Be together as one 資源が尽き未来がないとされていたとある惑星から、最新鋭の技術を駆使し作り上げた宇宙船で脱出した知識人の集まり——グリーゼ船団国家。新興国として独立して以来長年続いてきた旧支配体制が打ち捨てられた新制グリーゼでは、近頃、とあるサービスが流行り始めていた。
「リーダー聞いてくださいよ。俺、今度、弟に会いに行くんすよ」
「え。弟さん、いたんですね……?」
「はは。俺も最近知ったばっかで」
どういうことかと不思議そうな顔をする革命軍の元上司を相手に、元隊員の彼は少し照れ臭そうに笑った。
「最近流行ってるんすよ。血縁上の家族と引き合わせてくれるマッチングサービス。俺達は生まれた瞬間から国から厳重に管理されてきたから、親の顔もろくに知らないのが普通で。まぁ……でも、その管理体制が崩れたとなったら、やっぱり気になるじゃないっすか。自分と繋がりのある身内って奴が」
「そう、だったんですね。……いいことだと思います。弟さんの方も、きっと会えるのを楽しみにしてるんじゃないですか」
「そうだといいなぁ。ちょい緊張もしてるんすけどね」
はじめて会う兄弟と何を話そうかとそわそわと落ち着かない様子でネットの海から話題になりそうなニュースを検索している元部下を横目に、レムナンはグリーゼで生まれ育った人々の中でも彼にとって最も身近な人物の姿を思い浮かべていた。
(ラキオさんも……自分の家族に会いたいと思ったりするんだろうか)
レムナンの抱いた疑問はその晩あっさりと答えが見つかった。帰宅後、ふたりの暮らす居住船へと届けられた郵便物の中にレムナンは見慣れないコバルトブルーの封筒を見つけた。宛名はラキオの名になっていて、差出人欄には●●調査事務所と印字がある。昼間に話題にしたばかりの例のマッチングサービスを提供している民間企業の名前だった。
「ラキオさん。これ……」
レムナンが青い封筒を差し出すと、特に動揺する様子もなく「ありがとう」とそれを受け取ったラキオはピリリと封筒の口を切って、三つ折りになっていた数枚の書類に目を通しだした。少しの間を置いて、ふぅと小さく息を吐きだしたラキオはもう興味が尽きたとでも言うように、パサリと紙の束を机の上に投げ出した。その間、レムナンはその場を去ることもできず、かと言って何と声をかけていいのかも分からずに、ただすぐ傍で立ち尽くしてラキオの動向を見守るばかりだった。そんなレムナンの様子に気付いていたのか、顔を上げたラキオは先ほどまで眺めていた書類を指差し、彼に言った。
「気になるなら見てもいいよ」
「え? でも……ラキオさんの個人的な情報が含まれているんじゃないんですか」
「なんだ、知っていたのか。ま、最近巷で話題になっているようだし、君の耳に入るのも当然か」
「えっと、それで……ラキオさんも会うことにしたんですか? 自分の、家族に」
知ることを至上の喜びとしているラキオが自身のルーツを知ろうとするのは自然な流れだ。もし、血族と対面したラキオが今後彼らと共に生きていく道を選んだとしても、レムナンにはその決断を責めることも、引き留めることもできそうにない。だから、せめて今後どうするのか、どうしたいのかはラキオ自身の口から聞きたかった。
「会わないよ。……いや、正確に言うなら『会えない』か」
意を決して尋ねたレムナンの覚悟とは裏腹に、ラキオの返答は随分とそっけなかった。その声にはどこかうんざりとした、退屈を厭うような感情すら滲んでいるようにさえ聞こえた。
「……会えない?」
「一応所在地くらいは知っておこうかと書面調査を依頼したけど、僕の遺伝子提供者の二人は既に存在していなかったよ。仮に存命していたとしても今更会うつもりはなかったから、何も問題ないけどね」
なんと言葉を返せばいいか分からず、つい癖でレムナンが視線を下に落とすと、印刷面を表にしたまま机の上に放置されていた報告書の一番上、小さく載っている横並びの顔写真と目が合った。女性の瞳は光を照り返し煌めく海を閉じ込めたピーコックブルー。男性の髪はレムナンより少し短いくらいの長さだったがそれでも分かる程度に顔のまわりでくるくると柔くカールしていた。(あぁ、この人たちがラキオさんと同じ血が流れている人間なんだな)と、レムナンが一目見て分かる程度に容貌の整ったふたりだった。
「残念、ですね。せっかく、家族のことが知れたのに」
