【玲マリ】エイプリル・ベア朝、目が覚めた時に起き上がれないときがたまにある。
体の不調とかではなく、俺の腕にしがみついて離れない存在があるせいだ。
今日もまた、愛しい彼女(で奥さん)のあかりがスヤスヤ眠ったままくっついていた。
幸せそうな寝顔に癒される気分になりつつ、これをじっと見ているだけであっと言う間に時間が過ぎてしまうことが分かってるから、今回も断腸の思いでそっとその腕から静かに離れる。
「朝ごはん、用意してくるから」
まだ夢の中の耳元にそう言い置くけど、愛しい寝顔は少し寂しげになったように見えてしまう。
どうにかしてやりたくて、代替として側にあった大き目のぬいぐるみを抱かせてやった。
以前、動物園のショップで見かけて買ったクマのぬいぐるみ。
俺に似てるとかなんとか言ってやたら気に入ってたから、これならいいだろう。
自分じゃないのがあかりの腕にいることにやや嫉妬しないでもないけど、眠る表情が穏やかになったのに安心して、俺は静かに寝室を出た。
朝食の準備を終えて、そろそろ起こそうと寝室の扉を開きかけた時、中からゴソゴソと動く音と、寝ぼけたあかりの声が聞こえてきた。
「あれ……りょうたくんが、くま、だ……」
そんなわけないだろう、と声に出さずにツッコミを入れる。
どうやらまだ完全に覚醒してないらしく、とろんと眠そうな目でぬいぐるみを抱えてる。
その様子を見て、ふと俺にいたずら心が芽生えてしまった。
開けようとしていた扉から静かに離れて、ダイニングテーブルに置いたままのスマホを取ってまた戻ってくる。
メッセージ画面を開いて、まずは挨拶を送信。
『おはよう』
ピコン、と枕元で鳴る通知音に彼女はすぐ気付いて、届いたメッセージを読み上げる。
「おはよう……って、なんでメッセージで?」
『起きたらぬいぐるみになってた』
「ふぇ?! なんで……?! え? これりょうたくん?」
続けて送信したメッセージに、あかりはスマホの画面とぬいぐるみとを交互に見ながら困惑した様子になる。
クマを見つめて持ち上げて、不思議そうにして、寝ぼけても俺の彼女は世界一かわいいと、その姿を堪能したところで、もう一つメッセージを送る。
『こんな俺でも好きでいてくれるか?』
「うん。りょうたくん大好きだよ。ふふっ。抱きしめたらフワフワでかわいい……。だいすき」
コクコク頷いて、幸せそうにクマを抱きしめてベッドで寝転がるその姿に、俺は……幸せよりもメラメラと嫉妬心が急速に燃え上がってしまう。
いや、自分でも馬鹿だと思う。
自分から仕掛けたいたずらと嘘に自分で怒ってるとかどうかしてると思う。
でもやっぱりこんな可愛いあかりに抱きしめられてるのが俺じゃないのは許せない。
そこは俺の場所だ。
バン!と音を立てて扉を開けて、その気持ちの勢いのまま、彼女の体に覆いかぶさる。
ついでにぬいぐるみは引き剥がして、あかりの目を覚ませるようにその瞳を覗き込む。
「あれっ? りょうたくん、もどった?」
「おまえが好きなのはぬいぐるみじゃなくて俺だろ?」
「ひゃっ?! あ、まって、ん……っ!」
抱きしめてキスをして、俺の存在を刻み付けるようにしてその肌に触れていった。
ひとしきり戯れあった後、彼女は俺の腕に絡みつきながら頬を膨らませた。
「玲太くんてば、ほんと嫉妬ばっかりして……」
「う……」
「まあ、もう慣れちゃったし。そんな玲太くんが好きだけどね」
しょうがないとか、どうしようもないとか、何を言われても弁明はできない。
広い心で好きだと言って受け入れてくれるあかりが眩しくて、己の小ささに情けなくなる。
「ごめんなさいでした……!」
俺の声に、あかりはふふっと軽やかに笑った。
[end]