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    asades8o2

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    蓮花塢の年越しと年始のお話。江澄と知己になりたい藍曦臣。

    #曦澄
    #MDZS

    心想事成正月料理は師姉が数日前から準備してました。餅、餃子、団子に魚。虞夫人は『あなたは使用人ではないのよ』って良い顔しなかったけど、師姉が作る餃子は本当に美味しいから、強く止めてはいなかったです。それに江家は弟子と使用人に正月の前後十日は暇を出す慣習があって、残っているのは故郷がないか遠すぎて戻れない者だけ。年末年始はいつも人手が足りなくて、料理なんかの手伝いを率先してやってくれる師姉は家僕に感謝されていたのを覚えています。
    江澄と俺は大掃除と年迎えの飾り付けを手伝っていました。年越しの食事は残っている弟子たちも招待されて、少し遅い時間に始まって夜中まで宴会。日付が変わる前に外に出て爆竹鳴らして、用意した分がなくなったら寝に戻ります。元旦の朝は家族だけで団子を食べていました。
    ……江澄は正月をどう過ごしているんだろう。江氏の直系は江澄だけで、金凌は金鱗台で正月を迎えるって聞いています。虞氏は年始の挨拶しにくるほど近くないし。年越しの食事を江澄はひとりで食べるのかな…。


