かわいい男 国家運営の要となるマザーコンピュータの調整及び宇宙連合による承認が完了し、実務を担当する各役職の後任を選定し、引き継ぎ内容を記したマニュアルの監修を行い——ようやっと、僕は政の表舞台から降りることを許された。新しい体制が軌道に乗るまでそれなりに時間はかかるだろうなとは思っていたし、決して旧政府派に寝返らない僕の代わりとなる人間だって、そう簡単には見つからないと予想はしていた。結局のところその考えは当たっていて、僕達が新政府におけるキーパーソンという立ち位置から解放され、ただのラキオとレムナンに戻ったのは、革命記念日となったあの日から五年も後のことだった。これでも過去に他国で人間中心社会から擬知体中心社会へと移行した際の混沌具合に比べれば、グリーゼの変革は比較的スムーズに行われた方らしい。
18歳にしてはじめて外界を知り、その先でグノーシア騒動に巻き込まれ、なんだかんだあって自分と歳の近い得体が知れない男を連れこの国に戻ってきてから——もう九年になる。年齢でいえば僕は27、一つ上のレムナンは28になった。
革命後も事後処理に追われて忙しない日々を送ってはいたけれど、自由時間が全く取れないほど多忙だったわけではない。視察を口実に新しい文化を取り入れ変わりゆく自国を、レムナンとふたりで歩いた回数はもう数え切れない。やることが多いという意味では制限のある生活ではあったが、自分の感覚としてはこれまでの人生の中で最も自由な時間だった。僕は国に尽くした二年と追加の五年の歳月を後悔などしていないし、何の不満もない。そう何度も伝えたのに。
「慰安旅行のチケットを突然送りつけてくるだなンて、プレゼントにしてはいささか強引過ぎると思わない?」
隣の席で緊急避難経路などが記された旅のリーフレットに目を通していたレムナンにそう話しかけると、彼は困ったような顔をして笑った。
「まぁ、少しびっくりはしましたけど……。でも、タダで旅行に行けるなんて、ラッキーじゃないですか。ラキオさんも地球は一度訪ねてみたいと前に言ってたでしょう」
「そうだけどさ。せめてチケットを取る前に僕達に希望の一つでも聞いてくれればよかったのに」
「それじゃサプライズプレゼントにならないじゃないですか」
「サプライズなンて頼んでないよ」
僕達が乗っているのは地球へ向かうダイレクト便の中型宇宙船。無駄にファーストクラスなおかげでまわりに他の乗客の姿はほとんどない。静かで広いのは快適で過ごしやすいがこんな空き具合で大丈夫なのかと、国内トップの大手航空会社の経営状況が少し心配になる。
そして、この船のチケットも地球で滞在する予定の宿泊施設も全ての手配を整えた犯人は、僕達と同じ組織で革命を行ったかつての同志たちだった。キャンセル可能期限が過ぎてから僕達にこの旅行を提案してきたのは、僕達から断る選択肢を奪うための一種の作戦だったのだろう。出立日まで一週間を切っているチケットの日付に呆れながらも、結局部下の厚意を無碍にできないレムナンと、身銭を切ってまで各所にキャンセル連絡を入れることの面倒さに折れた僕は、今こうして贈られたチケットで旅行先へと向かっている。
「でも、楽しみですね。地球自体もそうですけど、ジナさんやSQさんに会うのも本当に久しぶりのことですし」
「あぁ、約十年ぶりだものね」
荷造りの最中ふと思い立って、来週そっちに行く予定ができたがおすすめの観光場所はあるかとSQ宛にテキストメッセージを送信したところ、じゃあ観光案内するし四人で会おうと随分前のめりな返信が返ってきた。ノリとフットワークの軽さは年齢を重ねても変わっていないらしい。
唐突にねじこまれた予定に思わず文句をつけたい気持ちが先行したものの、僕だって古い知り合いと再会することやはじまりの星を尋ねること自体は素直に楽しみだと思っている。それに、グリーゼを支える擬知体開発のいち責任者として僕と同じくあちこちに駆り出されていたレムナンにとっても、この旅行はいい息抜きになるはずだ。
