The ghost sleep somewhere 2 ラキオとの連絡が途絶えたその日、政府高官の呼び出しに応じたラキオは中央船へと赴いていた。革命軍側の狙いとしては、事前に収集した役職持ちの官僚たちの弱みとなりうる不正の証拠データと引き換えに、まずは灰質市民の移動制限の撤廃、および打ち上げ処分対象となる肉塊市民の年齢の引き上げを要求する予定であった。2割の白質市民、5割の灰質市民、3割の肉塊市民で構成されているグリーゼにおいて、革命の賛同者を増やすためにはまず灰質市民と肉塊市民を味方につけることが重要だ。そのためにも今回の会談では最低どちらか一方の要件だけでも相手方に飲ませる必要があった。そのような重要な話し合いの場にひとりで向かうというラキオに、当然レムナンは何かあったらどうするんですかと反対した。
「そうは言っても相手側の提示してきた条件が、代表者一名のみの出頭なンだから仕方ないじゃないか。それとも僕より弁が立つという自信があるなら、君が代わりに一人で行って話をつけてきてくれる?」
自分の数倍頭の回転が速く能弁なラキオにそう言われてしまっては、元来口下手な自覚があるレムナンはそれ以上言い返すことができず、悔し気に奥歯を噛むしかなかった。
そんなわけで妥協案としてラキオを中央船の入り口まで送り届け、その後はラキオからの緊急信号が飛んできたときに備え近くの建物で控えていたレムナンだったが、結局ラキオからの合図が飛んでくることはなく、代わりに本部の仲間を経由して受信したのが『ラキオが突然いなくなった』という情報だった。
「これが僕達の方で分かっていることです」
『本当に何も分かっていないンだね』
「そうですよ。だから貴方の記憶が頼りなんです。なにか、覚えていることはありませんか?」
『そう言われてもね……』
受付で擬知体による身体検査と身分認証を済ませ入館したラキオを出迎えたのは、暗い色の長髪を後ろに撫でつけたオールバックの男性職員だった。仮に名前をAとしよう。中央政府職員という立場を証明する上下白の制服に身を包んだAはニコリともせず「こちらへ」と概念伝達でこれから会場まで案内することを伝えると、すぐにカツカツと長い廊下を進みだした。後続のラキオを気にかける様子もなく、Aがずんずんと自分のペースで歩みを進めるものだから、身長差の関係でふたりの間には既に結構な距離ができている。向こうは今のところラキオのことを客人とも、対等な取引相手とも考えておらず、ただの厄介者程度に捉えているらしい。
(だからといってこちらが合わせてやる義理はないけどね)
相手の横柄な態度を見てフンと鼻を鳴らしたラキオは、対して急ぐ様子も見せず、いつものペースで細いヒールをコツリコツリと鳴らしながら、Aの随分後ろをついて歩いた。そうして代わり映えのない内装を眺めながら足を動かすのにも飽きてきた頃、角を曲がった先でラキオは誰かとぶつかった。はじめはそれがAかと思ったが、今思えば同じ制服を着ていたものの背格好からして別人だったのだろう。文句の一つでも言ってやろうと顔をあげようとした瞬間——もうラキオの意識は途絶えていた。
「絶対にそのぶつかった相手が犯人じゃないですか! なにか、覚えていないんですか。顔とか、声とか……っ」
まだ見ぬ犯人を想像し、怒りで毛を逆立てているレムナンに対し、ラキオは呆れたように肩をすくめてみせた。
『覚えていないから困ってるンじゃないか。まぁ、その犯人をBとするとして、少なくとも今回のことはBの独断もしくはBと仲間の少数派閥による凶行なンじゃないの』
「どうしてそんなことが言えるんですか? 元々、会合相手が仕掛けた罠だったかもしれないのに……!」
『落ち着きなよ。だって、もし最初から僕に危害を加えるつもりで呼び出したのなら、移動中に襲うなんて面倒な真似する必要ないだろう? 歴戦の戦士が相手なわけでもあるまいし。会場で席について油断しているところを狙うなり、提供する水に毒を盛るなりすればいい』
「……まぁ、その通りかもしれませんけど」
『つまり、だ。今回の話し合いがうまくいって、僕らが握っている証拠データが向こうの手に渡ることをよく思っていない連中が相手の中に紛れていたということさ』
「えぇと……Bは不正を働いていた張本人だと?」
『その可能性は高いだろうね。あちらにデータが渡れば、当然情報の当否については精査され、容疑者には尋問も行われることだろう。そうなれば一気に身分の二段階降格となってもおかしくない』
「肉塊市民に……」