    魏無羨に雲夢での正月について聞いたところ、昔の思い出話とともに、彼が江宗主の現状を気に掛けていることが知れた。
    「では今年はあなたが蓮花塢に帰省なさっては」
    「門前払いされるに決まってます! 夷陵老祖は歓迎されません」
    藍曦臣の提案を魏無羨は即座に却下した。
    ではどうしたいのだろう。藍曦臣は義弟の考えていることがいまだ読めずにいる。弟の藍忘機が魏無羨を姑蘇に連れ帰って1年と数カ月が過ぎた。最初の1年間については藍曦臣は閉関中で弟以外の人間との接触をほぼ断っていたため、彼と直接言葉を交わす機会はなかった。閉関をやめ、寒室を解放した後は食事を共にするなどして彼の人となりを知ろうと努めているが、なかなかに難しい。
    魏無羨との会話に詰まった時は忘機を頼っているが、藍思追に呼ばれて席を外している。
    今日は藍兄弟と魏無羨は正月の門飾りを準備する日にあてていた。曦臣は門神の絵を描き、忘機は春聯を、魏無羨は魔除けの呪符作りに精を出していた。
    魏無羨は筆を動かしながら藍忘機と楽しそうにお喋りしていたが、彼が退出すると口を閉じた。沈黙に耐えられなくなった藍曦臣が会話の糸口として雲夢での正月について訊ねたところ、身振り手振りを交えて正月のご馳走について語ってくれていたが、いつの間にか江宗主の話しになり、また沈黙状態に陥ってしまった。
    弟と彼は普段夜狩りをしながら各地を旅しており、数カ月おきに姑蘇に戻って来て藍氏の務めを果たしている。今回彼らが帰ってきたのは雲深不知処で年を越すためだ。魏無羨に不満はないように見えていたが……。
    「……お手紙を出しましょうか」
    「何のために?」
    「お正月のご予定について伺ってみます」
    「江澄はひとり寂しい正月だって絶対認めないだろうな……」
    そうは言っても魏無羨に代替え案はなかったようで、最終的にはお願いしますと口にした。
    しかし意外でも何でもないが、藍曦臣の文に江澄は返事を寄越さなかった。江宗主は筆まめとは言い難く、藍曦臣が文を3回送れば1回返してくる程度だ。どうしたものかと頭の隅で常に気にはしていたが、藍宗主として正月の準備に追われているうちにあっという間に大晦日となった。新年の挨拶にやって来ると思われる客への対応など、内弟子たちと事前に相談すべきことは全て終えた。
    蓮花塢の広い客間でひとり食事をしている江宗主の姿を想像すると胸が痛み、藍曦臣は御剣して雲夢に様子を見にいくことにした。明日の朝には戻るからと忘機にあとを頼むと隣にいた魏無羨が任せて! と調子よく請け合ってくれた。
    藍曦臣は早朝に出発し、目的地には昼過ぎに着いた。川には氷が張り、山は雪化粧している雲深不知処とはちがい、雲夢の河川には平時より数が少ないながらも船が行き交い、通りには正月用の飾り物や餅を売る屋台が並び、人通りも多く、活気があった。
    藍曦臣は寄り道をせず真っ直ぐに蓮花塢の正門に向かった。守衛は顔を覚えている弟子ではなく、校服に着られているような少年がひとり立っていた。いつもの守衛たちは里帰りしたのだろう。
    「江宗主にお目通り願いたい」
    近付いてくる藍曦臣をぽかんと口を開けて見ていた少年は声を掛けられると飛び上がった。
    「せせせ先輩に聞いてきます!」
    そう言い残して門の中に消える。残された藍曦臣は立ったまま待っていたものの、いつまでたっても少年は戻らなかったため、諦めてひとりで門をくぐった。蓮花塢は結界を張っておらず、守衛が許可した者は誰でも内部に入れる。不用心では、と江宗主に訊いたことがあるが、中には弟子たちがいると気にした様子はなかった。
    射日の征戦後、江宗主は大々的に弟子を募り、修士だけでなく修士を目指している者も受け入れた。集まった者たちは玉石混淆だったにちがいないが、江宗主は根気よく彼らに稽古をつけ、厳しい修練に耐えられた者は歓迎した。雲夢江氏はその敷居の低さから多くの弟子を集め、いまや最も弟子を抱えている世家となった。
    いつ訪れても弟子たちがそこかしこで訓練していたり何かしらの作業をしたりしている姿が見られる蓮花塢だが、正月前は弟子たちもみな帰省して静まり返っているのではという藍曦臣の予想に反し、紫の校服を着て襷を掛けた少なくない数の弟子たちが掃除に新年の準備にと走り回っていて、平時より騒がしいくらいだった。
    「紙が曲がってる! もう少し右だ!」
    「なんでこんなところに水桶があるんだよ! 引っ掛けちまっただろうが!」
    「東の広間、誰か掃除した? 終わってないところどこだ?」
    廊下を行き来している弟子たちは門に立っていた少年と同じか少し年上ぐらいの者が多く、総じて若い。白い校服姿の藍曦臣に気が付くと沢蕪君、と大きな声を出し、手に持っていた掃除道具を床に捨て、直角に腰を曲げて礼をしてくれた。
    「江宗主はどちらにいらっしゃるのかな?」
    弟子たちが自分の顔を覚えていたことに内心で安堵の息をつき尋ねると、一様に困惑の表情を浮かべ顔を見合わせた。
    「宗主は厨房だと思います。ご案内を」
    「馬鹿、沢蕪君を厨房にお連れするのは駄目だろ! 客間にお通ししろ!」
    「でもまだ掃除が終わってないんじゃないか?」
    「客間は誰と誰が担当になっていたんだっけ?」
    彼らの話し合いが終わるまで待っていると日が暮れてしまいそうで、藍曦臣は厨房に案内しなさいと強い口調で遮った。
    「は、はい、こちらです!」
    仙師の指示に従うよう叩きこまれている弟子たちは即座に背筋を伸ばし、案内に動いた。
    厨房は敷地内の目立たない場所にあるものだが、煮炊きしている匂いとそこで働いている者たちの声が廊下にまで流れていて、戸の前まで道案内されずとも途中から察しがついた。
    「お前! よそ見をするな! 火が強すぎる。魚が焦げるだろうが!」
    江澄は厨房で剣術の指導と同じ調子で、覚束ない手つきで料理をする弟子たちの監督をしていた。
    「餃子の皮が薄すぎる。やり直し。…は? お前の故郷の味など知らん。餃子は皮を食べるもんだ。作り直せ!」
    「待て、餡の中に洗った銅貨を入れたか? お前はこの仕事をして何年目だ!」
    きびきびした声は聞いていて気持ちが良い。藍曦臣は戸口に立ったまましばし聞き惚れていたが、竈の前にいた弟子が気付いて江宗主を呼びに行った。
    「沢蕪君! 蓮花塢で何をしている?」
    「……今年最後のご挨拶にうかがいました」
    歓迎されていない。藍曦臣が視線を微妙にそらして答えると江宗主は訝しげに目を細めた。
    「門番がいたはずだが」
    「いましたよ。慣れてない様子で、自分で探したほうが早いと判断しまして」
    この場にはいない少年が咎められることのないよう曖昧に言ったのだが、江宗主はその意味に気付いたようで目尻を吊り上げた。
    「役立たずどもめ! 正門を見てくる。戻るまでに餃子を百個包んどけ」
    手近にいた弟子に命じると戸口を塞いでいる藍曦臣を手で押しのけて廊下に出る。
    「江宗主」
    藍曦臣が追いかけながら声を掛けると、前を向いたまま何の用だと訊いてきた。年の瀬に挨拶に来たという言い訳は信じていないようだ。
    「お返事がなく、江宗主がお正月をどう過ごされるのか気になったからです」
    「それだけの理由で姑蘇から飛んできたのか? 正月の過ごし方など他の世家と同じだ。用意した料理を食って新年の挨拶をする。以上」
    「……魏無羨に雲夢の年越しについて教えてもらいました」
    「くっそつまらん話でも吹き込まれたか」
    ようやく江澄は足を止め、振り返って藍曦臣を睨みつけた。
    「門弟と使用人に長い休暇を出すとうかがいました」
    「それで? 蓮花塢に俺がひとりでいるとでも思ったのか?」
    藍曦臣がうなづくと、江澄は想像力が足りないと呆れた顔をした。
    「里に帰れるやつばかりじゃない。帰れないやつは残ってここで年越しする。年始もだ。結婚するなりして帰る家ができたら次の年にはそっちで過ごす」
    つまり、今残っている弟子は孤児か家族との縁が切れた者たちなのだろう。雲夢江氏は戦争孤児にも門戸を開いていた。仙術の才能がなくとも下働きの仕事ができるのならば使用人として雇っていると聞いたことがある。
    姑蘇藍氏も孤児たちを受け入れる用意はあるが、四千以上ある家規や菜食に魅力を感じる子供たちは少なく、入門先としてはまず選ばれないのが実情だ。
    「ここが無人になる日はない。納得したならばお引き取りを。雲深不知処も宗主が不在では正月を始められんだろう」
    「忘機がいるので明日の朝までに戻れば……」
    「姑蘇では夜に御剣するなとは教えていないのか」
    「……金凌と一緒にしないで下さい」
    せめて年越しは蓮花塢で過ごしたい。
    身勝手過ぎるだろうか。藍曦臣は続ける言葉に迷い、軽く唇を噛んだ。
    現在、江宗主の中で藍曦臣の位置づけは友人が良いところだろう。藍曦臣はいずれ知己になれたらと願っているが、こんな会ってすぐ追い返されるようではその道程は果てしなく長いように思われた。


