Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    takekavat

    @takekavat

    @takekavat
    ここには小話みたいな短い燭へしをぽいぽい投げていけたらいいなと思っています。
    ある程度まとまったのは→ https://www.pixiv.net/users/10505475

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 9

    takekavat

    ☆quiet follow

    誰にも言えない想いを抱えた長谷部視点の燭へし。お題はまいじつ燭へしから「眠りたい燭台切×光忠に近づけない長谷部」。
    続き→https://poipiku.com/4380346/7200895.html

    #燭へし
    decorativeCandlestick
    ##ぶきようなふたり

    冬 ぱちんときえろ 誰かに気取られたら、それだけでぱちんと音を立ててしゃぼん玉のように消えてしまいそうな。
     自分自身の想いを、そんな風に長谷部はとらえていた。


     冬のさなかに始まった本丸。人のいい主と、幾振かの刀と。その中に長谷部と燭台切はいた。
     燭台切はもともと親しみやすい刀だったし、しばらくして顕現した大倶利伽羅や太鼓鐘といった馴染みが加わってからはいっそう、彼の周囲はいつも笑顔が途切れることがなかった。
     ただ、それは自分を除いてのことだ。そう長谷部は感じている。
     いつも朗らかな笑顔で皆と接する燭台切が自分に対してだけ、どこかぎこちなくなることに気づかずにはいられなかった。
     言葉の歯切れが悪くなる。笑顔も作り物じみている。まるで困っているようだ、そう感じることさえある。

     俺が何かしたか。そう思うと胸の奥がぎゅっと痛む。

     だが相手を責める気はない。我ながら面白味のない男だと思う。冗談のひとつも言えない。好かれずとも仕方ない。
     そんな風に思って自分を慰めようとしても、やはり「好かれていない」「嫌われている」というのは心に来るものがある。

     こんな想い、抱えていても苦しいばかりだ。ぱちんと弾けて消えてしまうならさっさと消えてしまえばいい。
     そう思うのに気づけば視線は彼を追っている。



     大広間での昼食中、後ろの机で話す伊達刀たちの声に耳が勝手に傾いてしまう。盗み聞きなんて卑怯な行いだ。自覚しているのだが。
    「みっちゃん具合悪そうだな」
     太鼓鐘の心配そうな言葉に、
    「具合悪いっていうか…… うん」
    どう返したものかと思案しているような声。
     低いけれどよく響くその声を聞いているだけで、嬉しいはずなのに胸が痛くもなる。自分は本当になまくらになってしまったと思う。
    「病気なら薬研に診てもらったらどうだ? なあ伽羅」
    「俺に話を振るな」
     二人のやりとりを聞いて燭台切が慌てたように割って入る。
    「いやその、二人とも本当に心配してくれなくて大丈夫だから。体調不良とかじゃなく…… ちょっと思い悩むことがあって、眠れないだけなんだ」

     ……思い悩む、こと。

     長谷部が内心密かに動揺すると同時に、
    「みっちゃん悩み事か!? なにがあったんだよ」
    太鼓鐘の声が響く。
    「貞。騒ぐな」
     芯の強さを感じさせる大倶利伽羅の声。
    「だってよぉ伽羅……」
     何か言いたげな太鼓鐘に、
    「うん。大丈夫だから貞ちゃん。心配してくれてありがとう」
    燭台切が落ち着かせるように声をかける。

     それらを背中で聞きながら長谷部は考えている。
     眠れない。眠れないなら……




     次の非番の日、長谷部は万屋で袋に詰められた室内香を買い求めた。「ぽぷり」と呼ぶのだと主は言っていた。
     この室内香の存在を知ったのは顕現してすぐのことだ。人の身に慣れず、眠ることが上手くできずにいた長谷部に「眠りやすくなる香りだ」と主がくれたのだ。
     確かにその匂いが部屋に漂っているだけで不思議と安心でき、すぅと眠りに就くことができた。そのうちに眠ることそのものへの違和感がなくなってぽぷりは不要になったが、今でもどんな香りだったかは覚えている。万屋で一つ一つ香りを確かめて、「これだ」と思うものを購入した。
     買い求めて本丸に戻るまでの道すがら、はたと気づく。

     ──なんて言ってあいつに渡すんだ……? あいつが眠れないことを俺がどうして知っているか、不自然じゃないか。

     あの日、盗み聞きをしていたことが知られてしまう。
     そもそも、俺があいつの不眠を心配してこんなものを渡すこと自体不自然だ。特別親しいわけでもないのに。……きっと、好かれていないのに。

     まず考えて当然のことを気にすることなく浮かれてぽぷりを買ってしまった己の浅はかさに腹が立つ。あいつのこととなると、俺は本当にどこまでなまくらになるのだろう。
     手にした小さな袋を地面に投げつけてやりたくなるが、そんなのはただの八つ当たりだと分かっている。ぽぷりには何の罪もない。
     まっすぐ本丸に帰る気もなんだか失せてしまって、甘味屋で団子を買い、軒先に腰を下ろしもさもさと口にする。美味いのかどうか、味すら分からない有様だ。
     団子を食べ終えた頃、
    「にゃあ」
     足元からそんな声がして見下ろすと、こちらを見上げている仔猫と目が合った。黒猫だ。今この大きさということは秋生まれだろう。
    「……なんだ。団子は食べ終わったし、他にお前にやれるようなものはないぞ」
     黒猫の瞳を見据えて語りかける。
     黒猫は分かっているのかいないのか、長谷部の脚に額をこすりつけて喉をぐるぐる言わせている。その愛らしい姿を見ていると、長谷部のささくれ立った心も凪いでいくようだ。
    「愛らしいというのは得だな」
     ほぅと息を吐いてから、長谷部は屈んで黒猫を抱き上げる。
    「存在しているだけで周囲を和ませ、笑顔にさせ、愛されることができる。……俺とは大違いだ」
     膝に乗せた黒猫を見下ろし自嘲の笑みを浮かべれば、唇の端を舐められた。くすぐったい。
    「俺もお前みたいな姿で顕現すれば、あいつに嫌われずに済んだかもな……」
     馬鹿げたことを言っている自覚はある。仔猫の姿でどうやって敵と戦うというのだ。戦うために自分は顕現したのに。自分は刀なのに。