『この場合自業自得だと思うけどね。だけど、彼はどうしても自分のしでかした過ちを認めたくなかったようだ……僕ごと証拠を消してしまう程度には。実に生き汚くて人間臭い。このグリーゼにもまだそんな人間が存在していたなンてね! ある意味感動したよ』
「生き生きと皮肉ばかり唱えないでください……」
鳥から発せられるラキオの言葉は機械特有の感情がのっていない平坦な音声データのはずなのに、生き生きと紡がれる長台詞の裏にラキオのアハハという笑い声を聞いた気がして、こんなときにまでこの人は……とレムナンは苦笑を溢した。
『君も既に分かっているとは思うけれど、僕は、おそらく既に殺されている』
あっさりと告げられたその言葉に、レムナンは思わずヒュッと息を呑んだ。
「そ、れは……まだ、分からないじゃないですか」
『だってそうじゃなきゃ僕が今こうなっていることの説明がつかないだろう。肉体が既に機能を停止しているからこそ、器を無くした魂が独立して彷徨っているンじゃないの? 死後の世界については僕の専門外だから仮説でしかないけどね』
「で、でも……。あ、肉体の機能停止という意味ならコールドスリープは⁉ その可能性もあるんじゃないでしょうか……!」
『何のために? Bは僕の持つ証拠データを消したいがために奇襲まで仕掛けたんだよ。コールドスリープなンてする意味ある?』
「……」
今度こそレムナンは黙るしかなかった。ラキオの死を否定したい気持ちは山々だが、言い返す言葉が見つからないのだ。当人が妙に冷静で落ち着いていることも、レムナンをイラつかせた。
『……僕の死を信じるも信じないも自由だけど、とにかく、だ。革命軍として今最優先で行うべきは僕の肉体の奪還だよ』
「肉体の奪還……」
『あぁ。君は他所から来たから知らないかもしれないけど、グリーゼでは死んだ脳から情報抽出が行われることがあるンだ。優秀な成績を収めた白質市民や、逆に国に対して反撥心を持っている可能性が高い国民なんかは対象になりやすいと言われている。僕の場合はどちらにも当てはまるかな』
「……偉そうに認めることじゃないと思います。でも、ラキオさんを連れ去ったBが貴方をどこかに隠しているのなら、情報抽出なんて行われないんじゃないですか?」
『いや、内部犯行だと発覚するまでにそう時間はかからないだろう。そうなれば、A達は必死で僕を探し出そうとするだろうね。相手が死亡しているのならもう僕らとの交渉に応じる必要もない、不正の証拠も取り返せるし、おまけに脳から情報抽出ができれば近頃勢力を増してきている反政府組織のアジトや作戦を暴くこともできるかもしれない。発見時に僕が生きていたら生きていたで自分達は犯人のBとは無関係だとアピールできる』
「そ、そんな……勝手な!」
『はなから分かっていたことだろう? 国民の人権を認めず、その分全ての権力を占有して国を動かしてきた独裁者どもの感性がまともなはずないんだよ』
冷めた言い方をするラキオの言葉に、彼がこれまで育ってきた過酷な環境を垣間見た気がしてレムナンは複雑そうに表情を歪めた。
『とはいえ、元から団結力なんて皆無だと思ってはいたけれど、それでも一応組織としての体裁を保つ程度の統率は取れているのかと思いきや、どうやら彼らも一枚岩ではないようだね。団結という点でいえば寄せ集めのはずのうちの隊員たちの方がよほど優秀なンじゃない?』
「あの、ちなみになんですが……その、脳の情報抽出をされた人達はその後どういう扱いを受けるんでしょうか……? 国の方で埋葬してもらえたり、するんですか?」
『はぁ? まさか! 使える臓器や体液なんかは医療班にまわされて、残りの肉や骨は溶かされて実験に有効活用されるよ。あぁ、容姿が特に整っている個体は屍体愛好を拗らせた異星の変態に高値で売られたりすることもあるかもね』
機械音声がつらつらと述べるグロテスクな真実にレムナンは顔を青くした。特に後半の可能性については自身の経験と重ね合わせてしまう部分があったのか、口元を手で押さえうっとえずくほどだった。
『あぁ、君のトラウマを刺激するつもりはなかったんだ。忘れてくれ。まったく、今の僕は背中をさする事もできないんだから……ひとりで立ち直ってよレムナン』
「す、すみません……うぷ。だ、大丈夫、です。それで……こちらの情報が相手の手に渡らないためにもAより先にラキオさんの身体を見つけ出す必要があるんですね」
『そう。死んだ脳からの情報抽出と解析にかかる時間はおよそ三日だ。明後日までには僕を取り返すよ』