    藍曦臣が弟と同じ年の江宗主と親交を深めるようになったのは閉関中の文のやり取りが切っ掛けだった。
    藍宗主が閉関に至った理由について世間では義兄弟の死にあるとまことしやかに囁かれており、誰もが腫物に触るように接した。会えないと分かっているのだから訪ねて来る客はなく、文を送ってくる者もいなかった。
    藍曦臣が外部との接触を断ってひと月もたった頃だろうか。江宗主から文が届いた。魏無羨の消息を知りたいのだろうと確認してみると、彼については一言も言及せず、季節の挨拶としか読めない内容だった。
    次の文はひと月後。同じように時候の挨拶と雲夢の様子が綴られていた。また何も返さないのは心苦しい。弟がいれば代筆を頼むのだが、駆け落ち中で居所が知れなかった。仕方なく藍曦臣は筆をとり、窓から見える範囲の雲深不知所について当たり障りのないことを書いて送った。
    文はそれからも毎月朔日に届いた。お変わりなくお過ごしのこと存じますから始まり、雲夢の様子や、金凌のこと、彼に同行した夜狩のこと、仙門の主だった出来事などが書き連ねてある。話題が限られているため、内容は似たり寄ったりだ。
    書くことが思い浮かばず、藍曦臣が返信を送らなかったとしても江宗主は文を送ってきた。
    そうこうしているうちに季節は一巡した。文を送り続ける江宗主の真意は謎のまま。
    藍曦臣は彼の文を通して雲夢の四季を知り、忘機との会話で姑蘇の自然を教えられた。
    自分が小さな部屋に閉じこもっていようがいまいが世界はお構いなしに動いていて、変わっていく。時間は止まらない。止められない。
    それは悟りではなく諦念だった。過去をどんなに悔いても時間を遡ってやり直すことはできない。この世で生きる以上、時間に身を任せるしかないのだと。昨日の過ちを正すことができないとしても、今日は同じ過ちをしないようにすることはできる。人の身にできることはそれしかないのではないかと。
    江宗主に閉関を終わらせるつもりだと文を書くと、もう少し早ければ雲夢の蓮を見せられたと返ってきた。蓮の見頃は花が開花している夏で、秋には水面に出ている茎と葉も枯れてしまうらしい。口惜しさが滲む文章に、藍曦臣がいまの蓮を見たいと返すと物好きにという言葉を添えて水分が抜けて古色蒼然とした花托が送られてきた。それを最後に定期的に届いていた江宗主からの手紙は途絶えた。
    その代わりに藍曦臣が姑蘇の様子を記した文を送るようになった。返信は3回に1度程度だったが、朔日ではなく、気まぐれに届く文は義務的な感情に後押しされたものではなく、江宗主が書きたくなった時に書いているのだと考えると嬉しかった。
    閉関中に弱っていた足腰が回復し、人と話し宗主の務めを叔父の助けがなくともこなせるようになった頃、藍曦臣は雲夢を訪ねた。
    蓮の葉と茎はすっかり枯れ果て、冬の空を映している湖の水面は見ているだけで寒々しい。この時期に雲夢に観光でやって来る旅行者はいないため、通りに並んでいる屋台の数も少なかった。観光客をあてにしている土産物は店も出していない。
    江氏が主催する清談会は決まって夏に開かれた。その理由を藍曦臣は深く考えたことはなかったが、冬の湖を見ると理解した。
    『本当に来たのか』
    歓迎の言葉は江宗主の口から出てこなかったが、一通り蓮花塢を案内してくれた。歩きながら交わした会話は手紙でやり取りしていたものと変わらず、自然と笑みがこぼれた。
    昼食には旬の蓮根料理を振舞われ、藍曦臣は日が高いうちに姑蘇へ帰った。手土産にも蓮根を包んでくれて、魏無羨に渡すと飛び上がって喜んでいた。
    それからも手紙の交流は続いている。藍曦臣は江宗主の直截な物言いを好ましく思っていた。共通の話題は宗主の仕事関連で、趣味が一致しているわけでもないが、彼は嘘や婉曲な表現を嫌い、年上である藍曦臣にも忌憚なく自分の意見を言う。手紙も同じ調子で、無駄のない簡潔な言葉で綴られる彼の日常は読んでいて楽しい。
    江宗主を癇性持ちだと嫌厭する者がいるが、怒りを誘発する事由は決まっており、それらに触れずにいれば世間でいわれているほど付き合い難い男ではない。余計な気遣いを必要としないため、藍曦臣にとっては付き合い易い。かつての友・聶明玦と似ているところがあり、親しみを感じるのかもしれない。
    赤鋒尊と三毒聖手の相違点は、持たざる者へ向ける眼差しだろう。身寄りのない者を積極的に受け入れたり、帰る家がない弟子たちに居場所を提供したりするような優しさ、他者の痛みを思いやる共感力。それらは赤鋒尊に欠けていたように思う。
    江澄が閉関している藍曦臣に手紙を送り続けたのは、浮世のしがらみから逃れ自らの手で作り上げた小さな世界の中で絶望していた男に、今の世は昔と変わらず続いていることを伝えるためだったのではないか。此の世は終わっていないと、いつでも戻って来いと。


