たぬきな彼女骨組みに布地の屋根が付いた野外テント。バニラレイクのスタート地点前に設けられたドライバーたちの待機所だ。
椅子に座った彼の膝の上には、こちらに背を向けた状態の彼女。着ぐるみのような姿のたぬきに変身している。
腰にその痩せ細った両腕を回し、かぼちゃパンツに覆われたぷっくりとしたたぬき腹を軽く叩いたり、むにむにと揉んだり。
くすぐったいのか、時折彼女は身を縮めてころころくすくす鈴の音のように小さく笑う。
後ろから着ぐるみ越しの頬に自分の肉付きの悪い頬を寄せる。隔てるものがあるといえど伝わって来る温もりに、ほっと解れたような安堵の息が漏れ、白く細いもやとなって氷の大地に流れて行った。
「こういう寒いコースに、こいつは最高のカイロだな」
腰に回した腕へ力を込めながら、わざと吐息が掛かるように囁く。着ぐるみが邪魔をしても、相手の頬が赤くなった事が手に取るように分かる。
テントの外では雪がちらつき始めた。首と肩の中間に顔を埋め、瞼を閉ざす。今は寂しい粒から目を反らし、唯一無二の暖かさを噛み締めていたかった。
(おわり)