ブロカント「レムナン。作業ペースが通常時の八十パーセントまで落ちています。休息を取りますか?」
今日は各船を繋ぐ自動走行路の定期メンテナンスで地下へと潜る日だった。僕がこの国にやってきてから、そして擬知体を含む機械全般の整備士として働き始めてから、もう何度もこなしてきた仕事だ。それにも関わらず、いや、慣れている作業だからこそか、いつも僕の業務に同行してくれているサポート擬知体から集中力の欠如を指摘されてしまった。
「いえ……。いや、そう、ですね。昼休憩にしましょうか」
作業が丁度キリのいいところだったこともあり、彼女の提案に甘えることにした僕は工具箱を脇に避けて作業用のグローブを外すと、持ち込んだランチボックスからマッケンチーズをフォークでつついた。鮮温キープ機能のある優秀な容器のおかげで、チーズと胡椒をまとったマカロニとベーコンはフードプリンターから出てきたばかりの今朝と変わりない姿で湯気を立ちのぼらせている。食欲を刺激する濃厚なチーズのジャンクな香りは僕の好物に違いないのに、食事の手はなかなか進まなかった。
「はぁ……」
「悩み事ですか。私でよければ相談に乗りましょうか?」
最初の頃こそ業務連絡のみの最低限の会話しかしてくれなかった僕のアシスタントは、今ではその面影がないほどに雑談を好んでいる。隙間から内部に入り込んだ埃を取り除いてやるために彼女の中を開いた際、コミュニケーション能力を司る部分に制限がかけられていることに気付いてしまった僕は、こっそりとそのストッパーを解除した。一人には慣れているし人と関わることはなるべく避けたいが、仕事中ずっと一緒にいる擬知体とはせめてもう少し仲良くなれればと思ったのだ。制限から解き放たれた彼女は、僕との会話の中でどんどん新しい知識や思考を開拓し、日に日にお喋りがうまくなっているように感じる。そんな仕事仲間であり今や友人でもある彼女のことを僕は、後頭部に印字されたシリアルナンバーの末尾をとって「ゼロさん」と呼んでいた。
「ゼロさんも僕のこんな悩みを聞かされても困るだけだと思いますよ……」
「それは聞いてみないと分かりませんね。仮に私にその問題解決策が提示できなかったとしても、人間は悩みを他人に話すだけでも気分が晴れると聞いたことがあります。さぁ、どうぞ」
「僕を言いくるめるのが日に日にうまくなりますね……」
完全にこちらの話を聞く体制を取っているゼロさんを見て苦笑しつつも、僕はここ最近脳内の大半を占めている悩み事の経緯をぽつりぽつりと語りだした。
再来月で僕がグリーゼにやってきてから一年が経つ。もう一年も経つのかとも思うし、まだ一年も経っていないのかとも思う。僕にとってこの国での生活は驚きと衝撃の連続だった。そして、その生活にはいつも、行き場のなかった僕をこの国へと導いてくれたラキオさんが共にいた。というのも、入国審査の際に提出した僕の申請書と経歴書ではラキオさんと同エリアにある住居を得ることは難しく、その審査結果を聞いて慌てふためく僕を見かねて「……どうせ灰質以下クラスの居住船じゃ碌な暮らしはできないだろうしね。いいよ、僕の家に滞在したら? 余っている部屋もあることだし」と、ラキオさんが自分の家に来るよう誘ってくれたのだ。「家の中を汚したり、勝手に私物を動かしたりするようなことがあれば即刻追い出すから」とはじめに脅されたわりに僕は今でも同じ家に居候させてもらっている。一度、トマトジュースがたっぷり入ったカップを割って、白い床を真っ赤に汚してしまった時には追い出されることを覚悟したけれど、その時もラキオさんは僕に怪我の有無を確認して擬知体に掃除を命じた後「いつまでもボサッと突っ立ってないでその汚れた服着替えてきたら?」と言うだけだった。
そんな僕を家から追い出す機会を何度も見送ってきたラキオさんから、僕は先日とあるリストを渡された。一枚の紙に広い宇宙の方々に散らばる港の名前が複数列記されている。てっきり、僕らが出会ったルゥアンでの時のように、また研修旅行にでも出かけるのかなと呑気な感想を抱いていた僕にラキオさんは言った。
「君、そろそろ就労ビザの更新時期だろう? 期限切れで追い出される前にさっさと次の行き先を決めて出国申請を進めた方がいいよ。他星と比べてグリーゼは入るのも出るのも手続きが煩雑だからね」
