昔の男「お主、あやつと最近“イイ感じ”らしいの」
イイ感じか悪い感じかと聞かれれば、悪くない。むしろ結構イイ、と思う。
というか、言ってしまえばキスしてしまったのだ。付き合ってはいないけれど、部屋に通うくらいには仲良くなって──青白い夜明けの光が差し込む彼の自室で、ただのコーラで2人揃ってハイになって、一緒に進めていたRPGをクリアした喜びのまま、ぶちゅっと。彼に恋をしているのかと聞かれると答えに迷うけれど、それはこれから考えればいい、はず。
さて、この事実をどこまで伝えるのが正解だろう? 愛らしく首をひねって答えを待つ目の前の人は、少し前までお互いの体の隅から隅までを触り合いっこしていた──なんたって“元カレ”なので。
「とっても仲良しですよ! ……へへへ」
口に入れたいくらい可愛い、とかつて言わしめた眉尻を下げたスマイルを、目の前の人に差し出してみる。お願いだからこれ以上突っ込んでくれるな、というメッセージを存分に乗せたつもりだ。
「ほう、“仲良く”しておるのか」
目の前の男は、わざとらしく驚いたように目を丸くする。
うわあ、久しぶりに見たら顔がとんでもなくかわいい! どうしよう、今すぐ目尻にキスしたくてウズウズする!
ああダメだ、会話の時間が長引くほどに、過ぎし日のめくるめく夜に引きずられそうだ。楽しかったことも気持ちよかったことも、思いもよらないタイミングで溢れ出してしまう。心の中でよだれを垂らす狼を必死に抑えつけ、現実に向き合わなければ。
……いやいや、その“仲良く”じゃねーよ。
彼とは友好的な関係を築いています余計な詮索はよしてください、の意味を込めた“仲良く”が、たぶん、いや確実に違う意味に捉えられている。わざとだ、この人は絶対にわざとカマをかける発言をしているんだから、全部話す必要は──
「ううん、“最後まで”はしてないんです」
──ないはずなのに、なぜ!?
「くふふ、相変わらず素直じゃの、愛い愛い」
インタビュアーとインタビュイーとして適切に保っていたはずの距離が、いつの間にか詰められている。ご機嫌に細められた紅い瞳は三日月のように弧を描き、右手はこちらの唇の上でつるつると滑る。
「あ、あの、でもちゅーはしちゃって……」
「おうおうそうか、若さゆえの勢いというやつじゃな」
「だけどやっぱり、先輩の方がうまかったです、いろいろ」
「ふむ、なるほど」
なぜ、どうして、話さなくてもいい余計な一言や二言が口から勝手にまろび出るのか。正直、思い当たる節はある。インタビューの後に手渡された飲み物、あれにおそらく入っていたんだ──過ぎし日のめくるめく夜に飲ませ合いっこをして遊んだ、あの魔法薬が。
「ねえ、飲み物に何か入れました……?」
「ありゃ、もうバレてしもうたか」
やっぱりそうだ、飲むと本当のことしか言えなくなる、カップル御用達のお遊び魔法薬だ!
「な、なんでこんなことするんですかぁ!」
悪戯が露見しても、目の前の男は落ち着きを保ったまま、唇をふにふにとつつくのを止めない。
「んー? お主が昔の男のことなんか忘れて、ピチピチの若い男と夜毎しけこんどるみたいじゃから……」
「うぁ、ちょっと先輩、」
別れたのは昔と言うほど何年も前ではないし、若いというほど彼と先輩の年齢は離れていないと思います──そう反論しようとしたときには、唇をいじっていない方の手が腰に回されていた。尾骶骨のあたりをすりすりと擦られるから、また過ぎし日のめくるめく夜を思い出して、体が勝手に目の前の男にしがみつく。
「わし、寂しくなってしもうて……なあ、お主を口説いておるんじゃ、分かるじゃろう?」
直接嗅いだ昔の男の香りが脳まで届いて、もうこの人のことしか考えられなくなってしまう。
唇を執拗に触るのも、お尻の上を撫でまわすのも、全部ベッドの上での合図だったから。
「はい、自分も寂しい、です……」
あれ、こんなにもこの人のことで頭がいっぱいになっちゃうのに、なんで別れたんだっけ?
「なら昔の男のもとへ戻ってこい。“最後まで”“仲良く”しよう、な?」
いつの間にか、談話室に大勢いたはずの寮生や招待客たちの姿が見えなくなっていた。
色々あってお友達に戻ってもらったはずだったけれど、そんなことはどうでもよくなってしまって。
だって、今日は彼のお誕生日なんだから!
大好きだった紅い瞳が弾むように揺らめくのを、上がった口角から八重歯が覗くのを、今日もう一度見たいと思ってしまった。
なんてったって“元カレ”なので。撫でられた唇で中指にちゅうと吸い付けば、なるようになってしまうのだ。