衝動 今ものすごく戴天が足りない。そう思った宗雲は、気がついたら商業地区から離れた企業地区まで足を運んでいた。
戴天がいるであろう高塔エンタープライズ本社の前で、ビルを見上げる。深夜に差し掛かる時間、一室だけ明かりが付いている。しかし特に連絡もしていないので、戴天がそこにいる確証は無かった。
恋は盲目という言葉があるが、この歳にして本当だなと思うことがある。普段であればこのような賭けのような行動には出ない。ただ今は戴天に会いたい、その一心だった。
表の扉は既にシャッターが閉まっている。つまり裏口から戴天は出てくる。裏口へ回ると、薄暗い社内が見えた。向こうから人ではない何かが出てきそうだ……と思って慌てて目を逸らした。
夜になると気温も下がり、肌寒い季節になってきた。家を出る前に慌てて掴んだカーディガンの前を合わせると、段々と今の状況を冷静に考えられるようになってきた。衝動で家を出てここまで来たものの、これは俗に言うストーカーではないか?という考えにふと至る。ウィズダムでも裏口で待ち構えている客が警察の御用になったことを思い出した。
「さすがに連絡くらいはするか……」
そう独り言を漏らし、スマホを取り出したところで、扉が開く音がした。恐る恐る扉を見ると同時に会いたくてたまらなかった人の声がした。
「宗雲…さん?何をやっているのですか」
向こうも驚いたようで、扉に手をかけたまま固まっている。
「あ、いや……お前に会いたくて」
「はぁ……?」
困惑していることを隠すこともなく、戴天が首を傾げた。可愛い。
扉を閉めてセキュリティをロックする姿をぼんやりと眺めていると、施錠が済んだのか戴天が宗雲に向き直る。
「で、どうしてこんなところに」
「だから、お前に会いに来た」
「正気ですか……?今何時だと」
「それはこちらの台詞だ。もう日付も変わる」
「いつものことです。そんなに珍しいことではありませんよ」
事もなさげにそう言って、戴天がしまった、という顔をする。
「こんな時間まで働くのが珍しくない……?」
「あなたには関係ないでしょう」
「こんな生活を続けていたら体を壊すぞ」
「……説教をしにこちらへ?ちなみに先に言いますが雨竜くんはとっくに帰してますよ」
「ここに雨竜がいたら説教をしに来たことになったかも知れないな」
心配がつい先に立って、戴天があまり言われたくないであろうことを言ってしまう。でも今日はそのために来たのではない。戴天に会いたくて少しの時間でも話したくて、ここに来た。
「これから時間は?」
「こんな時間から出掛ける気ですか?帰って寝たいのですが」
「一杯だけ、付き合ってくれないか」
「もう……仕方のない人ですね」
商業地区から企業地区まで来てこんな時間に追い帰すのは気が引けるとでも思ったのか、特に約束もせず押しかけたのはこちらなのに渋々付き合ってくれる、そんなところが好きだなと思った。
深夜ともなると更に気温が低くなり、肌寒く感じる。拾ったタクシーの中でそっと戴天の手に自らの手を重ねると、ひんやりと冷たかった。暖めるように握ると、少しの間があって握り返された。
戴天は照れているのか、頑なにこちらを見ようともせず、窓から外の景色を見ている。
戴天のスケジュールに合わせていると、次にいつ会えるか分からない。たまには強引に、衝動に身を任せるのも悪くないのかも知れない。