その言葉を聞いて、もう一度紙に目を落として、ようやく僕は渡されたリストの意味を理解した。ラキオさんは僕にこの国を出るように促しているのだ、と。
「ど、どうして……そんなことを言うんですか。僕、今の暮らしに不満はありません。ビザだって、来月更新するつもりで……」
「不満はないって、それ本気で言ってるの? だとしたら君の感性は相当に鈍く乏しいんだね。そんなことではこの国で長生きするのは厳しいだろうから、さっさと出ていくことをおすすめするよ」
「……」
訳が、分からなかった。僕だって、グリーゼの抱えている問題や、特殊な価値観や国民性、自分の慣れ親しんできた一般文化がまるごと否定されるような社会構造にまったく戸惑いがなかったわけではない。でも、僕はこの人が生まれ育った国を好きになりたかったし、自分もこの地に少しでも馴染めればと努力を続けてきたつもりだ。グリーゼの基本コミュニケーションツールである概念伝達はとうとう身につかなかったけれど……。
「この国が有している科学や医学方面での技術力はたしかに世界に誇るべき財産だと思うよ。けれど、AI方面では規制が多く、人間に近い高度な思考回路を持つ擬知体の導入については全宇宙の中でも際立って慎重派だ。この国の擬知体は君の育ったカナン579にいた擬知体の知能レベルには遠く及ばないことだろう。人口密度が低い点や個人主義なところは君の性質ともマッチしているのかもしれないけど、総合的に判断すれば君にはもっと快適な環境がほかに存在するはずだ」
「……」
「まぁ、最終的に決めるのは君だけどね。僕は選択肢を与えたに過ぎない。どうせ自分じゃ何も考えていないだろうからと僕がわざわざ軍と関わりのない比較的治安の良い星系をピックアップしてあげたンだ。そのリストが無駄にならないことを願うよ」
それだけ言うとラキオさんはひらりと片手を振って、僕の返事を待たずに寝室へと戻ってしまった。消えた後ろ姿の残像を目で追いかけたまま、僕はしばらくの間その場で呆然としていた。
単に無駄を厭うというよりも、寄り道が生死に直結する超階級国家という環境に適応するためそうならざるをえなかったのだろうが、グリーゼ人は取捨選択の『捨』に一切迷いがない。よく言えば、何においても無駄がなく洗練されている。悪く言うなら、面白みがなく個性に乏しい。グリーゼ人のこの特徴は建造物や服装にもよく表れていた。そう思うと、ラキオさんはこの国に置ける異端者なのかもしれない。頭のてっぺんから爪の先までかの人のこだわりが詰まっている、一度見たら忘れられない強烈な印象を放つデコラティブなファッションはラキオさんが内に抱えている反骨精神のあらわれでもあるのだろうか。
それに音声による対話は嫌いと初対面時に愚痴をこぼしていたのにも関わらず、未だ概念伝達に馴染めずにいる僕相手に声と耳を使って会話を行ってくれるのも、ラキオさんが普通のグリーゼの人たちと違うことをよく示しているように思う。第一、きっとあの時D.Q.O.に乗っていたのがラキオさん以外のグリーゼ人だったら、僕がこの国についてくるようなこともなかっただろう。
「本当に、やさしい人なんです。ラキオさんは……。少なくとも、僕にとっては、ずっと」
その優しく聡明である恩人から『捨』側に振り分けられた僕はおとなしく提案に従い、この国を出るしかないのだろう。勿論正式な手続きを踏んでビザを更新すれば引き続き滞在することも可能だろうが、この国に招いてくれた人から拒まれている以上、意固地になって留まり続けるほどの理由も信念も僕にはない。だから、早く次の行き先を決めて、あの日以来ろくに会話ができていないラキオさんに世話になったとお礼を言いに行くべきだ。
頭では分かっていながらも、僕はラキオさんから渡された渡航先の候補リストとなかなか向き合えずにいた。珍しく手書きのペン字で綴られたいくつかの星系の名前を僕が見たのはそれを手渡されたあの晩が最後で、僕はその紙をなにかから隠すかのように衣装ケースの奥底へとしまいこんでいた。他でもない自分自身の目にいれないようにするための、ただの現実逃避だ。
「分かっているんです。早く、現実と向き合うべきだって」
