新居「新居?」
「ああ。ナイルが、ウォールローゼの東に新しく家を構えたそうだ。先程手紙が届いた」
執務机でペンを走らせているエルヴィンはそう答え、ソファに座り、届いたばかりの手紙を眺めているリヴァイはチッと舌打ちをした。
「あの薄ら髭にそんな甲斐性があったとはな」
「はは。いつか挨拶に行ければいいんだが」
「別に必要ねぇだろ」
面倒な顔をして手紙を机に放ると、リヴァイは自分の執務に取り掛かり始める。
暫くはカリカリと互いの筆の音だけが聞こえていたが、ふと、エルヴィンが呟いた。
「リヴァイなら、新居はどこにする」
「あ?」
突拍子もない言葉に眉をひそめ顔を上げるが、エルヴィンは書類に目を向けたまま手を動かし続けている。いつもの眠気防止のくだらない雑談かと、リヴァイも書類へ目を戻して答えた。
「そうだな。うるせぇのは御免だ。山の中でいい」
「買い物には不便じゃないか?紅茶も毎日飲みたいだろう」
「紅茶は買い溜めすりゃいいだろ。買い物もたまにでいい」
「なるほど。では、庭で家庭菜園すればいいな。ある程度の物は作れる」
「ああ。山の実も採れるだろうしな」
お互いに書類を書きながら話は続く。
「二階くらいは欲しいな」
「あ?馬鹿言え。俺にそんな広さがいるか。一階の小せぇ家でいい。台所とリビングがありゃ十分だ」
「書斎もないのか……。では私の本棚はどこに置けばいい?」
エルヴィンの言葉にリヴァイはぴたりと手を止めた。
新居は……一人ではないらしい。
リヴァイは書類を見つめていた目をちらりと上げて男を見たが、エルヴィンは相変わらずサラサラと手を動かし続け、表情に変化はない。
リヴァイは書類に目を戻すと、ゆっくりと手を動かし、少し考え、静かにぼそりと呟いた。
「……お前の書斎はリビングに作りゃいい。窓辺のいい場所を譲ってやる」
リヴァイの言葉にエルヴィンがふっと笑う。
「確かに。一人部屋をもらうと毎夜夜更かしして、リヴァイに怒られそうだな」
「そうだ。夜更かしできねぇよう、朝の庭仕事はお前の担当にしてやる。やらねぇと朝飯は抜きだからな」
「はは。早起きして庭仕事か。楽しそうだな。任せてくれ」
「どうだか。お前は朝は弱いし夜更かしは止めそうにねぇし……。まぁ実践してみねぇと、信用ならねぇな」
「酷いな。案外役に立つと思うんだが。他には……そうだな。鶏を飼うのはどうだ?毎朝卵が食べられる」
「ああいいな。パンと卵がありゃ贅沢だ」
「焼きたてのパンは憧れるな。カボチャのパイも」
「……んなもん作れるかよ」
「ははは。そうだな、私もだ。パイは諦めよう」
そう言って楽しそうに笑い、またカリカリとペンの音だけが響き始める。
くだらない雑談。
叶うとも叶えようとも思っていない二人の軽口。
だが、妙に二人の心は満たされ、書類を見つめる頬は緩んでいた。
「……カボチャ」
「え?」
ぼそりと呟いた声にエルヴィンは顔を上げ、手を動かし続けるリヴァイを見た。
「パイの作り方は俺が覚えてやる。お前はカボチャを作れ。枯れたら、パイの中身は無しだと思え」
素っ気ないその言葉に、エルヴィンはふふと目元を細める。
「了解だ。立派なカボチャを作ろう」
そう答えると、また二人は書類を見つめ執務室はペンの音だけとなった。
静かな夜。
二人しか知らない、小さな新居の話。