「自分から案内したいと言い出したンだ。いったいどんな素晴らしいツアーガイドをしてくれるのかお手並み拝見といこうじゃないか」
「もう……あまりお二人に強くあたらないでくださいね」
ボタンで呼び出した擬知体スタッフにドリンクを頼んでいるレムナンの声をBGMに僕は目蓋をおろした。地球まで、あと三時間。
***
「ラキオサン! ラッキー! 早くぅこっちこっち!!」
「ちょっと待って、袖引っ張ンないで。ていうかそのふざけた呼び方、まさか僕のことじゃないよね」
「いいじゃん、ラッキー。親しみやすさ爆上がりしちゃうよん?」
「却下」
地球滞在二日目。SQ、ジナのふたりと合流した僕達は近況報告もそこそこに連れていきたいところがあるのだと、とある場所に案内されていた。軽快な音楽、大きな着ぐるみを着た人間、色とりどりの風船を持つ子どもたちに、高速で落下や回転している多数の遊具。地球でも五本の指に入る人気のテーマパーク、だそうだ。
「騒がしい場所だね」
「賑やかなのは楽しいの象徴デショ?」
「たしかに皆さん笑顔で……楽しそうですね」
「うん。こういう場所では場の空気に飲まれて自分も一緒に楽しんでしまった方がいいよ」
普段物静かでどちらかといえば人の多い場所を好みそうなタイプに見えないジナもこの場所に肯定的な意見を述べているのは少し意外だった。異国文化と同じで、何故? なに? とひとつひとつ理由を追求するよりも、そういうものだと割り切って楽しんでしまう方が得らしい。到底納得はできない穴だらけの主張だが、まぁいいかと僕はいったん口をつぐみ、様子を見ることにした。
入場ゲートから道に沿ってパーク内をしばらく歩き、土産物などを販売しているショップが立ち並ぶエリアに入った頃、僕とレムナンを先導して、ジナと並び前を歩いていたSQがこちらを振り返り、にやりと怪しげな笑みを見せた。
「ところでおふたりサン。テーマパークには正装があるってご存じかにゃ?」
「えっ……そうなんですか? 僕達、普段着で来ちゃいましたけど……」
「僕も知らないよ。そういうことは事前に言っておいてもらわないと」
後出しで提示された条件に僕が非難の声をあげると、SQはまぁまぁと両手を上下に動かしながら、僕達を宥めるような声を掛けた後、右隣に建っているピンクと水色という派手なカラーリングの店を親指で差し、こう言った。
「こういうときは現地調達って相場が決まっているのDEATH! じゃ、早速行っちゃおうZE!」
「え? うわっ、ちょ、ちょっとSQさん……っ」
隙をつかれたレムナンがSQに手を引かれ、先に店の中へと消えていった。その後ろ姿を見送りながら、僕もあとに続く必要があるのかと確認の意味でジナの顔を見る。僕の視線の意図を察した彼女はコクリと静かに頷いた。
「ラキオも観念した方がいい。ああなったらもう、SQは止まらない」
「あぁ、そう……」
僕とレムナンの関係と同じ年数だけ、SQと共に暮らしている付き合いの長いジナが言うなら、きっとその通りなのだろう。僕は仕方なく、にぎやかな外装をした店の入り口へと足を踏み入れた。
「じゃじゃーん! SQちゃんプロデュースのおニューレムにゃん……否! レムぴょんDEATH! ねぇねぇ、かわいくない!?」
居心地が悪そうにおずおずとSQの後ろから現れたレムナンは、頭に見慣れない派手な色を身に着けていた。ショッキングピンクのニット帽だ。それだけなら特になんとも思わないだろうが、帽子の形状が少々特殊だった。
「なにそれ。耳?」
「テーマパークキャラクターを模したうさ耳帽だよん。ね、レムぴょんなかなか似合ってるよね? かわいいっしょ?」
「あの、その呼び名、恥ずかしいんですけど……」