    「ああ沢蕪君! お探ししておりました!」
    背後から安堵が入り混じった悲鳴が上がり、振り返ると門番の少年と彼より年長の青年がこちらに向かって走ってきた。
    「探していただと? そもそも持ち場を離れる奴があるか!」
    江宗主に一喝され、少年はたちまち泣きそうな顔になり、隣にいた青年がよく言って聞かせますのでと頭を下げ、ふたりは逃げるようにその場を立ち去った。
    「事前にお伝えせず訪問した私が悪いのです」
    藍曦臣が取り成すと、自覚はあったのかと皮肉っぽく返された。
    「まあいい。遠路遥々お越し下さったんだ、雲夢の正月料理をご馳走しよう」
    これ見よがしに溜息を吐いて言う。藍曦臣がありがとうございますと言うと、ふんと鼻を鳴らし、紫の校服の裾を翻して来た道を戻っていく。
    「私もお手伝いいたします」
    「日が暮れる前に仕上げるんだぞ」
    「お任せ下さい」
    料理の経験はなかったが、見様見真似で乗り切れるだろう。
    江宗主は無感動な視線を投げて寄越すと、台所への道すがら餃子の包み方について話し続けた。
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     その日は各々の牀榻で休んだ。
     締め切った帳子の向こう、衝立のさらに向こう側で藍曦臣は眠っている。
     暗闇の中で江澄は何度も寝返りを打った。
     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
     夏の夜だ。寒いわけではない。
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    「あなたは怪我人なんだぞ、勝手に動くな」
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     今も、江澄がただ水を取りに行っただけで、早く戻れと追い立てられた。
    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
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    「見ての通りだ。もう左腕も痛みはない」
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     藍曦臣は目を細めた。その拍子に目尻から涙が流れ落ちる。
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    PROGRESS恋綴3-5(旧続々長編曦澄)
    月はまだ出ない夜
     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
     江澄は藍曦臣の衣の背を握りしめた。
     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
     いつも翻弄されてばかりだが、今日はそれでは足りない。自然に体が動いていた。
     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
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     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
     江澄は「待ってくれ」の一言が言えずに歯を食いしばった。
     止めれば止まってくれるだろう。しかし、二度目だ。落胆させるに決まっている。しかし、止めなければ胸を開かれる。そうしたら傷が明らかになる。
     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
     ところが、藍曦臣は喉元に顔をうめたまま、そこで止まった。
    1437

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     魏公子が寒くなるのが早いと言っていました。忘機が魏公子のために毛織物の敷布をいつもより早く出していました。
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     藍曦臣ははたと筆をとめた。
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     しばし考えて、「そのときはまた碁の相手をしてください」と結んだ。
     これで大丈夫だろう。友への文として及第点をもらえるのではないだろうか。
     最初の文は散々だった。
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