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    しののめ

    とうらぶ|エイトリ|miHoYo
    ⚠️カプなし3L雑多⚠️|短編多め
    そのうち支部等にまとめます
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    しののめ

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    雰囲気で読む夢十夜 夜鷹さんの夢の話 二人とも曇ってる

    ##エイトリ
    #棗夜鷹
    #由蛇

     目を開けると、そこは知らない場所だった。

    「ここは……」

     まばたきを、ひとつ。身体が重い。どこかぼやけた思考のままで、夜鷹は周囲を見渡した。簡素なつくりをした座席がいくらか並べられている。かなり古い列車のようだ、と思った。窓の外には、一面の星海が広がっていて、それらは列車の動きにあわせてちかちかと明滅していた。夜鷹はそっと目を細める。……列車とは、宙を泳ぐものだっただろうか? そう、だったかも、しれない。ひとまずは深く考えないことにした。
     通路の真ん中でただ立っていたことに気がついて、夜鷹は一歩足を踏み出した。丁寧に張られた床板が、ぎしりと痛々しい音を立てる。途端、誰かがはっと息を呑んだのがわかった。

    「誰か、いるのかい」
    「……なんだ、車掌さんかー、脅かさないでくださいよ」

     声をかけてやれば、驚くほどにあっけらかんとした、明るい声が聞こえてくる。二、三向こうの座席からひょこりと顔を出して、彼はこちらに笑ってみせた。車掌、とは、自分のことらしい。たしかに、自分はそれらしい格好をしているようだったから、きっとそうなのだろうと納得した。……そんな記憶は、ないのだけれど。

    「どーせオレ以外に乗客なんていないんスから。さっさと切符確認しちゃってくださいよ」

     どこかぶっきらぼうにそう言った彼は、ひらひらと薄黄色の紙をこちらに向ける。一目見て、月の色だ、と思った。列車の見目から予想はしていたけれど、切符もやはり、古風なものだった。いまどき記念切符でもなければ、お目にかかれない代物。その思考にさして疑問を抱かないままで、夜鷹は差し出された紙片をそっと受け取る。

    『⬛︎⬛︎より  ゆき ⬛︎⬛︎鉄道』

     もやがかかったように、その切符上の文字がゆらいで、うまく読み取れなくなる。——ああ、そうだった。この列車には、行き先がないんだ。不意に夜鷹は、そのことを思い出す。停車駅も、終着駅もないままに、星の海を漂うだけのちっぽけな列車。彼以外に乗客がいないのも、当然のことだった。
     黙り込んだこちらを訝るように、彼が眉をひそめて首を傾げたのがわかった。何かを言おうとして、彼はすぐに口を噤む。それを見て、とっさに言葉が口をついて出た。

    「どうして、キミはこんな列車に乗っているんだい」
    「え?」
    「この列車には、行き先がないだろう」

     それなのに、どうして彼はこんな泥舟のような、儚いこの列車に乗り続けているのだろう。彼にはきっと、彼自身の人生があるはずなのに。そう、続けようとして、而して夜鷹は押し黙る。彼が、心底おかしそうに、けれど愛おしそうに、笑っていたから。

    「はは……それ、あんたが言うんスね」

     ほーんと、あんたってそういうとこありますよね、なんて呟いて、眉を下げてまた笑う。それに合わせて、車窓に映る星たちも瞬いていた。

    「行き先のわからない列車でいいんですよ。終点がどこだっていい。だってオレは、乗客として、それを見つめていたいだけなんですから」
    「キミは……」

     急速に意識が遠のいていく。足元が覚束なくなって、通路にしゃがみ込んでしまう。ぐらつく視界で、彼の表情だけが明瞭に映った。

    「オレはまだ、あなたの人生の続きが見たい」

     今にも泣きそうな顔をして、彼はそう言った。まるで、自分には叶えられないと知っている夢を、諦められずに溢してしまったような、そんな顔をしていた。

    「⬛︎⬛︎⬛︎さん」

     名前を呼ばれた気がするのに、なぜかそれは音にならない。眼前が明滅する。頭を押さえて、それから、それから——



     目を開けると、そこは知らない場所だった。

    「ここは……」

     薄暗がりの中で、夜鷹は思案する。目の前には、銀幕。どうも、レトロな映画館のようだった。そうだ、上映中につい、うたた寝をしてしまったのだ。欠伸を噛み殺して、姿勢を少しだけ正してみても、オブラートのようにかかる眠気は立ち去ってくれそうにない。良く言えば王道、言葉を選ばなければどこかありきたりなスパイ映画だった。フィルムは劣化しているのか酷くぼやけていて、それが余計に瞼を重くする。

    「つまんない?」

     不意に背後から声をかけられて、一気に意識が浮上する。観客は夜鷹一人しかいないのだから、話しかけられたのは十中八九自分のはずだ。階段を降りる足音が聞こえて、ついそちらへと視線を向けた。

