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    しののめ

    とうらぶ|エイトリ|miHoYo
    ⚠️カプなし3L雑多⚠️|短編多め
    そのうち支部等にまとめます
    感想→ https://wavebox.me/wave/af2edu4d3xg4zcep/

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    しののめ

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    何も考えずに読む夢十夜(よだ+ゆん) 静かの海後想定ですが、特に関連性はないです

    ##エイトリ
    #棗夜鷹
    #由蛇

    「ねぇマスター、いま時間あります?」
     閉店間際の店内。掃き掃除を早々に終えた由蛇は、落ち着かない様子でグラスを弄んでいた。柑橘系の香りが、ふわと鼻孔をくすぐる。テーブルを拭く手を止めて、夜鷹は穏やかに目を細めて見せた。
    「うん、私にできることなら、喜んで」
    「夜鷹さんさ、そういうの……あんま言わない方がいいッスよ」
    「誰にでも言うわけじゃないさ」
     はいはい、と雑な返事を寄越して、彼は冷蔵庫の扉を開けた。冷えた空気が一瞬頬を掠めて、すぐにぬるくなっていく。カウンターに肘をついてもたれかかっていた夜鷹は、ひとつ瞬きをする。そうして、グラス——由蛇が先ほどまで手にしていた——の前にそっと腰を下ろした。
    「練習に、付き合ってほしいんスけど」
     握られていたのは、ウォッカとオレンジジュース。視線だけでこちらが微笑んだ気配を察したらしい。彼は途端に眉をひそめて「練習だから!」と釘を刺してきた。
    「度数の調整、なんか上手くいかなくて……ってマスター、ちゃんと聞いてる?」
    「ふふ、うん、練習だね」
    「あんたって本当……」
     美女に振る舞うためですから、などと言い訳をしながら、慣れた手つきでくるくるとかき混ぜていく。——練習なんて、必要ないほどに。一段と香るオレンジに、夜鷹はまた目を細めた。
    「おまたせしましたー……」
     なぜかばつの悪そうな顔をして、彼はグラスをこちらに差し出した。
    「由蛇」
    「なんスか」
    「今の私は、キミの『お客様』だよ」
    「……」
     ちゃんと、言ってごらん。薄く笑ってそう促せば、由蛇はうろうろと目線を彷徨わせて、それから小さく息を吐くと、観念したように呟いた。
    「お待たせしました。こちら、……スクリュードライバー、です」
     練習だと言うのなら、もっと堂々としていればいいのに。お客様方には、いつもの軽快な調子で、平気な顔をして出しているのだから。そう指摘するのは流石に意地が悪いかと、代わりにこう尋ねることにした。
    「素敵なバーテンダーさん」
    「え、まだ続いてんの」
    「もちろん。カクテル言葉を教えてくれるかな」
    「知ってんでしょ!? 何、あんたもう酔ってます!?」
     由蛇が思わずといった様子で軽く絶叫する。けれど段々とこのテンションにも慣れてきたようで、ため息ひとつと共にすぐ口を開いた。
    「『あなたに心を奪われた』。男に言われても嬉しくないでしょー……」
    「由蛇の成長を感じられて、私は嬉しいよ」
    「成長って何スか成長って」
     度数強くないんでさっさと飲んじゃってくださいよ、と半ば投げやりにそう言って、由蛇はこちらに背を向ける。これ以上の戯れには付き合わないぞ、という意思表示だろうか。拗ねたような仕草に笑みを深くして、夜鷹はカクテルに口をつけた。うん、丁度いい。やはり、練習はただの口実に過ぎないのだろう。
    「ちょっと、またオレのこと笑ってます?」
    「まさか。上手くなったと思ってね」
     納得はしていないのだろう、じとりとこちらを振り返りつつも、由蛇はすぐ片付けに戻って行った。その背中を見つめて、夜鷹は手の中のそれを飲み干す。すうと抜けるその香りを、どこか名残惜しく感じていた。
    (『あなたに心を奪われた』……)
     ぴんと伸びた背筋をぼんやり眺め続ける。嬉しかった。言葉というよりも、その行為自体が。不器用な彼が、不器用なりに、不慣れな形で愛をくれたことが。それを、伝えようとしてくれたことが。本当に、嬉しかったのだ。息をゆっくりと吸い込んで、夜鷹は立ち上がる。
    「片付けの続きは、私がやっておくよ」
    「え」
    「お礼だと思ってくれればいい。ごちそうさま」
     一瞬呆けたようにぽかんとしていた由蛇が、はっとしてすぐに首をひねるものだから、思わず声を上げて笑ってしまう。彼の手のひらからしたオレンジの香りに、どうしてだろう、泣き出したくなるような心地がしていた。
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