今抱えている悩みをあらかた話し終えたところで、それまで黙っていたゼロさんが音声を発した。
「レムナンは何が嫌なのですか?」
「なにが、って」
「この国を離れることですか? 職を失うことですか?」
どちらも違う、と僕は即座に心の中で否定した。僕は、僕が嫌なのは……。
「問題の解決には問題の再定義が有効です」
「再定義?」
「レムナンはラキオサンに他国へ行くようにアドバイスされたことが嫌だった。レムナンが優しいと定義しているラキオサンはどうしてあなたが嫌がることをしたのでしょう?」
「それは……」
「相手の事情と自分の心情について、もう一度じっくり考えてみるといいかもしれません。もちろん考え事は家に帰ってからにしましょうね」
そう言って暗に休憩時間の終了を告げる優秀なアシスタントに、僕は頭があがらないなと表情をやわらげながら空になったランチボックスの蓋を閉じた。
***
ゼロさんから問題の再定義というアドバイスをもらってから二週間が経った。僕のビザが切れるまでいよいよ一か月を切っている。結局、僕は未だラキオさんとこの件について話し合えないまま、無情にも時間だけが経過していた。
とはいえ、僕もこの二週間の間何もしていなかったわけではなかった。この国を出るにしろ、出ないにしろ、ラキオさんがもう僕と一緒に暮らしていくつもりがないというのなら、僕はこの家を出て一人暮らしを始めなければいけない。元々荷物はそう多くはなかったものの、それでも十一か月も滞在していた僕の部屋は私物が散らばっている。不潔というわけではないが、整理整頓されているとは言い難い……雑然としている、と表現するのが適しているような、そんな部屋だ。綺麗すぎる場所は落ち着かないから多少散らかっていた方が居心地がいいのだと、過去僕の部屋にやってきたラキオさんに向けて言い訳を述べたら、理解できないと言わんばかりに肩をすくめられたことを思い出す。この家で交わされたラキオさんとのやりとりを振り返りながら、僕は部屋の片づけをした。服、ゲーム、機械のパーツ……。私物をひとつひとつ、いるものといらないものに分けていく。いざ荷物の整理を始めてみると、居心地のいい自室を構成していた物の多くは意外にも手離すのにさほど未練のない物だったんだなということに気付かされた。
そんな僕にも絶対に手離したくないと言えるものがいくつかある。愛用の工具たち。プレミア価格がついているレトロゲームの攻略本。
それから——
「懐かしいなぁ」
僕は机の片隅に飾っていた小瓶を手に取り、その中に入っているものを眺めた。照明に照らされて、つやりと表面を光らせる一片の羽根。極彩色のそれは僕のよく知る人物から譲り受けたものだった。
ちょうど半年前くらいだろうか。僕は仕事で訪れた低級船の片隅で珍しいものを見つけた。
「……花だ」
てっきりこの国には野生生物や草花の類は存在していないとばかり思っていたので、驚いた僕は道端に咲いたその小さな青い花を長いこと眺めていた。
「お兄さんその花、欲しいの?」
突然後ろから他人に話しかけられて肩が跳ねる。振り返るとそこには識別年齢五、六歳と見られる女の子が立っていた。耳元には例の全国民共通の概念伝達装置をつけているが、僕の方がヘッドフォンを身に着けていないせいか、わざわざ声をかけてくれたようだ。
「あの、この花って誰かが育てているものなんでしょうか……?」
「うぅん。雑草だと思うから気になるなら持っていってもいいと思うよ」
お兄さんさっきからずっとその花眺めてたもんねという言葉にやや気恥ずかしさを覚えながらも、僕はその見知らぬ少女に勧められるがまま、その花を摘んで家へと持ち帰った。そしてその晩、僕は持ち帰った花を花瓶代わりのグラスに飾り、食卓テーブルで何らかの資料に目を通しているラキオさんの前へと置いた。
「……何これ? どういうつもり?」
「えっと、あの……僕今日この国ではじめて生花を見て、ラキオさんにも見てほしいなと思って。あと、食事中もお花を飾っていたらラキオさんも少しは目に楽しいかな……と」
僕の主張を聞いてもなお片眉を上げ怪訝そうな表情で僕の顔と自分の前に置かれた小さな花を交互に見ていたラキオさんは、にわかに席から立ち上がると部屋から出て行ってしまった。何がそこまで気に障ったのだろうかと僕がひとり困惑していると、意外にもすぐにラキオさんは戻ってきた。
