アニバーサリーギフト グリーゼ中枢部の中でも最も重要な機構が集中しているメイン船。その中の二階に位置する第一会議室では現在、とある打ち合わせが行われていた。長机三つをくっつけて作られたスペースには所狭しと物が並べられている。そのラインナップは様々で、指先でつまめるサイズのピンバッジから350ミリリットル用のマグカップ、はては一尺ほどの嵩がありそうな存在感あるフィギュアまで、ありとあらゆる雑貨が綺麗に陳列されていた。そこにあるものは一見何の関連性もないように思える品々であったが、それらはどれもがふたりの人物をイメージし作られたという点で共通していた。
「いかがでしょう? おふたりの率直なご意見を聞かせていただきたいです!」
ニコニコと妙に張り切った様子で一通り商品の紹介を終えた企画責任者の様相とは対照的に、この部屋へと呼び出された監修役二名の表情は険しかった。険しさの中には大きな困惑が見て取れる。
「……とりあえず、君を文化庁の重要ポストに置いた直属の上司の名前をあとで教えてもらおうかな」
「あの、確認なんですけど……。革命一周年記念で祝祭を開くのに、そこで販売するアニバーサリーギフトを開発したい……という話でしたよね」
「はい、仰る通りです!」
「えっと……それで何故、その商品に僕とラキオさんの姿が使われているんでしょうか」
戸惑いがちに指摘したレムナンの視線の先では、ホログラムで三次元映像を表示する小型のカード——いわゆる電子ブロマイドがレムナンとラキオの姿を360度どこからでも観察できるような形で、その場に映し出していた。二人の服装が普段着ではないことから察するに、恐らく新政府発足時に行われた記念式典の際の格好を参考に製作されたもののようだ。
「ラキオ様といえば中央広場に建てられた記念像からも分かる通り国内外問わずグリーゼ革命のシンボル的存在ですし、そのラキオ様の相棒として共に力を尽くしたレムナン様はヒーローじゃないですか。記念品のモチーフとしてこれ以上ない適役だと思うのですが」
「却下だよ却下」
「どれがですか?」
「全部に決まってるだろう」
「えぇ~っ!」
不満げな声を上げている彼女には悪いが、レムナンもラキオに全面同意の気持ちだった。グリーゼでの生活及び反政府運動の中でさまざまな経験を積み、公私ともにラキオとパートナーと呼べる関係を築いたレムナンは、今では人前でもずいぶん落ち着いた振る舞いができるようにはなった。そんな自身の成長については彼自身も自覚している。とはいうものの、レムナンには自分が商品化されることを良しとするほど自信家の気質はないのだった。
「必要以上に僕達を英雄として持ち上げないでほしいね。特にレムナンの方は表舞台に立つことは滅多に無いんだ。無闇矢鱈に顔を晒すようなことをすれば今の仕事にも影響が出ることくらい想像がつくだろう?」
「そうですね。折角ここまで用意してくれたところ申し訳ないですけど……すみません。ちょっとこれは、許可できません」
「大体こんな馬鹿らしい記念品でまだどこかに潜んでいるかもしれない旧政府派の連中を変に刺激して、暗殺を企てられるのはごめんだよ。折角人間の護衛を外していいと少し前許可が下りたばかりなのに」
はじめはあっさりと切り捨てられた事に対し、もの言いたげにしていた責任者も、意見を聞いているうちにその理由に納得がいったのか、気まずそうな顔で「そこまで思い至らず申し訳ございません」と二人に頭を下げた。
「試作段階とはいえ、よくもまぁ……こんなにたくさん作ったものだね。他にやることないの?」
「開発メンバーの中におふたりのファンが多くて……。ノリノリで作っていたら、つい盛り上がってしまいました」
「つい、ねぇ……」
モデル本人から指摘されたことで自覚したのか、気恥ずかしそうに視線を逸らしている彼女もきっと、そのファンのうちのひとりなのだろう。
「没になっても貰い手には困らなそうでよかったね」
「えっ……処分しなくてもよろしいのですか!?」
企画アイデアとして没にされた以上世間の目に触れる前に一斉処分を命じられるとばかり思っていた彼女の目が、希望を取り戻したかのようにキラキラと輝きだす。その顔を見て心底呆れたといったようにため息を吐きながらも「市場に出回らないなら身内で楽しむくらいは構わないよ」と許可を出したラキオの言葉に彼女は仕事中であることも忘れ、キャアと喜びの声をあげた。完全にただのファンの挙動だ。正直、レムナンとしては自分の姿がプリントされた物を他人に持たれること自体に抵抗感はあったものの、ラキオの方が了承してしまった以上、この程度は仕方がないかと今回だけは目を瞑ることにした。