「えぇ。明後日と言わず、今すぐにでも」
『鏡を見てから言ったら? レムナン、君、顔色が相当酷いよ。何か食べてシャワーを浴びて数時間でも睡眠をとるといい』
「でも、その間にもラキオさんが……」
『あぁ、もうだから最低三日間は僕が売られたりバラされる心配はないだろうから落ち着きなよ。リーダーの君が冷静でないと、指示を待っている他の隊員たちにまで混乱が伝播するだろう』
その言葉にレムナンはハッとした。そうだ、自分は他でもないラキオから革命軍のリーダーという大役を任されているのだ。ここで倒れるわけにはいかない。
「じゃあ、お言葉に甘えて……三時間だけ仮眠してきます」
『あぁ、おやすみ』
「おやすみなさい、ラキオさん」
+++
ラキオに言われた通り、エナジーバーとサプリで簡単に栄養補給をして、シャワーと歯磨きを手早く済ませてからベッドへと潜り込んだレムナンは予定通り約三時間後に目を覚ました。久しぶりに一人で使うベッドは妙に広く感じられて、いつもは隣にあるぬくもりや規則正しい寝息がないことをつい意識してしまい、なかなか寝付くことができなかったため、実際の睡眠時間は二時間弱といったところだ。顔を洗い、いつもの服に着替えてからレムナンはリビングの扉をくぐった。
「おはようございます、ラキオさん」
『おはよう、レムナン』
鳥型のラジコンが朝の挨拶と共に自分の名を呼んでくれたことにレムナンはほっと胸をなでおろした。(朝になってラキオさんがまた消えていたらどうしよう)と内心不安で仕方なかったのだ。
『ちゃんと栄養摂取と身体の洗浄はした?』
「はい、大丈夫です。では早速始めましょうか。ラキオさんの身体探しを」
まずはBの身元を特定するところから始めましょう、と、レムナンはメインモニターを起動させるとなにやら長々とコードを打ち込んだ。
『何しようとしてるの?』
「中央船の監視カメラデータを見せてもらえるよう擬知体に交渉しています。あ、昨日一日分のデータならすぐ閲覧できそうです」
『……相変わらず君のハッキングスキルはなかなかのものだね。この先転職するならハッカーも選択肢に加えてみたら?』
「僕は擬知体の皆さんと仲良くさせていただいているだけで……。僕を犯罪者に仕立て上げようとするのはやめてください」
『実際のところ僕らは国家反逆罪一歩手前のお尋ね者だけどね』
ラキオの言葉は聞こえないフリをして、レムナンは淡々と昨日の日付のアイコンが並ぶ画面から、ラキオが入館した頃の時間帯のデータを選択し再生を指示した。白く長い廊下を画面の奥から手前に向かい、オールバックの男性職員が歩いている。
『彼がAだよ。最初僕を案内していた人物だ』
レムナンの後ろから画面を覗き込みながら、鳥の口を通じてラキオがそう補足する。間もなくして奥から現れた特徴的な羽根製の帽子がふわふわと揺れている様をカメラが捉えた。
「あ、ラキオさんもいました。……歩くの、遅いですね」
『うるさいな。わざとだよ』
ふたりが黙々と長い廊下を移動する様子を数台のカメラを早送りで切り替えつつ目で追っていたレムナンだったが、数分後に「あ」と声をあげて一時停止のボタンを押した。
「ここ、ですね。たぶんラキオさんが囚われた曲がり角。ちょうど死角になっていて犯人の顔は映っていませんけど……」
『あぁ、ここで間違いないよ。足だけ映ってるね。中央船の監視カメラに死角があるなンてことあるはずがないから、Bが直前に調整したンだろう。突発的犯行かと思いきや意外にも計画的だ』
「うぅん、監視カメラデータを元に追跡を進めるつもりでいたので、別の方法を考えないといけませんね……」
『せめて識別タグが機能していればね……。当然のことだけど、タグ管理側の国家権力者たちがこの状況で切断忘れなンてヘマをするワケないか』
「……あっ」
ラキオの独り言を聞いて、再度声をあげたレムナンに今度はなに? と代弁者である鳥がレムナンに早く言うように答えを促した。
「あの、今のを聞いて思い出したんですけど……タグの代わりになるもの、あります」
『あン?』
「ほら、前に捕まったラキオさんが僕の助けを待たずに勝手に脱出して、概念伝達も無線も使えずになかなか合流できなくて……」
『あぁ……思い出したよ。そんなこともあったね』