    「オレはこの映画、好きですけど」

     段ボール箱を抱えたその青年は、そう言って屈託なく笑った。箱の中には、年季の入ったフィルムの数々が収められていて、そのときになって初めて、夜鷹は彼がここのオーナーなのだと気がついた。

    「他には、どんな映画があるんだい」
    「うん? お客さん、変なこと聞くんスね」

     映画の内容なんて、上映してみるまでわかんないでしょ、と彼はあからさまに不思議そうな顔をした。そう、だっただろうか。自分が知らないだけで、フィルム映画とはそういうものなのかもしれない。段々とそんな気がしてきた。

    「あんた、やっぱりつまんなそうだし。別のにしましょうか?」

     そう言って、青年は箱を漁る。比較的新しく見えたものを指差せば、じゃあこれにしましょうか、とまた彼は笑った。

    「……どうせ、オレはこれも好きになるんだろうな」
    「え?」
    「や、何でもないッスよ! さっそく替えましょうか」

     一瞬だけ見せた表情にはどこか覚えがあって、聞き逃したそれをもう一度尋ねる。けれどひらりとかわされてしまって、それ以上を聞くことはできなかった。
     映写機の回る音が聞こえる。——さっきまで映していたフィルムは、どうなったのだろう。なぜか、そんなことが気に掛かった。

    「さっきのやつなら、オレが大事に保管しときますよ」

     夜鷹の思考を先回りするようにして、彼は背後から言う。

    「キミが?」
    「いつかまた見たくなるかもでしょー」

     戻ってきた彼はそう言いながら、少し離れた席に座る。せっかくだからと手招いてみせれば、青年は戸惑いと喜びがないまぜになったような、なんとも形容しがたい表情をして、それから、一つ席を空けた隣に腰を下ろした。
     落ち着いた音楽と共に、映画は先へと進んでいく。それは一人称視点の多い、平凡な旅行記のようだった。退屈というわけでは、決してないのだけれど。穏やかな情景が、やはり睡魔を誘ってしまう。瞼が重い。耐えられないほどの眠気に、自分が舟を漕ぎ始めるのがわかった。

    「もう、寝ちゃうんスか? ……まあ、いいですけど」

     少し呆れた声がして、そうして何ごとかを考えているような気配がした。耳を澄ませようとして、すぐに深い眠りに沈んでいってしまう。

    「エンドロールにオレはいないけど、今のあなたなら、自分で続きを選べる」

     平静を装ったその声が、震えていることに気付いていた。

    「ねぇ、⬛︎⬛︎⬛︎さん」

     また﹅﹅、名前を呼ばれた、はずなのに。音は霧散して、鼓膜を震わせることはなかった。思考がぐらつく。景色が一段と歪んでいく。それに抗おうとして、それから、それから——



     目を開けると、そこは知らない場所だった。

    「ここは……」

     頭がズキズキと痛む。眩しい光に目が慣れず、夜鷹は軽く顔をしかめた。腹の下に力を入れて、ゆるゆると起き上がる。徐々に順応していく目に飛び込んできたのは、一面に広がる花畑だった。月光の下で輝くそこは、花々が淡く発光しているかのようで。少し遅れてようやく、ああこれが眩い光の正体か、と合点がいった。

    「あ、ようやく起きた」

     声のした方をはっと見遣る。男は、読んでいた本を閉じると、こちらに向かって微笑んだ。すぐそばに一本だけ生えた木が、彼の顔に薄く影を落としているせいで、その表情は上手く読み取れなかったけれど。

    「あ、この木? 寝てる間に植えちゃった。もたれるのに丁度いいッスよー」
    「月桂樹かな」
    「お、正解ー! さすがッスね」
    「料理でも使うからね」

     心地良い会話を交わしながら、夜鷹はそっと考えを巡らせていた。一体、ここはどこで、彼は誰なのだろう。他人だとはとても思えないのに、そのかたちはおぼろげで、ひどく不鮮明だ。一歩、踏み出そうとして、けれどすぐに立ち止まってしまう。そうだ、確かこの花庭は、自分とあの男が造ったものであるはずだ。その、はず、なのに。まるで、見えない線がそこにあるかのように、夜鷹の足は動かない。

    「キミは……」

     二の句が継げなくなった夜鷹を、彼はどう解釈したのだろうか。瞬間、くしゃりと表情を歪めたかと思えば、すぐに笑顔を作り直す。それが、どんな涙よりも、ずっと痛々しかった。

    「もう時間切れ?」

     どういう意味なのかを問おうとした。けれど、それは叶わない。その言葉は、自分に向けられたものではないような気がして、開きかけた口をぐっと噤むことしかできない。男はじっと、こちらを見つめて、ただそこに立っている。夜鷹の言葉を待っているのだと、都合よく理解したかった。——自分は、彼のことなど、ひとつたりとも覚えていないのに?