SQ独自のネーミングセンスでつけられたニックネームに対するレムナンの抗議は見事にスルーされ、SQは第三者の感想を求め、ジナの方に視線を向けた。
「うん、よく似合ってると思う。かわいいね」
「でしょでしょ! さっすがSQちゃん。今回も天才コーディネーターの才能発揮しちゃいましたなぁ~。ねね、ラキオもいいと思うでしょ? かわいいよねレムぴょん」
同様の質問を投げかけられ、僕は改めてレムナンの方へと向き直った。自分に注目する僕の目の動きに気付いたレムナンは、落ち着かない様子でうろうろと視線を彷徨わせた後、おずおずと反応を伺うように僕の顔を見た。
「……パーカーの色と合ってるね。まぁ、悪くはないンじゃない」
ちゃんと求められた通り、正直な感想を述べたというのにSQは片頬を膨らませわざとらしく拗ねたような表情を作ったのち、僕に文句を言った。
「そういうことじゃないの! レムぴょんってラキオのすきぴなんでしょ? もうちょっとなんかないの? かわいいとかキュンとしたとかさぁ」
「『すきぴ』……? なに?」
「すきぴ! L・O・V・E! つまりふたりは恋人なんでしょってこと! 恋人がこぉーんなにラヴリィな格好しててなんとも感じない?」
ぐいっとSQに押し出されるようにして一歩僕の方へと近づいてきたレムナンは、焦るようにSQさんっと背後に声を掛けている。
「……僕の口からなにか言わせたいみたいだけど、質問の意図がよく分かンないよ。本人がいいっていうなら別にその帽子でいいンじゃない? 似合ってはいるし」
「もう! そういうことじゃないんだけどなぁ……」
「SQ。押し付けは駄目だよ。それにラキオに求めすぎ」
「そうですよ。ラキオさんが僕のことそんな風に思うわけないじゃないですか」
「いつの間にか3対1の構図になってるようだけど、さっきから何なの?」
結局その後、うさぎの耳付き帽子を被ったレムナン、古い民族衣装のウォーボンネットをモチーフにした羽根冠を装着した僕、黒い猫耳のついたカチューシャをつけたジナとスパンコールで派手な輝きを放つ大きな赤いリボンを髪に結んだSQという、異様な出で立ちで僕達は店を出た。そんな珍妙な格好で外を歩いても僕達が注目を浴びることがなかったのは、まわりの人間たちも皆、同じような格好をしていたからだ。SQが言っていたテーマパークの正装というのは、決して公式が定めた正式ルールではないのだろうが、利用客間の共通認識として根付いてはいるらしい。
同じような格好をした人間たちが大勢歩いている中でも、すれ違った女性客がときおりレムナンの方を振り返ってきゃあきゃあとかしましく騒ぐさまを目撃して、僕はそのたびに内心首を傾げていた。隣を歩く男の見慣れた横顔をそっと仰ぎ見る。帽子でおさえつけた前髪がいつもより長めに垂れ下がって、彼の綺麗な瞳をところどころ覆い隠していた。地球の気候が合わなかったのか昨晩乾燥で荒れていた唇は、今朝僕が塗り込んでやった保湿効果の高い色付きリップのおかげで、今のところは調子が良さそうだ。
「ラキオさん? どうかしましたか」
僕の視線に気付いたレムナンがこちらを見る。自分の方に顔が向けられたことで、横からではよく見えなかった紫がよく確認できて、なんとなくほっとした。
「たくさん歩いたし、くたびれた。どこかに座って少し休憩しない?」
僕の提案に頷いたレムナンは前を歩く二人を呼び止めて事情を話すと、再び僕の元へと戻ってきた。彼が少しの距離を駆け足で戻ってくるのははたして何の意味があるんだろうと毎度考える。なにかの拍子に見かけた、ふさふさとした尻尾を勢いよく左右に振りながら飼い主の元へ駆けてくる白い大きな犬の映像が何の脈絡もなく僕の中で回想された。
「ファストパスを取ってるアトラクションの時間がもうすぐなのでそれにはふたりで行ってもらって、その後合流してごはんにしましょう。飲み物だけ買ってこの近くで座って待っていましょうか」
「うん、それでいいよ」
