戯言=ホンネこの日は久々に皆の都合が合った為、皆の意見により太一の住まう家に遊びに来た一行。
皆が借ってきたお土産と飲み物、太一の料理で始まった食事会は、初めは太一の料理に舌鼓を打っていたが、あっという間に宴会へと変化してしまった。
その数時間後、都合により遅れて太一の家にやってきたのだった。
「あれ?太一は?」
勝手知ったる家のリビングへと足を踏み入れた途端、周りから巻き込まれ強制的にドンチャン騒ぎに参加させられていたヤマトだったが、ふと見渡したら家主でありこのバラエティー豊かなメンバーの中心的存在がどこにも見当たらなかった。
「太一さん……確かに見当たりませんね。」
「光子郎、お前白々しいんだよ。」
「そうですか?」
突っ込んだつもりが、逆に気が付きませんでした、とニッコリ笑う相手に形勢逆転されグッと声を詰まらせた。
そして、さらにタケルが口を開く。
「それに、知ってるとしてもお兄ちゃんだけには教えないよ。」
「タケル……お前、俺に対して本当に厳しくなったよな。」
「そうかな?」
光子郎と同じ笑顔を浮かべるので、ヤマトは顔が思わず引き攣った。
コイツらグルだ、と思ったが決して口には出せなかった。
それは出したら仕打ちが返ってくるのが目に見えていたから。
「ヤマトはヘタレね~、相変わらず。それじゃあ~、いつか太一に逃げられるわよ~。まあ、私はだ~い歓迎よぉ。」
「空……お前、酔いに乗じてして本音言いまくってないか?」
「……えへ、バレた?」
手には勿論お酒入りの缶を所持して、うふふ、と笑う彼女はヤマトにとっては悪魔にしか見えなかった。
これは誰も味方はいないから、諦めたほうが良さそうだなと思い始めた瞬間。
「……はあ、太一さんなら、ベランダに行きましたよ。ヤマトさん。」
思わぬ助け舟を出した賢は、瞳目するヤマトにもう一度苦笑した。「早く行ってあげて下さい」と付け加えて。
「っ!!サンキュー、賢!あ、これ貰っていくな。」
目の前に置いてある缶を二つ掴むと足早にベランダへ向かった。
「あれ?ヤマトさん、行っちゃったんですか?」
「うん、急いで。」
「なんだ、つまんないの。」
入れ違いで入って来たヒカリはタケルから事情を聞きあからさまにガッカリとする。もっと虐めたかったらしく、不満げだった。
「しかし……ヤマトさんは狡いです、本当に。」
光子郎は缶の上部を掴んだまま、今しがたヤマトが向かった方へ視線を向ける。今頃、自分達の大切な人と楽しく話しているんだろうなと少し恨めしく思いながら。
「ほんと、太一に当然て顔で近づくんだから。」
空が全員を代表してポツリと呟くとグイッと飲み物をあおった。
「まあ、今回だけは譲るわ。……次はないけど。」
それはこの場にいる全員の誓い。
「さあ~、飲み直すわよ!!」
「任せて、空さん!」
「何処までもお供します、ミミお姉様!光ちゃんも飲むわよ!」
「…………飲みながらお兄ちゃんの話、たっぷり聞いて貰おう。」
女性陣は、輪になり新しい缶にそれぞれ手を伸ばした。
「あちらは盛り上がってしまっていますが、どうしましょうか?」
「まだ飲み物は沢山有りますし、僕たちも飲み直しましょう。……勿論一乗寺くんも逃げませんよね?」
「勿論ですよ。」
「じゃあ折角だし、誰が一番お酒に強いか競争しようよ?まあ、大輔君が一番初めに潰れそうだけどね。」
「んだと?ぜってー、最後まで残ってやる!そして、土下座して貰うからな!」
こうして、男性陣はそれぞれ新しい缶を手にして、酔いに任せて無意味なバトルを繰り広げようとしていた。
その時丁度、トイレの為に席を外していた丈が、戻ってきた。
「みんな……あんまり飲み過ぎないでよ。」