「はい」
「え?」
突然差し出されたその右手には一片の鮮やかな羽根が握られている。見覚えのある特徴的なカラーリングのその羽根はおそらく、いつもラキオさんの頭を飾っている帽子の一部だろうということがすぐに分かった。
「……えっと?」
「なに? 不満でもあるの?」
「いや、あの、ただこれはどういう意味なんだろう……って」
「一般的に個人間の贈答品には返礼が求められるものなンだろう? 生憎この国ではそんな文化自体存在しないけど、君が花を贈ってきたからにはなにかお返しが必要なんだと思って僕の一部を差し出したまでさ。悪かったね、君の好きな食べ物でもゲームでも機械でもないつまらない贈り物で」
そこまで聞いて、今、自分に向かって差し出されている羽根がラキオさんからのプレゼントなのだということに気付いた僕は、引っ込まれる寸前だった手をしかと掴んで慌ててその羽根をもぎ取った。
「つまらなくなんかありません! ありがとうございます、あの、大切にします……っ!」
「……帽子から抜き取った羽根ひとつで興奮するなんて、君、相当気持ち悪いよ」
そんなやりとりを経てラキオさんから受け取った羽根を僕は宣言通り大切に飾り、時折それを手にとっては眺めていたのだった。
***
その日、予定していたよりも早く担当案件の業務を完了させた僕は、定時より前に仕事を終えることができ、珍しくラキオさんよりも一足早く帰宅していた。夕飯の時間帯までまだ時間に余裕がある。先にシャワーを済ませてしまおうか、それともこの機会に積みゲーの一つに手を付けてみるかと脳内で今晩の予定を練りながら、僕はひとまず汚れた作業着を着替えるために自室に向かい、新しい着替えを掴んだところでふと違和感に気付いた。
「……ない」
いつも机の定位置に飾っている、羽根の入った小瓶がなくなっている。僕は慌てて机の上やその横の棚、ベッドの下まで這いつくばって部屋中を探し回ったが、いくら目を凝らしても小瓶は見つからなかった。額には冷や汗が滲み、焦りから心拍数が増しているのを感じる。最後に羽根を見たのはいつだった? 少なくとも三日前には小瓶を手に取って眺めた記憶があるけれど、その後の二日間については記憶があいまいだ。一昨日から昨日にかけての自分の行動を思い返していた僕はハッと目を見開いた。
二日前、ゴミ袋を机と棚の間のスペースに広げて、その中に先日仕分けた不要品を詰めた。そして昨夜、僕はゴミ袋の口を閉じ、居住船に併設しているゴミステーションへとそれを持ち込んだ。……何らかの拍子で机から落ちた小瓶がその中に混じってしまった可能性は十分にあり得る。
機械部品系統のリサイクルゴミの回収時刻は本日十九時。改めて今日仕事を早く上がれたことに感謝しながら、僕は急いで玄関を出るとゴミステーションへと駆け下りていった。
普段利用しているゴミの投入口とは反対に位置している関係者専用入り口のドアを開いた僕はそっと中を覗いた。流石に機械ゴミを出すような人間は数が限られているのか、捨てられていたゴミは僕が昨日投入したゴミ袋一つきりだった。慌てて駆け寄り袋の口を開いて中を確認する。ガチャガチャとしたパーツや金属片の間から、見慣れた青が目に入った時、僕は安堵の息を吐いた。
「よかった……」
一緒に入っていた金属に擦られたのだろう、小瓶には小さな傷がいくつかついていたが、中の羽根は相変わらず華やかで凛とした存在感を放っていた。僕は小瓶を近くに避けて、その他のゴミをもう一度中に収めなおすと袋の口を閉じた。大事な回収物をもう二度と離さないようしっかりと片手で握りしめ、僕は入ってきた時と同じドアから外へ出ようとした、のだが——
「あ、あれ?」
いくら手に力を加えてみても、ドアノブはロックされてしまったようにちっとも動かない。何故? まさかこんなところまでオートロックだとでもいうのだろうか。いやでも、入るときは普通に開いたのに、なんで出るときだけ……⁉
しばらくの間、固く閉ざされた一つきりの出入口と格闘していた僕は、もうじきにゴミの回収のために擬知体がやってくるだろうということに気が付いて、その時に一緒に出ればいいか、と自力での脱出は早々に諦め大人しくその場で助けを待つことにした。