レムナンは自然な動作で僕の右手を自身の左手の中に囲い込むと、再び歩き出した。先程までは手を握るどころか普段より僕との間に距離を多めにとって歩いていたのに、二人行動になった途端これだ。分かりやすいにもほどがある。
「君は楽しめてる?」
「え? はい。楽しいですよ。ラキオさんは……こういう人の多いところそんなに得意じゃなさそうですけど大丈夫ですか?」
「騒々しい空間だとは思うけど、まぁギリギリ許容範囲内といったところかな。異文化体験という意味ではいい勉強になっているよ」
「ラキオさんらしい感想だなぁ」
ふっと相好をくずしたレムナンが再び僕の方へと顔を向ける。革命中に何度も見かけた眼光だけで敵を射すくめる視線の鋭さが嘘みたいに、今はやさしく凪いだ色をしていた。交際関係を結んでから、レムナンは僕の前でだけよくこういう目を見せるようになった。角ひとつない、まるくやわらかな眼差しで、僕に対する好意を惜しげもなく披露してくる。特にそれが不快というわけでもなかったから、僕も彼の好きなようにさせておいた。
「僕、飲み物買ってくるので、少しここに座って待っててください。なにかあったら端末鳴らしてくださいね」
「分かった」
僕をベンチに座らせてから近くに控えていた擬知体スタッフに声を掛けたレムナンは、自販機の場所を教えてもらったのか、その方向へと早足で向かっていった。残されて手持ち無沙汰になった僕は、とりあえず身に着けていた羽根冠を外し、それを膝へと置いた。メイン素材が羽だから重いということはないけれど、ずっと装着しているとこめかみの辺りが締め付けられて少しだけ痛い。
頭の圧迫感から解放された僕は、ふと思い立って今日感じた疑問点を確認するため、端末のサーチ機能を立ち上げた。『かわいい』と検索して表示された結果を信憑性の高い順から確かめてみる。
かわいい——小さいもの、弱いものなどに心引かれる気持ちを抱くさま。無邪気で憎めない。かわいそうだ、ふびんである。
やはり、僕の知っている単語の意味は間違ってはいないようだ。だとすれば、レムナンの格好を『かわいい』と評するSQやジナの感想や、通りすがりに彼を見て『かわいい』とはしゃぎ声をあげていた見知らぬ女性たちは皆間違っているということになる。僕はもちろんSQやジナにとっても、レムナンは決して背が小さいわけではないし、今の彼をかわいそうと決めつけることもおかしい。あえてあげるなら、無邪気で憎めない、という要素はときおり見せる彼の子どもっぽい一面から感じられる可能性もあるかもしれない。でもそれだって、普段の様子を見ている僕ならまだしも、今日一日の彼の様子からそんな一部分を切り取るのは難しいのではなかろうか。
それなのに、どうしてあの場では自分の方が少数派のように扱われることになったのか。僕は未だに納得がいっていなかった。
「ねぇ、ちょっと君。聞きたいことがあるンだけど」
「はい。いかがいたしましたか?」
先程、レムナンが自販機の位置情報を尋ねていたスタッフに声を掛けると、接客用にカスタムされている擬知体はこちらの呼び掛けに愛想よく応対した。担当する業務内容の都合上、サーチ機能と音声案内に特化したモデルなのだろう。機体から流れる合成音声は生きている人間そのもののように滑らかで淀みない。
「君がさっき会話をした男性客がいるだろう。白い髪に黒い服を着て、ピンク色の帽子を被った」
「はい、記憶しております」
「あの男性を見た一般人——特に女性かな? が抱く主な感想はなんだと予想できる?」
「予想というよりは本日分のパーク内記録映像などを分析した結果ではありますが……『かわいい』という評価が大部分を占めるかと」
予想通りの結果に僕は疑わしいと思う気持ちを隠さず、腕組みをして相手を追及した。
「いくら、小動物を模した帽子を被っているとはいえ、それを身に着けているのは一般的な体格をした成人男性だろう? それが何故かわいいという評価に繋がるのか理解できない」
