くちびるがお留守 同時期に顕現し相部屋の燭台切と長谷部は自然と性欲処理のために互いのからだを求めあうようになった。だが燭台切は次第にそれだけの関係では満足できなくなる。
ただのセがつくフレンドなら別に他の相手を作っても構わないということだ。だが長谷部が自分以外の相手とそんなことをしているところを想像しただけでたまらない気持ちになる。
自分だけのものになってほしい。からだも、こころも。
いつものように長谷部が口づけを求めてきた夜、燭台切はその頬を両手で包みながらも唇は重ねずにいた。目を開け、不思議そうに自分を見上げてくる長谷部に語りかける。
「長谷部くん。僕は……君のことが好きなんだ」
長谷部は目を伏せ、どこか不貞腐れたような表情で返してくる。
「俺は……そういうのはいい」
「そういうの、って」
「好きだとか、恋だとか……そういうのは面倒くさい。今まで通りの関係でいい。それでは駄目なのか」
長谷部がそう言うのに無理強いはできないと、燭台切もからだだけの関係に甘んじる。だが自分の中に溜まっていく寂寞。
二人で手を繋いでどこかへ出かけたい。他愛もないことで照れたように笑い合いたい。ふとした瞬間に甘えるようなキスをしたい。
向こうからも、求められたい。
その夜もいつものように口づけをねだられた。両目を閉じて、無防備に唇をつんと突きだす姿が愛しい。だが、これがいつか自分以外にも向けられるようになるとしたら。
限界だった。
「長谷部くん…… 僕たち、もうこういうことするのやめよう」
開かれた長谷部の瞳は傷ついた色をしていた。当然だろうと燭台切は思う。自分だってこの感情を上手く説明できるか分からない。そう思っていたら、
「なぜだ。お前は、俺のことが好きなんじゃなかったのか」
詰るように言われ、自分を抑えられなくなる。
布団の上に押し倒し、
「好きだよ。好きだから君を全部僕だけのものにしたい。でも君はそんなのは面倒だと言う」
声を荒げて告げれば、目の藤色は何かを言いたげにこちらを見返してくる。
「……なに」
「いや……」
「言ってよ。言ってくれなきゃ分からないよ」
そう想いを込めて言うと、藤色が潤みかけてたように見えて、燭台切は息を呑む。長谷部は視線を外し、おずおずと告げてきた。
「おれは……怖い。これ以上お前のものになってしまったら、自分がどうなるのかと」
「……それって」
燭台切がぽつりと呟くと、長谷部もまたぽつりぽつりと己の考えを口にする。
「好きだとか、恋だとか…… そういうのはいつか、必ず終わるだろう。……主もそうだ」
燭台切は思い出す。この本丸の主は審神者に就任してから、現世の恋人と別れた。
「始まらなければ、終わることもない。そういう関係にならなければ、別れることもない。これ以上お前のものになったら、終わった後にきっと耐えられなくなる。だから、」
それ以上は聞いていられなくて、胸の中にぎゅっと抱きしめる。
「……燭台切」
「終わらせないよ」
「無責任なことを言うな」
「終わらせたくないってお互いに思ってるなら、きっと終わらせずに済むよ。僕たちは付喪神で、途方もない時間をこれからも過ごすことになるけれど、その間ずっとずっと一緒にいられたら最高じゃないか」
「一緒にいられなくなったらどうするんだ。例えばこの本丸が」
「なんとかなるよ」
「だから無責任なことを」
「なんとかするよ。二人でなんとかしようよ。だってそれくらい僕は君と一緒にいたいよ。君はどう?」
そう言って、顔を覗きこむ。愛しさを込めて。
「……そんなの、決まってる」
藤色から雫が落ちる。
「……なぁ」
長谷部が甘え声でねだってくる。
「口を吸ってくれないか。お前に吸われていると安心するんだ。……試したことはないが、きっと他の奴じゃ駄目だ」
その言葉に震えるほどの喜びを覚えるけれど、もう少しだけ欲張ってみたくなる。
「僕も長谷部くんにキスしてほしいな。いつも僕からしてばかりだから」
「だが…… 俺は上手くできない」
「そんなことないよ。……たとえどんなキスでも、長谷部くんがしてくれるなら僕は嬉しいよ」
「……でも」
「僕からキスされると嬉しいんだろ?」
「……うん」
「僕も一緒。されたら嬉しい」
そう告げたら、ぎゅっと目をつぶった長谷部がぐっと自分の顎を持ち上げるようにして口づけてくれた。可愛くて愛しくて、
「お返し」
の言葉と共に唇を重ね、舌をさらう。
「……お前ばっかり上手くてずるい」
唇が離れてから拗ねたように言う長谷部の顔を覗きこみ、
「上手くなるように、これからいくらでも練習するといいよ。僕で」
にっこりと笑いかければ、
「お前も、唇がお留守にならないように気をつけろよ」
と返される。
「気をつけるよ。長谷部くんが僕の唇そんなに好きだとは知らなかったな」
愛しさをこめて親指で頬を撫でながら言ったのに、
「唇だけじゃない。……ちゃんと全部好きだ」
照れながら返してきたその表情は、絶対に他の誰にも見せてやりたくないものだった。