二千年の孤独「僕は勇者燭台切! 君がこのほこらのボスモンスター、長谷部くんだね?」
「はぁ…… はぁ……」
「どうしたの息が荒いよ」
「こんな世界の片隅のほこらに勇者が現れるなんて2000年で初めてのことで、慌てて駆けつけたら息切れしてしまった……」
「君、小ボスとは言え曲がりなりにもボスだよね? このほこらの」
「し、仕方ないだろう2000年だぞ!」
「日頃の備えが足りないんじゃないかな」
「しかもお前が晩飯の支度をしてる時に来るのが悪いんだ! せっかくトカゲを煮込んでたのに」
「君、トカゲなんて食べてるの?」
「このほこらで食べ物なんて、トカゲか虫か生えてる草しかないからな。……やめろ、憐れみの目で見るのは!」
「こんなこの世の隅っこで何もないほこらを護るのやめたら? 世界はもっと楽しいことに満ちてるよ。僕と冒険しない?」
「そんなわけにはいかん。このほこらを護れというのは主から賜りし主命だ。確かにこのほこらには何もないが、離れるわけにはいかない」
「主…… この世界のモンスターを支配していた魔王のことだね」
「ああ。一度もお会いしたことはないが、主命を与えてくださった魔王様が俺の主であることに変わりはない。主の命は絶対だ」
「たとえ、魔王がこの世から消え去ったとしても?」
「……何?」
「魔王は倒されたよ。この世界のモンスターは……いや、この世界の全てが、魔王の支配から解き放たれた。君は、自由だ」
「そんな! いったい誰が我が主を!」
「……」
「まさか」
「最初に名乗ったよね? 僕は勇者だ。勇者の使命は魔王の手からこの世界を救うこと。僕はそれを果たした」
「おのれ…… 貴様、よくも主を!」
「無駄だよ」
「くっ、全く歯が立たない!」
「僕は強くてコンティニューだからね。小ボスの君ではダメージを与えることすら難しいだろう」
「くそっ、主の仇が目の前にいるのに、俺は何もできないのか……!」
「仇討ちなんて考えるのはやめなよ。君をこのほこらに閉じこめて、2000年ほったらかして、魔王が死んでも誰も伝えにこない。そんな魔王軍のためになんて何もしてやる必要ないよ」
「黙れ、主を悪く言うな!」
「君に一度も会いに来なかった、このほこらを護れと命じられたのだって本人から直接じゃなかった、そんな相手を本当に主と呼べるの?」
「黙れ! 黙れ!」
「長谷部くん……」
「もう…… 何も言わないでくれ」
「……」
「ほんとうは……俺だって分かってる…… 主は俺に、いや、誰かにこのほこらを護れと命じたことすら覚えてない…… 護ったところで誰も認めてくれない…… でも、俺にはこのほこらしかないんだ。2000年ずっとこのほこらの中で過ごして、他に何も知らなくて…… 何も持っていなくて」
「そんなことないよ。だから、」
「主を喪ったら…… 俺には、俺にはもう何もない……」
「だから泣かないで……」
「……お前は温かいな」
「どう? ぎゅってされたら少しは落ち着いた?」
「ああ、そうだな。……俺は何をしているんだろう。お前は主の仇なのに」
「長谷部くん。やっぱり僕と一緒に行こう? 今は僕を仇として憎んでいてもいい。その憎しみが君を生かす糧になるなら……僕を殺すつもりで付いてきて。でも僕は強いよ」
「分からない。もう……何も考えられない」
「そうだね。今は泣きすぎて心が空っぽかもね。お腹も空っぽかな。ご飯にしよう? ちょうど食べるところだったんだろう? 僕が温かいポトフをつくってあげるから、君のキッチンに案内して」
「ぽとふ…… それは、美味いのか?」
「2000年生きて食べたものの中で一番美味しいって言わせてみせるよ」
「……それは楽しみだ」
「……やっと笑ってくれた。ねえ、僕、ほこらみたいに暗いところは苦手なんだ。危ないから手を握っててくれないかな?」
「そうなのか? 構わんぞ。ほら」
「……長谷部くん、少しは人を疑うことを覚えたほうがいいよ」
「? なぜだ?」