魔法の傘ふと目を覚ます。
そして、次に周りを見渡すと誰もいない教室であることがわかった。
その瞬間、ホッと胸を下ろした。アッシュはもちろん、その取り巻きたちもいない…これならいじめられない…!
そんな安心感から顔がニヤけてしまった瞬間、どこからかクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「っ…!だ、だれ……?」
後ろを向くと、笑いながらぞろぞろとアッシュの取り巻きたちが入ってくるのが分かった。
さっきとは打って変わって、僕の心は急に冷えていく。
「はぁーおもしろ。ギークくんお顔がニヤけてるよ〜?」
「俺らが来てそんなに嬉しい?」
ぎゃはは、という下品な笑い声をあげながら僕の方へと近づいてくる。
なんで………もう、今日は大丈夫だと思ったのに…
どうにかしなきゃ、そう思った瞬間僕の足は勝手に動き出していた。おい待てギーク、という声を聞き流し、必死に僕は走った。
「はぁ、はぁ…」
もう声も姿も見えないパークまで来ると、そこにあったベンチに座る。
荒んだ息を整えようと下を向き呼吸をしていると、地面にぽつりと水が落ちていくのが分かった。
自分の頬に流れるそれと共に、空からも一粒、二粒と降り注がれ、次第にその地面の色を濃く変えていく。
大きな声を上げて遊んでいた子どもたちもみんな帰っていき、賑やかだったパークが僕一人だけになってしまった。
「…ついてないな……」
何も持たず走り出した僕は、当然傘なんか持ってるはずがなかった。
でも、戻る気にもなれなくて。
僕の心を表しているかのように降り注ぐ雨に打たれるしかなかった。
だけど、ずっと地面しか映っていなかった視界に、僕よりも少し小さな足が見え、そして僕のところに雨が降らなくなった。
ゆっくりと顔を上げると、とても透き通った青い瞳とバチリと目が合う。
思わず、その瞳に吸い込まれ何も言えずにいるとその瞳の持ち主…僕の目の前にいる少年が話しかけてくれた。
「お兄さん、何してるノ?」
「…あ、えと……」
「んふふ、そんなお顔しないで?オイラの魔法の傘に入ってるんだカラ♪」
「魔法の傘…?」
「そうだヨ〜この傘に入ってると、なんと……」
「………?」
「オイラの笑顔を独り占め出来ちゃいマス!」
少年は、そう言いながら可愛らしい笑顔を見せてくれた。
思わず、きょとんとしてしまった僕に少年は、お兄さん〜?と僕の顔色を伺っている。
数秒遅れて、僕もつられて笑顔になるのが分かった。
「ふふ…ほんとだ、独り占めしちゃった…」
「……っ!」
「その、あ…ありがとう。君のお名前を聞いてもいいかな…?」
「HAHA!お兄さんもいい笑顔になったネ?ボクちんの名前は…」
「グレイったら!起きてヨ〜!!」
「ひゃっ!?」
その声に驚き、パチリと目を覚ますとビリーくんがほっぺたを膨らましてこちらを見ていた。
そういえば…あれ?さっきのは過去のこと…だとすると、
「僕…寝落ちしちゃった?」
「んもう、グレイが見たいって言ってたから来たのに〜」
「ごごご、ごめん…!」
「ふふ、グレイの寝顔が見れたからいいヨ♪」
「あぅ…」
何も言えなくなって、一人落ち込んでいると
周りの人たちがぞろぞろと出ていくのが分かった。
そして、まだデートの途中であることに気づいた。
この後は2人でパークに行き、一緒にごはんを食べる予定だ。
早く行かないとベンチが取られちゃう…!
「そ、そろそろ僕たちも行こっか…?」
「gotcha♪」
上着を羽織り、ビリーくんから映画の感想を聞きながらロビーに出るとなぜか人が溢れかえっていた。
この後人気の映画でもやるのかな…?とも思ったが、すぐにその理由がわかった。
「あ……雨だ…」
さっきまで晴れていたのに、薄暗くなった空からは小粒の雨が降っている。
予報では晴れだったから、みんな傘を持ってきていないみたいだ。僕も例外ではない。
それに、この後の予定が…
はぁ、とため息をつくとビリーくんが自分のカバンをゴソゴソと漁り出した。
そして、小さな傘を取り出した。
「ta-da!ボクちんいい子なので折りたたみ傘を持ってきまシタ!」
「わぁ…!」
褒めて褒めて〜と言ってくるビリーくんの頭を撫でてあげ、出口まで歩く。
そこで僕は気づいた。
(あ、相合傘だ…よね?)
恋人という関係だから、なんの違和感もないけど僕がとても恥ずかしい…し、緊張しちゃう。
でも、そんなのお構い無しに、ビリーくんは傘をパッと広げる。
それを見て、僕は目を見開いた。
「え……?」
「グレイ?おいで?」
「ま、魔法の傘…!!」
「っ!」
「うそ、…び、ビリーくん…」
「………HAHA。グレイ、思い出した?」
「うそ、うそ……」
「うそじゃないヨ」
それは、僕がさっき見た夢…忘れていた過去の夢に出てきた魔法の傘と同じ柄だった。
そこからは、散らばったピースが合わさっていくのが分かった。
あのとき、僕を助けてくれたのはビリーくんだったんだ。
あぁ、どうしよう…嬉しい。
思わず僕は、人の目を気にせずビリーくんに抱きついてしまった。
「ワオ!」
「うぅ…嬉しい、ビリーくん…」
「……うん、」
「…ありがとう。」
「んふふ、こちらこそ。思い出してくれてありがとう。」
しばらく、このままでいたいけど流石に人の目が恥ずかしくなってきた。
体をゆっくり離し、ビリーくんと向き合う。
この雨なら、デートの予定は変更かな…でも、もっともっとビリーくんと一緒にいたい。
その思いが伝わったのだろうか。
ビリーくんはゆっくりと口を開いた。
「グレイ、この傘は魔法の傘だヨ!」
「…ふふ、うん。」
「なんと、この傘に入ってタワーに戻ると…オイラを独り占め出来ちゃいマス♪」
「っ〜!は、はやく帰ろ…!」
(完)
(おまけ)
ビリーくん絶対物持ちいいだろうなと思い、この話を書きました。
魔法の傘の効力が変わっているのが謎のこだわりなので気づいてくださった方は私と付き合いましょう。
以上おまけという名のプチ解説でした。