「どうだろう。正直、よく分からない。今までなくて当然だったものが突然現れたところで、だから何? という感じだし。僕自身になにか影響を及ぼすわけでもあるまいし」
「寂しいとか、思いませんか?」
「寂しい……?」
カナン579にいる家族や友人のことを思い出すたび、時折胸を襲う感傷を思い出しながらレムナンはラキオを気遣う言葉をかけたが、当の本人はちっともピンと来ていない様子であった。
「生憎と、僕はその手の感情を覚えたことがないからね。君みたいに自身の境遇を前に悲嘆に暮れる趣味もないしさ」
「……一言余計なんですよ、貴方はいつも」
レムナンが恨めしそうな視線を向けると、ラキオはハハッと生意気に笑った。本人の言う通り、ラキオの様子はいつも通りで、そこには肉親を亡くした悲しみや孤独さといったような負の感情は何も見受けられなかった。そのことが却って、ラキオがこれまで一人きりで歩んできた二十年余りの人生を彷彿させて、レムナンの胸をわずかに苦しくさせた。
「ラキオさんには、僕がついていますから」
「……なんだい、急に。この流れでそれを言うっていうのは、君——まさか、僕と家族になりたいの?」
不意に生じた胸のつかえを解消するために、自然と自分の内側から溢れ出た言葉だった。その台詞をラキオに思わぬ方向で受け取られたことに気付いたレムナンは、慌てふためきながら弁解するためにラキオの隣へと腰掛けた。
「ちがっ! 違くて……!」
「君も既に知っている通り、グリーゼ人はこれまでずっと国から個で管理されて生活してきたから、他人と家族になるための婚姻制度も養子縁組制度もないよ。勿論これから新制度や新法の導入は検討されていくだろうけど、少なくとも今すぐにできることはないね」
「あの、ちが……そうじゃなくて。そういう、仕組みとか、それ以前の……あの……」
モゴモゴと言葉尻を濁しながら、理由を含まない曖昧な反論らしき言葉を繰り返すだけのレムナンに、少し苛立った様子でラキオは片眉を歪めた。
「なに? ハッキリ言ってくれない?」
「……ずっと、一緒にいましょうって、ただそう、伝えたかっただけなんです」
ようやっと主張の核を曝け出したのち、最後にすみませんと謝罪の言葉を付け足したレムナンにラキオは怪訝そうな顔をした。
「なぜ謝るンだい? 空っぽの謝罪ならいらないよ。癖になっているなら早めに直した方がいい」
「あぁ、えぇ。……はい」
「それはそうと……そうか。そういうことは普通口に出して宣言する必要があるものなのか」
「え?」
レムナンがラキオの方を向き直すと、ラキオは自分の顎に片手を添えて考えを巡らすように視線を宙に彷徨わせていた。
「いや……、言うまでもなく君はこれからもずっと僕の隣にいると、勝手に信じ込んでいたものだから」
「え?」
「……自分でも不思議だよ。何の根拠があってそんな風に考えたンだか」
自嘲するように独り言に近い言葉を溢しながら、ラキオはレムナンの顔を覗き込み笑った。
「理由もなく他人の心を信じるだなンて、僕らしくないよね。君があまりにもしつこく隣に居着くものだから……すっかり君に毒されてしまったみたいだ。困ったものだね」
やれやれといった調子で呟いたラキオは身体から力を抜くと、隣のレムナンに寄り掛かるように彼の肩に自分の頭を預けた。やわらかな髪がレムナンの首筋を甘くくすぐるのと同時に、彼の心の内もこそばゆくさせた。
「困りますか?」
「少しね」
「安心してください。僕は貴方から離れるつもりはないですよ。これまでも、これからも」
「知ってるよ、そんなことは」
寂しいという感情を知らない貴方が、味方がいないことが普通だと信じてきた貴方が、思い描く未来像に自然と自分の存在が含まれていることが、こんなにも幸せなことだなんて知らなかった。レムナンは左肩に預けられた重みと熱にそっと頬を寄せた。近付いた顔を見上げながらラキオは呆れと許しの混じったやわらかなトーンで彼の名を読んだ。
「レムナン。つくづく変わっているね、君は」
「ラキオさんには負けますよ」
「君の方こそ、いつも一言余計だよ」
形式ばった契約書がなくたって、誓いの言葉がなくたって、お互いが一緒にいることを望んでいるのなら、ふたりが共にいることにおいて、それに勝る理由はないのだ。そのことを一生かけてこの人に伝えていこう。そう胸に刻んだレムナンは、傍らのぬくもりを抱き寄せ、満ち足りた様子で微笑んだ。