Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    柚月@ydk452

    晶くん受け小説

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 33

    柚月@ydk452

    ☆quiet follow

    ミス晶♂短編
    ミスラの噛み癖に悩まされる賢者の話

    噛み癖「…いった…」
    深い微睡みを漂っていた意識が、突然覚醒する。思わず目を瞬かせると、まだ部屋の中は真っ暗だった。ぼんやりとした頭で、晶は痛みの正体を探す。自身の首元へと目を向けると、予想通り、ミスラが噛み付いていた。

    (また噛まれた…。)

    実はこれが初めてではない。賢者の書のインタビューでは噛み付く振りをされたが、実際に行動までには至っていなかった。
    賢者の手が、奇妙な傷を緩和できると知ってから、数日置きの寝かしつけが始まった。ただ多忙を極める晶の体は休息を欲していたのもあり、数日おきから毎日へと互いの部屋を交互に行き交う内、添い寝するようになるのに、それほど時間はかからなかった。以来、晶とミスラの同衾は公然の周知となっている。
    もちろん、やましい事なんてない、はずなのだが。

    (この噛み癖は、なんとかならないかなぁ…)

    近頃、ミスラの噛み癖が酷くなってきているような気がする。初めて噛まれた時は事故みたいなものかと流してはいたものの、やはり痛いものは痛い。翌朝起きて問いただしたが、本人はどうやら記憶がないようで改善しようにも出来ず、今に至る。
    「ミスラ…起きてますか…?」
    痛みで涙を浮かべていた賢者を他所に、当の本人はすやすや眠っていた。眠る事ができたのは喜ばしい事だが、晶の心情は穏やかではない。少しだけ距離を取ろうとしても、生憎シングルベッドに大の男二人が寝ている時点でそんなスペースはないし、そもそも晶を逃さぬようにミスラはしっかりと抱き抱えていた。
    そして今もまだ、ミスラの口元は晶の首筋に触れている。吐息がくすぐったいし、何せ場所が場所だ。これは明日ちゃんと皆に釈明しないとな、と晶は嘆息した。
    寝返りを打とうとして、その前にミスラがぴくりと動く。んん、とかうー、とか何やら唸り声らしきものが聞こえて、思わず晶は静かに様子を伺った。だが次の瞬間、また首元に痛みが走る。
    「いっ…、ミスラ…本当は起きてるんじゃ…?」
    晶の柔い皮膚へガジガジと歯を食い込ませ、生温い唾液が肌を伝う。一箇所で済むのならばまだしも、その範囲は広がっていく一方だ。幸いにも食いちぎる程の力ではないのが、甘噛みにしては随分命の危険と隣り合わせなのかもしれない。
    やがて満足したのか、ようやくミスラの噛みつきはおさまる。けれどその鋭利な歯は、未だに晶の肌から離れようとしない。そろりそろりとミスラの口元から逃れようとすると、また不穏な気配がしたので、晶は仕方なくその場に留まった。
    せめて、もう噛まれませんようにと僅かな希望を込めて、再び目を閉じた。



    「…というわけでして。この噛み癖、なんとか治す方法ありませんか?」
    「うーん、なかなか刺激的な相談だね、賢者様。」
    茶化すようなフィガロに対して、晶は至って真剣だ。何せ晶自身の安眠が掛かっている。
    翌朝再びミスラに噛み付き癖について尋ねたが、本人は「はぁ、そうですか。」とどこ吹く風だった。
    「もし長年の癖だったら、直すのにも時間が掛かると思うんですけど。」
    「あいつにそんな癖あるの?」
    「本人からは『そんな癖、ありませんけど。』って否定されましたね…。」
    だが実際噛んではいるし、その頻度も増している。本人は癖と認識していないだけで、実は昔からあったのかもしれない。無意識下の行動なんて、誰も覚えていないだろう。
    そう考えていた晶だったが、フィガロは愉快そうに笑う。
    「賢者様は猫に噛まれたくらいの認識かもしれないけど、北のミスラに噛みつかれたなんて、他の人間達に言ってごらん。途端に震え上がると思うよ。」
    「フィガロ…俺は真剣に悩んでいるんですが…。」
    「ごめんごめん、茶化したわけではないんだけど。」
    午後の柔らかい日差しが、晶の首筋に残る噛み痕を照らした。すれ違う人全てがぎょっとして晶を見るのが居た堪れず、半ば逃げ隠れるようにしてフィガロの診察室へと駆け込んだ。できれば、噛み跡を治療してほしくて。
    だがフィガロは一応診察はしてくれたものの、苦笑いを浮かべるばかりで、冒頭に至る。
    治療する素振りもなく、晶は怪訝そうにフィガロと向かい合っていた。
    賢者の視線の意味に気付いたのだろう。フィガロはようやく真面目な態度へと改めると、徐ろに口を開く。
    「うーん、消そうと思えば消すことは出来るんだけど、俺はお薦めしないなぁ。」
    「え?どうしてですか?」
    「賢者様、ミスラがなんでこんな癖がついたのか、原因に心当たりはある?」
    「それが分からなくて聞いているんですけど…。」
    「じゃあやっぱり、俺は手を出さない方がいいな。南の弱いフィガロ先生は、ミスラが怖いからね。」
    原因を知ってそうなのに教えてくれず、晶はますます首を傾げた。言外に退室を促され、ドアを閉める。どうしても痛みが増したり、痕を消さなければならない時だけ使うように、と軟膏を手渡されたが、あまり使用は薦められないようだ。仕方なくポケットに入れると、晶はフィガロの診察室をあとにした。

