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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    恋綴3-8(旧続々長編曦澄)
    兄上おあずけ

    #曦澄

     寒室からはまだ明かりが漏れていた。
     江澄は少しだけ上がった息を整えて、開いたままの門扉をくぐった。
     就寝前の時間に訪ねる非常識は、たぶん許してもらえる。
    「藍渙」と戸口から声をかけると、がたんと派手な音がした。常ならば、藍氏の常識で考えればありえない音である。
    「江澄?」
     手燭を掲げて、藍曦臣が姿を現した。
     その顔は驚きに満ち、嫌厭の色はない。江澄は胸をなでおろした。
    「遅くにすまない」
    「いえ、それはいいのですが、なぜ、こちらに」
    「……あなたが、言ったのだろう。その、夜に来いと」
     自分でも苦しい言い訳だと分かっていたが、それ以外に言いようがなかった。半ばは八つ当たりでもある。
     藍曦臣をうかがい見ると、彼ははっきりと喜色を示した。
    「嬉しいです。江澄、さあ中へ」
     しかし、昨夜のように手を取ることはしない。江澄はこぶしを握りしめて、静かに後に続いた。
     揺れる明かりの下で、江澄は藍曦臣と向かい合って座った。いつもなら、なんだかんだと触れてくる藍曦臣が隣に来ない。苦笑が漏れた。
    「藍渙、すまなかった」
    「はい?」
    「昼間、あなたの手を払っただろう」
    「ああ、そのことでしたら、私が」
    「聞いてくれ」
     江澄がさえぎると、藍曦臣の顔に緊張が走った。つられて、江澄の声も震えた。
    「俺は、その、こういうことに慣れてない。ああいう人の目がある場所で、あんなふうに触れられるのは、正直なところ、やめてほしい」
    「……わかりました」
     藍曦臣の声が沈む。江澄は慌てて言葉を継いだ。
    「だけど、い、いやじゃないんだ」
     今も距離を取られているのが、さみしい。
    「二人のときは、できたら、隣にいたいし、手をつないだり……」
     口付けをしたり、抱きしめあったり、そういうことがしたい。
     さすがにそこまでは口から出すことができなくて、江澄はうつむいた。首から上が全部熱い。
     自分の顔をさらすことがおそろしい。藍曦臣がどんな顔をしているか見ることもおそろしい。ずいぶんと勝手なことを言っている自覚はある。失望されたら、という不安がうずまく。
    「よかった……」
     大きなため息とともに、藍曦臣が言った。
    「昨日は無理を言ったので、嫌われてしまったかと」
    「は?」
     嫌う、とは誰が誰をだ。
    「あなたに手を払われるまで、浮かれていたのは間違いないのです。軽率なことをしたと後悔していました。だから、無理だと言われてもしかたがないと思っておりました」
     藍曦臣は目を伏せていて、そのまなじりからひとすじ、涙が流れ落ちていく。
     浮かれていた、のか。
     後悔した、のか。
     どちらもが江澄の息を止めにかかって、あまりの苦しさに江澄は小さくせきをした。
     なにを、なんて言えばいい。
     自分のしたことで、藍曦臣がそんなに苦しむとは思わなかった。思い悩むようなことだとは思っていなかった。
     空転する思考の糸はすっかりからまって、玉になってしまった。
     江澄はだまったまま立ち上がり、藍曦臣の傍らにひざをついた。ぽかんと見上げてくる藍曦臣に腕を伸ばす。
     その頭を胸に抱いた。
    「すまん」
    「江澄……」
    「泣かないでくれ」
     やっと出てきた言葉はそんなもので、江澄は自分に呆れた。けれど、他には思いつかない。代わりに腕に力を込めた。
     手を離すなんて考えられない。嫌うなんてことも、ありえない。
     軽く腕をなでられて江澄が体を離すと、黒い瞳がじっと見ていた。
     江澄はおずおずと顔を近づけた。
     藍曦臣の唇はやわらかく江澄を迎えてくれた。
     
     江澄は自分の前に回された腕をなでた。
     藍曦臣に背後から抱きしめられて、もうずいぶんと経つ。とうに亥の刻に入っているが、彼は離そうとしない。
     このままでは寒室に泊まることになるが、江澄は(まあそうなるだろうな)と思っていた。
     昨日と違って焦りはない。
     藍曦臣は嫌だと言えばきちんと聞いてくれるから、身構えなくて済む。
     江澄は指先で袷をなぞった。
    「藍渙、なあ」
    「なんでしょう」
    「もうひとつ、あなたに言っていないことがある」
     藍曦臣は江澄の肩にあごをのせると、少し低い声で「何を」とささやく。
     きっと、杞憂に終わるということはわかっている。胸の傷を見せたところで、この人がそれを気にするはずがない。
     江澄は顔を傾けて、藍曦臣の頬に口づける。
    「まだ、言いたくないんだ」
     だけど、不安にならないように。あなたのせいではないから、と思いを込めて、もう一度唇で触れる。
    「もう少し、待ってくれるか」
    「待ちましょう」
     藍曦臣はすぐに答えた。
     あまりに早くて、江澄のほうがそれでいいのかと眉根を寄せる。
     腹に回された白い手に、自分の手を重ねた。
    「あなたがいてくれるだけでいい」
    「寡欲だな」
    「望みがないとは言いませんが」
    「どっちだ」
    「どちらも本当のことです」
     白い人差し指が、重なった指にからむ。
    「大切にしたいと思っているのですよ」
     今度は藍曦臣が江澄の頬に口づける。
     胸の奥がしめつけられた。
    (俺は大切にできるだろうか)
     鼻の触れる近さで視線が合った。
     江澄がまぶたを落とすと、唇が触れる。
    「あなたの望みを聞いてもいいか」
    「ええ」
     藍曦臣はもう一度口づける。
    「あと一時はこうしていたい」
    「一時でいいのか」
    「では、あなたは?」
     三度、唇を交わして、江澄はささやいた。
    「……卯の刻まで」
     手をつないだまま、目覚めるまでを一緒に過ごしたい。
     藍曦臣の腕にぐっと力が込められた。
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     藍曦臣の腕に力がこもる。
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     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
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    「ら、藍渙」
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    1437

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