終わった恋愛と夢野 気が狂いそうだ。
我々の街は頓珍漢で、でもそのままが果てしなく正気だった。目的があることとないこと、明るいものと暗いもの、きっとすべてが、誰かの願いをもってそこに在り続ける。
このマフラーもそう。私はふと目の端にうつった姿見越しの己の姿に、眩暈をおぼえた。でもそれは気の所為で、私は両の足でしっかりと床を踏んで、呼吸のひとつにも乱れがない。ただ回想する。君がやけにかさばる包みを洒落た紙袋から出してきて、嬉しそうに私に差し出した光景を。
私の作品が賞に選ばれたお祝いだった。年甲斐もなく、と言っていいのか、毎晩抱いて眠りたいくらい気に入ってしまった当時の感情をすぐに思い出せる。彼女がこれをくれて、それから春が来るまで、逢瀬のときはだいたい巻いて外を歩いた。外へ出かけない時は、膝掛けとして仕事中も傍に置いていた。
ふわふわとしたアンゴラ素材のマフラーは、落ち着いた色合いで着物にも合わせられる。保温性が高く、少し歩くだけで首の後ろが発熱したかのようにあたたかくなる。
今はこれがおおよそ呪いのようだった。外を出歩いている時、自分の身につけているものに意識を向け続けることはあまりしない。でも項がじりじりと熱いことは、どうしたって意識を侵食してきて、いまこのマフラーで暖をとっていることをたえず思い知らせる。そして私は、そうすることで君を意識の中に留め続けている。君がもうこの街にいないとわかっているからできることだった。
さて、では冒頭に戻りましょう。願いとはなんなのだろう?
私はその答えを探す気にならないままだった。呼吸を浅くして、思考も浅くして、君について想わないようにするだけ。
私は待ち合わせの四十分前に家を出た。今日は新作の打ち合わせのあと、雑誌の取材がひとつ。あんまり早く歩くとまた首が熱くなりすぎるので、痩せた並木を見上げながらゆったり歩いていけるように、余裕をもった。
ずっと正気だからこそ、おかしくなりそうだった。