「ありがとうございます! 全て大事にスタッフで使用させていただきます!」
「はいはい。グッズ改訂案を今週中には提出してね。僕たちも暇じゃないンだから」
「はい、この後早速取りかからせていただきます!!」
渾身の企画書が全没になったにしては生き生きとしている彼女を見て、レムナンは思わず表情を緩めた。ここまで喜んでくれるのなら、モデルにされた甲斐もあるというものだ。
「あ、そうだ。これだけは一点物なのでよろしければ。おふたりの家にでも飾ってください」
そう言って彼女がラキオに手渡したのは、二人の姿を模した陶器製のオルゴールだった。
***
「いったいどこの星の工芸品を参考にしたンだか。趣味を疑う……」
記念像と同じポーズで遠くを指差しているラキオの後ろを守るように、背中合わせとなったレムナンがその傍らに立っている。生まれたままの姿に装飾のない一枚の布を身体に巻き付けたふたりの像は、職人の手による丁寧な仕上げとモデルとなった人物の見目の好さが相まって、なにやら壮大な神話の一シーンを表しているようにさえ映った。ぜんまいを巻いた分だけくるくると回転しながら、高い音で同じメロディーを繰り返し奏でる、この世にひとつしか存在しないオルゴール。ラキオはまるで理解できないといった苦い顔で頬杖をついて、その様子を眺めていた。
「はは……。まぁ、でもデザインはともかく、出来はいいですよ、このオルゴール。音も綺麗に鳴りますし」
「そりゃあね、試作とはいえ粗悪品を僕の前に持ってくるほど彼らも愚かじゃないだろうさ。あぁ、よく見てみると君の人形もわりかし良くできているじゃないか。本物より美化されている気もするけど。君のこんな勇ましい顔見たことないよ」
「……ラキオさんも、この人形みたいに黙っていればただの美人さんなんですけどね」
「おや、そこまで言うなら試しに君の前で口を開くことをやめてみようか? どうせ沈黙に耐えきれなくなってすぐ降参を言い出すことは目に見えているけど」
「そうやってすぐに勝負を持ちかける癖やめた方がいいですよ」
ふたり暮らしも片手で数えられる年数を超えただけあって、レムナンがラキオの挑発をあしらうのも慣れたものだ。それでも、月に一度は小競り合いとも呼べない程度の言い争いが発生していることをこの家の擬知体には把握されているのだが。まぁ、それだけふたりが対等な関係を築けていることの証だろう。
「ラキオさん。一周年記念に広場の像にも服着せませんか」
「またその話か……懲りないね君も。大体君があまりにもうるさく言うから、定期的に布の服を着せ替えられてるじゃないか」
「あれじゃあ着替えさせる時に毎回裸見られちゃうじゃないですか。僕は像自体を着衣の状態に修正してほしいんです」
「簡単に言ってくれるけどね、手直しにしろ一から作るにしろ、相当な費用がかかるよ。それこそ君の給料三年……いや、もっとかな? 君が全額負担できるって言うなら僕は構わないけど」
「うっ……」
レムナンにもメカニックとして真面目にコツコツ働いてきた分の貯蓄はある。とはいえ、提示された金額には到底及ばない。ラキオから示された現実的な数字を前に、レムナンは力無く項垂れた。
「うぅ〜……。ラキオさんの分からず屋……目立ちたがり……派手好き……」
「あははっ! 八つ当たりで僕を罵倒するとはね。相変わらずいい度胸してるよ君」
レムナンがのろのろと顔をあげると、意外にもラキオが彼に向ける眼差しはやわらかなものだった。しょうがないな、そんな気持ちをのせたような表情でラキオはレムナンの顔を見つめている。二人の間ではテーブルの上に置かれたオルゴールが未だキラキラとした特徴的な音を奏で続けていた。
「君が何をそんなにこだわってるのか僕には分からないけど。少なくとも本物を見て触ることを許しているのは君だけだよ」
僕に選ばれて光栄だろう?
そんな心の声が聞こえてくるような告白だった。これを言われてレムナンが喜ぶと信じて疑わないラキオには、やはり彼とは違い自信家のきらいがあるのだろう。しかし、手のひらの上で転がされていると分かっていながらも毎度この手のやりとりで舞い上がってしまう時点で、既に勝負はついていた。
「……まいりました」
降参したレムナンがラキオの頬へと片手を添える。白旗を上げた彼に対し勝ち誇った笑みを浮かべたラキオは、慣れた様子で瞼を伏せて少し顔を傾けた。
二人の唇が離れる頃には、オルゴールはすっかり動きを止めていることだろう。