革命軍として活動している以上、国を敵にまわすのはもちろんのこと、ときには一部の国民からも余計なことをして今の平穏を壊してくれるなと危害を加えられることもある。レムナンが言っているのは、その中でもタチの悪い元知り合いの白質市民から恨みを買ったラキオが拉致された一件だ。あの時は捕まったことや脅されたことそのものよりも、手ぶらでなんとか逃げ出した後現在地が分からずとりあえず路地で身を潜めて体を休ませていたら、しらみつぶしに船中を探しまわりでもしたのか目を血走らせながら肩で息をしているレムナンに見つかって「勝手な行動をとらないでください」と近距離で凄まれたことの方がよほど恐ろしかった。
『君ってば無茶苦茶だよね。まさか数百年前に使用されていたペット迷子防止用の粗末なチップを僕の耳たぶに埋め込むなンて! 今時こんなの小動物相手でも使われているのは見たことがないよ。グリーゼじゃ動物は飼育されていないけれど』
「仕方ないじゃないですか。グリーゼの身体検査ゲート判断基準が厳しいんですから、最近のものを勝手に身体に入れたら反応される可能性が高いですし。僕だって同じものを入れたんですから我慢してください」
(レムナンの希望でチップを埋め込まれたのに、なぜ僕の方が我が儘を言っているような扱いをされなきゃならないンだ)
ラキオは不満を覚えたが、いつまでも文句を言って時間を浪費するワケにもいかず、ムスリと口先を尖らせたまま一度はキーボードに添えた手をこらえるようにおろした。
「あ、よかった。チップまだ生きてるみたいです。これで現在地が割り出せますよ」
『ふぅん、よかったじゃない。君が極度の心配性で救われたね』
「なんか言い方に棘がありません……?」
少し機嫌を損ねているようなラキオの態度に首を傾げながらも、レムナンはラキオに埋め込まれたチップの追跡画面をモニターに映し出した。
「ここ……どこか分かりますか?」
『7階建てで3階部分に隣につながる連絡橋がある。……ということは第二医療船だね』
地名もなにもない、ただ地形と建造物のみを反映させた簡素なマップを見ただけで場所を特定してみせたラキオにレムナンは流石ですねと称賛の言葉を送りつつ、チップの現在地点を示す赤いマークの周辺を拡大させた。
「6階、の……一番東ですね」
『船の案内図を表示して』
ラキオの指示を受け、レムナンは追跡画面の横にビルのマップを並べて表示させる。6階の該当箇所を照合すると、その部屋は……。
「……医療待機室?」
聞きなれない単語に疑問符を浮かべているレムナンにラキオが説明を加える。
『現代医療じゃ治療しきれない病やすぐにマッチングする臓器が見つからなかった患者の一部は、治療を受けられるようになるまでコールドスリープを希望するンだ。まぁ、維持費や管理費が馬鹿にならないから、この方法を取れるのは白質市民の中でも経済的にかなり余裕がある者に限られるけどね』
つらつらとレムナン相手に説明の言葉を打ち込みながら、それにしても妙だな……とラキオは首をひねった。どうしてBは死体をこんなところに? たしかにスリープポッドに詰め込んで、他のポッドの中に紛れ込ませてしまえばそう簡単にバレないだろうとは思うけれど。医療関係者と繋がりがあって医療船を隠し場所に選んだのであれば、遺体安置所の方がずっと隠し場所に適しているはずだ。何故わざわざ医療待機室に?
「ラキオさん?」
『あぁ、うん。聞いてるよ。入館証の偽造なんてそううまくいくかな』
「何度も使うものではありませんから、一度目を欺けさえすればいいんです。なんとかします」
『そう。でも運がよかったね』
革命軍隊員の中に医療事故の罪をなすりつけられて失職したという元医師がいるのは僥倖だった。彼に事情を話せば偽造と潜入の手助けをしてくれることだろう。
『医療従事者として潜入するならそのぼさぼさ頭もなンとかしないとね』
「えっ」
半日後、元医師の彼から借りた白衣に身を包み、首から偽の入館証をつりさげて、普段は無造作にふわふわと跳ねまくっている特徴的な癖っ毛をラキオの私物のヘアアイロンと整髪剤を借りてどうにかストレートにまとめ、仕上げに野暮ったい伊達メガネをかけたレムナンは見事別人に成りすますことに成功していた。変身後の彼を見たラキオの反応はといえば、先ほどから笑いが止まらないようで、それでも一応自分と組織のために危険な潜入任務を引き受けてくれた彼に対して悪いという気持ちも僅かばかりあるのか、口元を片手でおさえプルプルと身体を震わせている。
「……変じゃないですか、僕。見た目で疑われないでしょうか」
『うん。……似合ってる、と思うよ』
「さっきより入力ペースが遅いのはなんでですかラキオさん。今絶対僕を見て笑ってるでしょう……⁉」
『わらってない』