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    yomoya_32

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    「現パロ同棲しているけど忙しくてすれ違い生活気味なふたりがひさしぶりにデートに出かけたらお互いへのドキドキが増し増しになってしまうというベタな月鯉」という最高のお題をいただいて書きました

    #月鯉
    Tsukishima/Koito

    date. 二人の休みが合ったのは、じつに一ヶ月半ぶりだった。
     
     わたし──鯉登音之進は、コンサルティングファームでコンサルタントとして働いている。最近はもっぱらテレワークで、出社することはあまりない。
     恋人は刑事で名を月島基という。近頃は盗人の捜査をしていたらしく、昼夜関係なく妙な時間に帰ってきては、わたしを驚かせた。何しろいろんな格好をしていたので。
     
     一緒に住んで長いが、お互い仕事の話はほとんどしない。が、月島が、わざとらしくはないが妙なコスチュームで帰宅するのを三度ほど目にしたとき、流石に何をやっているのかと聞いた。どうやら二四時間体制で容疑者を尾行していたらしい。様々なスーツ、オフィスカジュアルに、作業着、遊び人みたいなラフな格好に、つなぎ……一番興奮したのは、そうだな──大工なのか鳶職なのか、そういう服だ。季節は残暑の厳しい九月で、汗や粉塵で薄汚れた月島が職人のようないでたちで束の間の休息のためと家に戻った。その後すぐ顧客対応がなければ、急用だ何だと理由をつけてきっと一時離席していたと思う。
     
     わたしはフルフレックスだから、月島の勤務に合わせることもできなくはないのだが、警察の仕事はその辺りの守秘義務がきびしく、ままならない。
     だからわたしも彼に合わせるのはやめて、規則正しい暮らしをしている。月島は真面目な男だから、そうしておけば義理堅くわたしのための時間をきちんと作ってくれた。
     けれど、今回の星を挙げるまではそれも難しかったようで。今日はようやく合った二人の休日なのだった。


    「家でのんびりしてもよかったんだぞ」
     こう言うと、月島は首を振って『運転したかったんで……あと、あなたは外に出たかったでしょう』と豚まんを頬張った。談合坂SAの名物だ。
     
    『山梨にほうとう食いに行きませんか?』
    『いいぞ』
     昨日の夕食中に月島がこう言って、二つ返事に予定が決まった。あんぱんと豚まんを一口ずつ分け合って『久しぶりだな』と笑いあう。
     キスをしたい衝動に駆られたがさすがに自制して、月島が体側に置いた手の甲に自分のそれをすり合わせた。空は晴天で、紅葉にはまだ早い。
    「これ、うまいんですけど、臭うんですよね」
     食べ終えた月島が、歯磨きしてきますと言いおいて席を立つ。自分もそうしたかったが、連れ立って歩くのはなんだか複雑で、そのまま少し人の往来や空を眺めて過ごした。
     こうして共にいられることが嬉しい。足りていなかったコミュニケーションを取り戻すかのように昨日から沢山話をした。翌朝が早いというのに体もつなげた。でも、足りなかった。
     先ほど──さすがに疲れが滲む月島は日の光の下、どこか色っぽかった。わたしは自分の指をじっと見つめて、それを唇に押し当てる。そこには、彼が去年の誕生日にくれた指輪が誇らしげに光っていた。


    *     *

     運転を交代して、河口湖まで車を走らせた。
     目当てだったほうとうを食べて、河口湖のデッキを歩く。そのあと少し湖岸を走って公園に立ち寄った。湖畔遊歩道の側には一面、コキアが真っ赤に色づいていて美しい。
    「きれいですね」
    「──ほんとだな」
     富士山とコキア、雄大な景色のなかを秋風が心地よく過ぎてゆく。コキアを背にこちらを見て目元をゆるめる月島に、人知れず恋を深めた。
     
     それからまた湖面を見ながら話をした。
     仕事のこと、家のこと、身体のこと。
     月島といるのは自然で、たのしい。月島といるとおちついて息がしやすいのだ。この男にとってのわたしも、同じというわけには行かないだろうが、彼がわたしといて良いと思ってもらえることが有ればうれしいと思う。
    「鯉登さん」
    「ん……?」
     気がつくと月島の指先が私の指間にしのび込み、肩先には整った顎髭が見えた。
     目を閉じる。──冷たくて薄いくちびるが、同じ場所にそっと、触れた。
     
     
     帰りは月島が運転をかって出た。渋滞を見越して早めに現地をたったが、それでも捕まってしまった。
     こうなるとわかっていても出かけるのは馬鹿らしい気がするが、月島となら高速道路の渋滞すら楽しいと思えるから不思議だ。そんなことを考えていたら口に出ていたようで『そうですね。久しぶりにゆっくり色んなことを話せるから、俺も退屈しません』と返事が返ってきて恥ずかしい思いをした。
     と、その後。突然、すり……と脚を撫でられて、肩が跳ねた。分厚い手が、動物をかわいがるような手つきで太腿を往復しては、揉むように膝に触れている。
     ゆっくりと足元を見て、手を重ねながらそうっと横顔へと視線を移す。彼の耳がほんの僅かに動いたのに、身を乗り出してその耳介や鼻先にかぶりつきたい衝動に駆られた。けれど、ルームミラーごしに迫る後続車を見れば自重するしかない。
    「こら、やめ……」
     ぺちん、次第にねっとりと動くようになった手を叩くが、ぶしつけなそれは止まらない。月島の指にも今日は揃いの指輪がはまっていて、甲に浮いた血管だとか、短く整えられた爪だとかにどうしようもなく腰が疼いた。
     渋滞はまだまだつづいている。この先の家路を思うと気が遠くなりそうだった。
     後頭部をヘッドレストに押しつけるようにしながら息を殺していると、悪戯な手のひらは膝をくすぐっては内腿を揉む。
     ゆるゆると車を走らせながらそうして暫くの後、月島はパッと手をハンドルに戻した。
    「くそ」
     ブレーキを踏み、こちらに顔をむけたかと思えば、なんとも真剣な目をしていたから驚いてしまった。
    「降りていいですか? ……退屈しない、は本当のような、嘘でした。──早く帰って、抱きたい」
     ひゅ、と喉が鳴った。
    「ん……いいぞ。けど月島おまえ、刑事だろう」
     警察が道路交通法違反などで捕まってしまっては大変だ。が、月島は『止められるようなへまはしません』と薄く笑い、EXITと書いた矢印のほうへハンドルをきった。
     愛車はジェットコースターのような山道をするすると超えてゆく。
     あれだけ楽しく話をしていたのに、以降うちにつくまでは二人ともほとんど無言であった。



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