好き勝手に盛り上がるメンバーに、丈は止めるのを止め苦笑を漏らした。
そして、カーテンが掛かっている窓が開いている事に気付いた。その瞬間、納得した。
「全く、片付けぐらいは……手伝ってもらうからね。」
せめてもの罰だと、薄いカーテンの向こう側に見えた、この騒ぎの元凶へと恨み言を零した。
「……そんな所にいると風邪引くぞ。」
ボンヤリ外を眺めていた太一はゆっくり視線を移動させると少し離れた窓辺に寄り掛かっているヤマトが苦笑していた。
「ヤマト」
「ほら、コレでも飲めよ。差し入れ。」
ヤマトの手から投げられた缶がゆっくり弧を描いて太一の左手に収まる。そして、その物体が何か確認できると、待った、と声をかけた。
「おいおい、これって……」
「見ての通りだな。」
「あのな~。さっきまで沢山飲んでただろ。まだ飲むのか?」
「殆どジュースだ。それに、飲めるんだろ?」
プルトップを開けながらニヤリと笑って見せるヤマトに、目を見開かせやがて白い目を向けながら呟く。
「……お前、本当性格変わったよな。昔とは正反対だけど。」
「何か言ったか?」
「……いや、何でもねえ。遠慮なく貰うぜ。」
缶を開けると、プシュッと小気味いい音と共にほんのり甘い香が擽る。本当にジュースだな、と思いながら、いつの間にか近くまで来ていたヤマトに缶を差し出す。
小さく二人で「乾杯」と缶を合わせ口に含ませると甘さが広がりゆったり喉を潤していった。
お互い黙々と飲みながらさくに寄り掛かり、何も言わず向こうに広がる景色を眺める。
だが、この沈黙でさえ二人にとっては心地良かった。冷たい風が二人の間を通り抜け髪を弄っていく。
「ところで、皆は?」
「何人かリタイアで、生き残りはまだ飲んでいて宴会状態だ。ほら。」
苦笑いしながら窓辺を指差す。その方角へ顔をむくると。
「うわ……悲惨というか……」
なんだ、こりゃあ。カーテンから透けて見える光景に顔を引き攣らせた。
「空、すげぇ……」
思わず漏らした本音にヤマトは否定できなかった。
それ以上会話が続かずまた沈黙が流れる。 二人の間に冷たい風が流れる。
「本当、色んなことが有ったよな。」
ぽつりとまた太一がそっと呟く。
「そうだな」
ヤマトの声が夜の空気に溶けていく。
「なあ、ヤマト。」
「なんだ?」
「俺らはさ、もしあの冒険が無かったら……どうなってたんだろうな。」
今じゃ、そんなことは考えられないが、言われてみて改めて考えると想像もつかない。
これが当たり前だと思っていたから、ヤマトは難しい顔をしていたが、やがてゆっくりと口を開く。太一の目は見ないまま。
「俺ら、こんなに知り合ってなかったのかもな。」
「だろうな、俺らこうして今、隣で話してないだろうな。 」
クスクスと含み笑いを浮かべる太一に、冗談じゃない、と睨みつけた。それがまた太一の壷に入ったらしく、お腹を抱えて笑い始めた。
「太一笑いすぎだぞ……」
「だって、ヤマト……凄い拗ねた顔するから、可笑しくてさ……」
「……好きにしろ。」
「あ~、拗ねた?ゴメン、ヤマト。……でも、さ。
「ん?」
「今の俺たちには考えられないよな。当たり前だしさ、これが。」
「そうだな。」
「……」
「太一?」
太一を見やると、今までの顔を一変させ暗い表情でどこか遠くを見つめている。
いつもの彼らしくない表情に思わず、ヤマトの心臓は高鳴った。
「た、たい……」
「なんかさ……怖くなっちまった。」
「え……」
「もしかしたら、お前と話していなくて、こうやって隣にいないかもしれないってさ……そう思うと。なんだか、な。」
滅多に言わない本音にヤマトはただ、太一の名前を呼ぶしかできなかった。