    「……なにも言わないで、聞いてくれます?」

     諦めたように、祈るように、男は目を伏せる。その睫毛が、ささやかに光を反射しているように見えた。それを拭うのが自分ではないことを、どうしようもなく知っていた。

    「ずっと、夢みたいだった。大好きだったんです、ここが」

     その声の優しさが、夜鷹には突き刺さるような悲鳴に聞こえた。耳を塞ぎたくなる。けれど、心の奥底で「目を逸らすな」と、誰かが低く唸る。

    「でも、オレ、もうここに居られない」

     隠しようもない震えが、男の声を、空気を伝って、身体中に伝播していく。雨垂れのように、堰を切ったように。涙のしずくが庭に落下して、吸い込まれていく。眉間に深くしわが刻まれるのがわかった。嗚咽すら零さずに、彼は必死に声を抑える。けれど堪えきれずにあふれた息が、彼をひたすらに傷つけていた。何ひとつ落ち着いていないのに、男は無理やり呼吸を整えようと、大きく息を吸う。

    「……ゆるせなくていいから。ゆるしたいと、思ってくれますか」

     目を瞠る。意図を掴み損ねた言葉が、風にかき消されそうに、そこに在る。拾い上げて、抱き締めたくて、思わず足を踏み出した。今度は、何にも阻まれない。彼の瞳に一瞬動揺の色が浮かんで、すぐ嫌に冷静な声が響く。

    「ダメですよ。もう、魔法は解けたんだから。あなたの時間は進み始めてる」

     ぐらりと、足元から崩れていくような感覚がした。気味の悪い浮遊感に、たまらず口許を押さえる。頭がぐらぐらと煮立つような不快感。意識が薄れ始めていた。

    「なつめさん」

     呼ばれた名前は、借り物のように、ただ目の前を素通りする。ようやく﹅﹅﹅﹅それが音になったのに。私は、キミの名前すら、思い出せないのに。酷い目眩に瞼を閉じた。自由落下に身を任せて、それから、それから——
     それから?



     目を開けると、そこは見知った場所だった。

    「ここは……」
    「あ、ようやく起きた! もー、今日のマスター、流石に寝過ぎ」
    「そう……かな」
    「そうっすよ!」

     いまだに覚醒しきらない頭では、曖昧な答えしか返せない。夜鷹は緩慢な動作でソファから起き上がる。ふわりと花か何かの香りが漂ってきて、瞬きを繰り返す。開店前の夢十夜は普段よりも静かで、ささやかながらに彼の気遣いを感じていた。

    「最近疲れてるんじゃ……ちゃんと寝てます?」
    「ふふ、心配いらないよ、由蛇。自分の限界はきちんと把握しているつもりさ」
    「……あんたが言うなら、いいですけど」

     不承不承といった風にどうにか納得して、由蛇は席を立つ。カウンターに浮かぶ趙雲をちょんとつついて、今日のプレイリストについての相談を始めたようだった。

    「今日は太緒くんも来るし、マスターが居眠りしないように気持ちあげてこ! ね!」
    「では、今宵はスウィングジャズのプレイリストを、再生しマスカ?」
    「いいね趙雲、それでよろしく!」

     今日の由蛇は、いつもより機嫌が良いらしい。心なしか趙雲も嬉しそうだ。気がつけば先ほどまで見ていた夢の内容は、忘却の彼方へと置き去られている。普段ならば気にも留めないそのことが、まるでどこかつっかかったように、やけに気掛かりだった。胸の奥がざわついて、かすかに喉が渇く。

    「由蛇」
    「んん? なんスか」

     意識するよりも先に声が出て、とっさに彼を呼び止めていた。

    「私の名前を……呼んでくれるかな」
    「夜鷹さん? ……ちょっと、やっぱ具合悪いんじゃ」

     水の入ったグラスを手にした由蛇が、気遣わしげにこちらを見つめる。喉まで出かかった言葉を、すんでのところで飲み下した。

    「大丈夫。……本当に、大丈夫だよ」

     手渡されたグラスに口をつける。かすかに香るレモンの匂いに、現実感を取り戻す。その水面は蜃気楼のように、ゆらゆらと揺れていた。

    (「キミはいなくならないよね」、なんて)

     零れかけたその台詞は、終ぞ発せられることはなかった。彼が看板をひっくり返しに行ったのか、入口の扉が開いて、少しだけ冷えた空気が店内に流れ込む。湿った、夜の匂いがした。
     聞けなかった理由を形にするのが、どうしてとても恐ろしい。宙ぶらりんになった言葉も、この夜に溶けていきそうだった。ああ、また、頭が痛い。こめかみを押さえて、彼は——棗夜鷹はゆっくりと立ち上がった。
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