時計も携帯端末も持っていないから正確な時間経過は分からないけれど、体感で三十分ほど経過した頃だろうか。先ほどうんともすんとも言わなかったドアがあっさりと外側から開いた。あ、と慌てて立ち上がった僕を出迎えたのはゴミ回収担当の擬知体ではなく、呆れた顔をしたラキオさんだった。
「君はこんなところで何をしているのかな」
「あはは……。すみません、ちょっと……閉じ込められていました」
「……白質市民の居住船は窃盗対策で家主以外が何かを持ち出すとロックがかかって、住民全員に通達がいくようになっているンだよ。もちろんそのルールはゴミステーションも含まれている」
「えっ」
「改めて聞くけど、君はこんなところから一体何を持ち出そうとしていたのかな」
呆れを通り越して若干の軽蔑の色すら顔に浮かべはじめたラキオさんを前にして、僕は恐る恐る手の中に握ったままのそれを相手の見える位置に掲げた。
「あの、昨晩僕が出したゴミに混じってしまったみたい、で。その、さっき気付いて慌てて回収しにきたんです。ロックの件は知らなかったので……すみません」
顔を上げられず、地面を見つめながら相手の反応を待つ僕に対して、ラキオさんが寄越したのは説教でも罵倒の言葉でもなく「早くそこから出てきたら?」という一言だけだった。
ゴミステーションを出て、ラキオさんに促されるがままにシャワーを浴びて、自室へと戻った僕は一枚の紙を片手にラキオさんのいるリビングへとやってきた。
「あの、ラキオさん」
「なに?」
「これ、お返しします」
僕が机の上に置いた紙を見て、ラキオさんの眉がぴくりと動く。その紙は一か月前ラキオさんが僕に与えてくれた移住先候補の書かれたリストだった。
「……ようやく行き先を決めたのかい? 随分長いこと考えていたんだね」
「はい。僕はグリーゼに留まると決めました」
僕の宣言を聞いたラキオさんはその意図を探るかのように厳しい目つきで僕を見た。
「……どういうつもり?」
「たしかに、貴方の言う通り僕にはもっと適した他の星があるのかもしれません。でも、その星がどれだけ快適で居心地がよい場所でも、そんなことには意味がないんです」
「何を言って……」
「ラキオさんと会えなくなるのも、話せなくなるのも、僕は嫌です。だから、僕はこの国を出ていきません」
僕の持つ青い羽根と似た色をしたその人の眼をしっかり真正面から見据えながら僕は自分の意思を伝えきった。目の前の人物は、不意打ちに合った猫のように目を見開いて、その後眉間に皺を寄せ、歪に笑った。
「はッ、そんなことが理由になるもんか。大体僕との交流を続けたいというのなら、他星に行っても通信だってなんだって手段はいくらでもあるだろうに」
「それはラキオさんが応じてくれれば、の場合でしょう。それに、対面で接さないと分からないことも多いんです。ラキオさんは特に言葉だけじゃ分かりづらい部分がありますし……」
「あン?」
「もし、僕が一緒に暮らすことが貴方の負担になっているなら、家は別のところを探します。だから……」
この国に残ることを認めてくださいと続ける前にラキオさんがもういいと僕の言葉を遮った。片手でくしゃりと前髪をかき上げたラキオさんはなんだか複雑そうな面持ちでふぅと長い息を吐きだした。
「こんな筈じゃなかったのに……君は本当に想定外の塊だな」
「え?」
「いいかい、レムナン。君がここに残ると決めた以上、もはや君を無関係で通すのは不可能だ」
「はぁ」
「よく聞いて。レムナン。僕はね、これからこの国に革命を起こすよ」
「革命……ですか?」
「そう、国を相手に大きな戦を仕掛けるんだ。最高にゾクゾクするだろう?」
不敵な笑みを浮かべるラキオさんはとんでもないことを言っているに違いないのに、この人が言うなら革命とやらはきっと成し遂げられるのだろうし、そんな大きな秘密を打ち明けられた以上僕はそれを支えずにはいられないのだろうなというところまで未来が見えてしまった。それと同時に僕はこの人にとって選びとるに値する存在となれたのだろうかという疑問が一瞬脳裏によぎったけれど、そんなつまらない考えを振り払うと、僕はご機嫌に今後の展望を語るラキオさんの声を聞きながら、明日早速ビザの更新に行こうと決意を固めたのだった。