波打ち際の宇宙テニス大会でやって来た南の島。
滞在ホテルの近くに存在する砂浜へとワルイージはやって来ていた。今は静かな夜で、波音と砂を踏みしめる足音しか聞こえない。
ここへはなんとなく夜の散歩へ出た。太陽燦々の昼間より、月が柔らかく光を放つこの時間の方が落ち着いて好きだ。
オーバーオールのポケットに手を突っ込み、猫背気味に歩んでいると、波打ち際に立つ誰かの姿が前方に見えて来る。
さくさくと白い砂に足跡を付けながらしばらく進む。その人影がはっきり輪郭と色を伴って目に飛び込んで来た。
波打ち際に佇み、静まった水平線を眺める姿はやはり美しい。爽やかな色の流れるようなドレスも、宝石の嵌った銀の王冠も、金糸の髪も、月の明かりに照らされてぽうっと仄かな聖なる光を放っているように見える。
波打ち際の女神がこちらに気づき、唇で綺麗な弧を描きながら微笑んでくれた。
「こんばんは、夜のお散歩ですか?」
「あ、ああ。そっちもか?」
お互い歩み寄って顔がよく視界に映る場所まで近づく。
「ええ。明日からトーナメントなので、静かな海を眺めれば緊張も解れるかと思いまして」
そう語る彼女の隻眼に夜空の星が写り、小さな宇宙となる。そのエメラルドグリーンの宇宙が、何処かの王家に伝わる宝石箱の中身のようで。あまりの煌めきに、彼は思わず帽子の鍔を下ろして顔を背けた。
見つめ続けたら自分の汚いもの全てを見透かされてしまいそうな気がする。その瞳に出来ればそんなものは映して欲しくない、そう思った。
「何故こちらを見てくださらないんです?」
頭にハテナマークを浮かべながら、顔を覗き込んで来る彼女。逆方向に顔を背けても、また回り込んで顔を覗こうとする。
そんな攻防を四度、五度繰り返すと胸にじりじりとしたものが溜まって来て遂に耐え切れなくなる。
「綺麗過ぎなんだよ!! あんたの目は!!」
夜の海にそんな叫びが木霊する。
「えっ……!?」
彼女の頬は瞬時に赤くなって、口元を両手で隠しながら心底驚いているようだった。
驚愕したのは言ってしまった彼自身もだ。
急に名付けようのない焦りが湧いて来て、あたふたとオーバーアクションで手を動かしながら弁明する。
「ち、違う! 口説いてるとかそんなんじゃねえからな!?」
「は、はい」
直後に妙な沈黙。お互いどきまぎと視線を泳がせ、顔をまともに見られない。
「ほ、褒めて頂いてありがとうございます。私はそろそろホテルに戻りますね」
「あ、ああ。こんな時間だしな」
「で、では」
彼女は会釈をすると彼の横を走り去って行った。その場にアプリコットの香水の香りを残して。
気配が完全になくなったのを見計らってから砂を思い切り蹴り上げ、頭を両手で抱えた。
「んがああああ!! なにやらかしてんだオレ様はああああ!!」
キモイとか絶対思われた、とどうしようもなく落胆する。
その叫声を聞いていた月と海は、『頑張れよ、恋する青年』と応援するように光と波を放出していた。
(おわり)