    廊下を歩いていると、優雅なチェンバロの音色が風に乗って届いた。今の時間だと、西の魔法使い達がお茶会をしているかもしれない。誘われるようにして中庭に顔を出すと、予想通りの人たちが晶を歓迎する。
    「あは、賢者様だー!一緒に遊ぼう!」
    「こんにちは、ムル、皆さん。お茶会をしているんですか?」
    「おや、こちらへどうぞ、賢者様。あなたの事を考えて演奏したら、来てくれたなんて、今日はとても素晴らしい日ですね。」
    「こっちに来て、一緒にケーキを食べよう、賢者様!俺、さっき新しいデザインを思いついたんだ。」
    「わぁ、いいんですか?ぜひ、ご一緒させてください。」
    上品な茶葉の香りに包まれて、宝石のような装飾のケーキがテーブルを埋め尽くしている。もちろん彼らの誘いを断るなんてことはなく、勧められるままに、晶は席に着いた。
    「んー!美味しいです。疲れが吹き飛びます!」
    「それは良かったです。ところで、賢者様。その耽美で蠱惑的な紋章について、いつ話してくださるのでしょう。」
    突然のシャイロックの言葉に、思わず晶は咽せてしまう。まさか深掘りされるなんて、思ってもみなかった。
    げほ、と咳き込む晶に、そっと紅茶が差し入れられる。
    「こ、これは、ミスラが最近噛み癖が酷くて…」
    不眠の傷を抱えるミスラが晶を必要としているのは、周知の事実である。だから今更恥ずかしがる必要もないのだが、改めて言葉にすると、どこか気恥ずかしく、どんどん声が小さくなる。
    「賢者様、ミスラに噛まれちゃったの?どうして?賢者様って美味しいの?」
    「…ムル。」
    「いや、美味しくはないと思いますけど…。」
    「じゃあミスラは何の為に噛んでいるの?捕食?味見?それとも見せしめ?」
    「お、俺に聞かれても…」
    「原因がわからないなら、俺も同じ事してみてもいい?そうしたら、ミスラの気持ちが分かるかも!」
    次々と質問攻めにするムルに気圧され、晶は狼狽える。だがそんな背後から、不機嫌な声が聞こえた。
    「こんにちは、賢者様。」
    「え、ミスラ?」
    思わぬ来客に、びっくりする。背後を振り返ると、予想通り隈を携えて、気怠そうにミスラは立っていた。
    「ムル、こちらにいらっしゃい。」
    「えー!また今度ー!」
    「わー!ムル、俺この服を着て欲しいんだけど、どうかな?俺の部屋で採寸させてくれない?できれば今!」
    「分かった!」
    「ラスティカ、あんたも!」
    「うん?クロエの誘いなら、喜んで。」
    慌ただしく席を立とうとする西の魔法使い達に、晶も声をかけようとするが、ミスラが晶の腕を掴んだのが先だった。
    「…賢者様、眠いので、寝かせてください。」
    苛立ちを隠すことなく、低い声でそう強請られたら、断ることなんて出来なかった。否、最初から晶の意思なんて関係ない。呪文一つで現れた扉に、なす術もなく、そのまま連れていかれる。
    「み、みなさん!お茶会、ありがとうございました!」
    なんとか扉が閉まる直前、お礼を言い切った晶は、見送った彼らが全員苦笑いを浮かべていたことを知る由もなかった。



    「はぁ、本当に苛々するな…」
    「えっと、わ、分かりました。俺、寝かしつけ頑張ります!」
    行き着いた先は、晶の部屋だった。慌ててカーテンを閉めて、ベッドサイドに椅子を持っていく。だがミスラは面倒そうに頭をかき上げると、ベッドへ指差した。
    「あなたもです。手を繋いだだけでは、簡単に逃げられるので。」
    グイッと腕を掴まれると、そのままベッドへと放り出される。晶の準備なんて一切気にせず、ミスラは我が物顔で晶のベッドへ入り込んだ。
    これは本格的に、機嫌が悪いらしい。下手に抵抗せず、晶は大人しくされるがまま、ミスラに抱えられた。
    と、次の瞬間。

    「いっ…た…!」

    がぶっと、思いっきり、首筋に噛みつかれた。それこそ、血が出るんじゃないというくらいには。肌を濡らしているのは、生温く伝っているのは、一体何だろう。
    涙を浮かべて、なけなしの力でミスラの胸を叩くも、一向に弱まる気配はない。
    それどころか、二度、三度と角度を変え、場所を変えて、また噛み痕を増やしていく。
    「やっぱり、ミスラ、噛み癖あるじゃないですか…」
    弱々しく震える晶の声に、ミスラは喉を鳴らして答える。
    「そんなのありませんよ。ただ、なんかむらっとしたので。」
    「え…」
    「西の魔法使い達と楽しそうでしたね。昨日は東の魔法使いと、お茶してました。」
    「だから、むらっとしたんですか…?」
    点と点が繋がる。ミスラの噛み癖があった日の出来事を、よく思い返す。
    それは、つまり。

    晶が、自分を差し置いて、誰かと仲良くしているのが、嫌なのだろうか。

    自惚かもしれない。自意識過剰なのかもしれない。今はまだ、自信を持って言う事のできないそれに、晶はただ大人しくミスラに噛まれ続けることしかできなかった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭🙏💗💗
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works