭くして近づいてくる。あれ。俺なんか間違った?
何度目だろう、腰と頭を固定され口内を貪られる。実はほぼ初めての接吻。
魏無羨は蜜のような甘さと気持ちよさに、ふわふわする頭を無視して暴れる。
「離せっ。何をする」
つぅとお互いの口から唾液が糸をひき垂れる。
互いの荒い吐息がやけに大きく室に響く。
「君が言った。寄越せと」
「は?」
「花食みと花生みは番になる。そして体液譲渡は接吻と交接で行われる。」
「え。体液って血とかじゃ…」
絶句した魏無羨はそうこぼすと、みるみる顔をを青ざめさせくるりと踵を返そうとした。しかしその手首をがっしりと掴まれる。
その細い腕を藍忘機痛ましそうに撫でる。
「離せっ。花はやるっ。だから離せっ」
「だめ。こんなに痩せてしまったあなたが心配。」
言葉とは裏腹に腕を掴む力は強く、普段感情が伺えない瞳は獰猛に輝いている。
怯んだ隙に、強引に引き倒され押さえつけられてしまう。
「ひっ。やだ、はなしてっ!ん…やっ…んぅ、んー!!」
「魏嬰。姑蘇へ帰ろう」