「たしかに言語学的な視点で辞書に正式登録されている意味合いとは少々ズレが生じております。ただし、言葉は人間の生活と共にある以上、時間の経過につれ、自然と使われ方が変化したり、定義が広くなっていくものです。本来の意味から遠ざかって現代で使用されている単語も多々観測されております」
「じゃあ君の言う現代的な『かわいい』の定義を全て今ここであげてみせてよ」
僕がそう要求すると、少しの間検索結果を整理していたのだろう擬知体は、情報の精査を終えその結果を僕に提示した。
「現代で使用されている『かわいい』の意味は多岐に渡り、派生語も非常に多いです。その多種多様な使用例の中で貴方様とお連れ様の関係性からもっとも当てはまると思われる『かわいい』の定義は——相手を愛すべき大切な存在と認識し『いとおしい』と思う気持ちではないでしょうか」
予想外の結果に僕は咄嗟に言葉が出ず、黙って目を瞬いた。
「……よくパーク内のカメラ記録だけで僕達の関係性が分かったね」
「恋人か配偶者だという認識でおりましたが、誤りがございましたら申し訳ございません」
「いや、君の認識で合っている。僕の用は済んだからもう行ってくれて構わないよ。世話になったね」
僕が礼を述べると、引き続きお楽しみくださいと締めくくりの言葉を述べたのち礼儀正しく一礼をして擬知体は元の持ち場へと戻っていった。優秀なスタッフと入れ替わるように遠くからでも目立つショッキングピンクの帽子が僕の元へと近づいてくるのが見えた。両手に持った二つのストロー付きカップを気に掛ける様子を見せつつも、僕の元に戻ってくるレムナンはやはり駆け足だった。足を前に踏み出すたびに、風に乗ってパーカーの紐と一緒にふわふわ揺れている二つの耳がすこし間抜けだ。
「ラキオさん。お待たせしました。お水がなかったので冷たい烏龍茶にしたんですけど」
「大丈夫。ありがとう。それより飲み物を持ってる時くらい落ち着いて歩いたら? 転んでひっくり返しでもしたら目もあてらンないよ」
「えっ、僕早足でしたか?」
「早足どころか走ってきてるように見えたけど」
僕がそう指摘しながらレムナンの買ってきたドリンクの一つを彼の手から受け取ると、彼は自分の分のカップから伸びたストローを指先でいじりながら、照れ臭そうに返事した。
「む、無意識でした……。ラキオさんひとりにするとトラブルに巻き込まれやすいから心配で」
「勝手に僕のせいにしないでよ。だいたい、君が駆け足なのは今に限らずいつものことだからね」
「え、そうですっけ。自分では分からないものだなぁ……」
短い距離ではあるが走ったことで体温が上昇したのか、レムナンは被っていた帽子を外すとぱたぱたとそれで顔を仰ぎながらストローに口をつけた。真っ白なストローに僕が塗ってやったリップの色が移る。放っておいたら平気で皮が剥けるまで荒れた唇を放置するようなだらしのない相手だから、これを飲み終えたら僕がまた塗り直してやらなくちゃならない。
「……なんですか?」
僕の視線に気付いたレムナンが咥えていたストローから口を離して、僕の方へと顔を向けた。いつも通りこちらに向ける視線は角がなくまろやかだ。
「まぁ、そうだね。君はなかなか、かわいいと言ってもいいンじゃない」
言うだけ言って自分の分のお茶で喉を潤した僕がちらりと横目で彼の様子を窺うと、正気か? といった顔で僕の方を凝視していたのが笑いを誘った。もうとっくに正気じゃないんだから、この程度のことで驚かないでほしいものだ。
気まぐれにレムナンの手から彼の帽子を取りあげた僕はそれを自身の頭に被せると、彼と目を合わせて尋ねてやった。
「かわいい?」
途端に顔色をうさぎの目と同じ赤に変えた彼の様子は『かわいい』と称しても差し支えないかもしれない。そんな戯言を心中で零しつつ、僕は彼の顔色をからかうように笑った。