      ──俺は、あいつのことを考えるたび、自分が自分でいられなくなるような気がするんだ。それが、こわい。

     うつむいて黙ってしまった長谷部を見上げ、黒猫が不思議そうに顔を覗きこんでくる。頭を撫でてやろうと右手を動かしたその時、甘味屋の向かいの民家から子どもの声がした。
     黒猫はぴくりと振り向き、子どものほうへ一目散に駆けていく。
    「……ああ、あの家の猫だったのか」
     置いてけ堀をくらってしまった長谷部はぽつりと呟く。仔猫が家に帰ったように、自分も本丸に帰らないわけにはいかない。




     長谷部が本丸の敷地内に足を踏み入れたと同時に、伊達三振もまた別の時代から本丸に戻ってきた。おそらく遠征から帰ってきたのだろう。
    「あ── はせ、べ、くん」
     燭台切がぎこちない口調で声をかけてくる。
     なぜこいつは毎度わざわざ俺に声をかけるのだろう。全く楽しそうではないのに。ほら、笑顔だってこんなに作り物じみて。
    「今日は非番だったのかい? 僕は、伽羅ちゃんと貞ちゃんと遠征。大成功だったよ」
    「そうか、それは主がお喜びになる」
     これ以上なにを言えばいいか分からなくて長谷部は困る。こいつを喜ばせられるようなことなど、俺は何一つ言えない。そう思いうつむいていたら、
    「あれ、いい匂いがする」
    燭台切がかたちのいい鼻をくんくんと動かし、やがて長谷部の左手の上に乗っている袋に視線を止める。
     気がついたら、
    「お前、この匂いが好きか。ならばやる」
    そう言い、ぽぷりを乗せた手をずいっと燭台切の眼前に押し出していた。
     燭台切は当然、不思議そうな表情。
    「『やる』って…… 長谷部くんのじゃないの?」
    「俺のじゃない。万屋で買い物をしたらおまけでつけてくれたが、あまり好きな香りではない。お前がもらってくれるなら助かる」
     とっさにしては上手くつけた嘘だと思う。
    「それならせっかくだからもらうけど。今度お礼をしなきゃね」
     燭台切の言葉に首を横に振ってしまう。
    「俺に必要のないものを譲っただけだ。礼には及ばん」
     ぽぷりが渡せただけで嬉しいのに、そのうえお礼なんてもらったら幸せすぎて罰が当たる。そう思う。
     しかし燭台切は長谷部の言葉に素直に頷かない。
    「でも僕は嬉しいから、お礼がしたいよ」
     嬉しい──? 俺が不要なものを押しつけただけと言っているのに?
     言われていることが分からなくて、燭台切の顔を正面から凝視する。
     燭台切は長谷部の手の上のぽぷりを両手でそっとすくって、左頬に押しつけ、匂いを嗅いでから真冬に咲いた向日葵のような笑顔を長谷部に向ける。
    「ありがとう。大切にするね」
     その笑顔を向けられた瞬間、長谷部は燭台切にくるりと背を向けて本丸敷地内の森へ走り去ってしまう。
    「長谷部くん!?」
     後ろから自分を呼ぶ燭台切の声。当然だ。何事だと思われただろう。……余計に嫌われたかもしれない。

     はぁ、はぁ、はぁ。息を切らして走り続け、森の奥の方まで来た。ここまで来れば誰にも見られることはないだろう、そう思い長谷部はカソックの袖で涙を拭う。

     向日葵のようなあの笑顔を向けられた瞬間、目の奥が熱くてたまらなくなった。泣く、と分かったから涙がこぼれる前にその場を去った。

     涙はもう出なくなったけれど、今でもからだがふわふわ浮いているような妙な感覚だ。
     燭台切の笑顔。嬉しそうな声。……自分は使わないからと譲っただけなのに。なんで、そんな……
    「……そんな顔されたら俺がもたない」
     誰もいないと分かりきった場所だからこそ、口にできること。
     当初の目的であった「ぽぷりを渡す」ということは果たせたのでよかったんじゃないか、と思う。渡すやりとりで妙な態度をとったから嫌われた可能性はあるが……もともと好かれてはいないのだし、と切なく溜め息を吐く。
     胸のそこはじゅくじゅくした傷になっていて、もはや長谷部自身どうしていいか分からないのだ。好かれない、好いてもらいたい、でもどうすれば好かれるか分からない。
     ──やっぱりこんな想い、今すぐにでもぱちんと音を立てて弾けてほしい。誰かに知られる前に。……特に、あいつに知られる前に。

     燭台切が眠れない原因が恋煩いであることも、恋の相手が誰であるのかも、この時の長谷部はまだ知らない。

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💘💞
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works