その声に反応して、視線を合わせなかった太一がゆっくりとヤマトを振り返り青い目を見つめ苦笑した。
「好きになってもらえないかもしれない、って思った。」
「太一!!」
悲痛な表情に居ても立ってもいられず、思わず太一の肩を掴み引き寄せようとした、次の瞬間。
「な~んてな。弱気過ぎたよな~。あはは、今の忘れてくれよ?」
今までのシリアスはどこへやら、ニヘラと緊張感のない表情を浮かべる相手に思わず脱力してしまった。
こいつ……もしかして……
ヤマトの頭の中に一つ嫌な仮説が立てられた。
「太一……酔ってないか?」
「んにゃ、酔ってない~。」
やっぱり……
予想通りの反応に思わず頭を抱えたくなった。
滅多に言わない本音を聞けて舞い上がっていたが、相手は強情で強い太一。何かがない限り、甘える事をしないのをすっかり忘れていた。
くそッ、ちょっと良い雰囲気だったのに……
さっきまでの雰囲気を返してくれ!!と悲痛に叫びたかったヤマトだった。
「やまと~?どうちたんら?」
「太一……」
「げんきだせよぉ~?オレ、ヤマトがげんきにゃいと……かなちい……」
あまり呂律が回っていない太一がこれまた酔った勢いなのか、袖口を摘んで上目遣いでヤマトを見つめる太一。
ちょっと拗ねながら言うその仕草は余りにも可愛らしく、魅力的過ぎて。
ヤマトの頭の中で何かがキレタ。
「太一……」
慣れた手つきで腰に手を回し自分に引き寄せる。
そして、耳元に口を近づけ囁く。
「太一」
「なんだよぉ~、」
擽ったそうに身をよじる太一に目を細めながら、どんどん顔を近づけていって。
あと数センチという距離になった……が。
バコッ!!!
「って~!!!」
「何やってるんですか?」
グッドタイミングに出てきた光子郎により、鮮やかに阻止された。
因みに、投げられた飲み物入りの缶は地面に無情にも転がっていた。液体を零しながら。
「手を出すなんて、卑怯も程がありますよ?」
白い目で見つめる光子郎に、ヤマトは頭を擦りながら恨みがましい目で見返した。
「……監視していたのかよ?」
「そりゃあ、ヤマトさんですから。」
「プライバシー侵害だぞ。」
「ヤマトさんには適応しないので、安心してください。」
ニッコリ笑顔で言う相手は先ほどの何倍も黒い笑みだった。
「こうし……」
「やまとお~」
「なっ、太一!!」
抗議しようと口を開いた瞬間。
今まで大人しく腕の中にいた太一が勢いよく首に抱き着き、受け止め切れなかったヤマトと一緒に地面に倒れ込んだ。
「太一さん、大丈夫ですか!!」
慌てて駆け寄った光子郎の視界に飛び込んで来た光景は。
地面に倒れたまま猫のように胸に擦り寄って甘えている太一の髪を梳きながらどうすれば良いのか分からず何とも情けない表情で光子郎を見上げて助けを求めていた。
馬鹿らしい、本当に馬鹿馬鹿しすぎる。
頭痛くなってきた、と頭を押さえてため息をついた。
「全く……風邪引かせないうちに、太一さん起こしてくださいね?」
「光子郎?」
馬に蹴られる気が毛頭ないので、と背を向けて片手をヒラヒラ振ってさっさと退散した。
いきなりアッサリした態度に呆然としていたが、やがて口角を上げた。
何だかんだと邪魔しながらも、良い仲間に恵まれた自分達は本当に幸せ者だな。
視線を落とすと、胸に擦り寄ったまま気持ちよさそうに眠っている太一がいる。
「ったく、やっぱり酔ってんじゃんか。」
太一を見つめる目は柔らかくて優しい。
隣に居ることが当たり前で、一番の幸せ。
「愛しているよ、太一。」
全てを包み込めるようになるから。
強くなるから。
そうしたら、もっと甘えろよ?
頬に落としたキスに、太一が嬉しそうに笑った気がした。