タイトル未定いつも通りだったはずだ。
海沿いをパトロールしたり、市民で賑わう中マジックのパフォーマンスをしたり。だから、少し油断をしてしまっていたのかもしれない。
「ビリー!」
ジェイの声が聞こえたときには、意識が既に遠のいていた。
「ッチ、いちいち大げさなんだよテメェは…」
「そんなこと言って〜!心配してくれてたんでショ?ありがと、アッシュパイセン♡」
「アァ!?殴るぞ!?」
「こらこら…落ち着けアッシュ、ビリーも目が覚めたばかりなんだからあまり大声を出すな」
ビリーが目を覚ますと、そこは見慣れた(それはどうかと思うが)エリオス内の病室だった。
自身の目を覆うゴーグルは横のテーブルに置かれており、視界がクリアになっていた。
そして次第に、倒れる前の記憶も糸を手繰り寄せるように思い出していく。
「あー…もしかして、オイラサブスタンスに当たっちゃった?」
「その通りだな」
ヒーローとして働き始め数ヶ月、このような初歩的なミスをしてしまったのはビリー的には少しショックだった。
これはパイセンが怒っても仕方ないよネ、と心の中で落ち込みながらもそれを隠すようにいつものトーンで話を続けた。
「んー、でも特に異常はなさそう?見て見て、オイラ元気だヨ!」
そう言いながらくるくるとベッドの周りをまわるとまたジェイに怒られたが、2人の表情が幾分か和らいだのを見てビリーはほっとした。
しかし、ビリーが運悪く当たってしまったサブスタンスにはどのような影響があったのだろうか。
研究部による軽い検査も受けたが、結局分からずじまいだ。
要観察という条件のもとビリーは自室に戻るのだが、そこですぐにビリーに起こった「異常」が判明するのだった。
「アイムホーム!そしておかえりなさ〜い!」
いつものように、大きな声で挨拶をしながら部屋に入る。
当然ながら、誰からも返事はない。
ここはビリー1人の部屋なのだから。
____本来なら、そうだったはずだ。
「お、おかえり…」
ビリーはピタリと動きを止めた。そして、今起こったことを脳内で整理する。
1人部屋に向かっていつも通り挨拶すると、何故か返事が聞こえたような気がした。
厳重に警備されているタワーだが、イクリプスには何度か襲撃されている。
もしかすると、イクリプスがこの部屋に侵入したのかもしれない。もしくは、手馴れた強盗犯の可能性も。
(ウーン、今日は厄日だネ…)
冷静に分析出来る自分に驚きつつ、次取るべき行動を考える。
きっと、メンター2人に報告してから捕獲するのがベストなのだろう。
しかし、逃げられては困る。
ビリーもヒーローの1人であり、能力も使いこなせるようになってきた。
あまり大きな騒ぎにもしたくない、そう考慮した上でビリーは1人で捕獲することにした。
「どこに隠れてるのカナ〜?」
狭い部屋の中で、思い当たりそうなところを警戒しつつ見ていく。
しかし、それらしき人物は見つからないまま、最後はここと決めていた場所にたどり着いた。
あまり開くことの無いクローゼット、そこしかもう隠れられる場所はない。
ビリーは息を飲み、ストリングスをすぐに出せる体制になった。
そして、ゆっくり扉を開ける。
すると、そこにはやはり【何か】が居てモゾモゾと動いている。
隠れているつもりだろうか、青みがかった黒髪がちらちらとビリーの視界に入っているというのに。
バレないように、そっとストリングスを出して【何か】を包むようにぐるっと円を描き、タイミングよくきゅっと糸を引いた。
「あれ!?」
「ひっ……!」
確実に捕まえたと思った糸の先には何もなく、代わりに先程聞こえた声が再び聞こえた。
ビリーの声に驚いたのだろう、【何か】がこちらを振り向き、こぼれ落ちそうなほど大きな目でこちらを見ている。
バレちゃった、と思いつつビリーはもう一度ストリングで【何か】を捕まえようとしたが、それは再び失敗してしまった。
__ストリングスが、【何か】の身体をすり抜けてしまったから。
1度能力を抑えて、ビリーは再び冷静になった。
確実に身体を巻き付けたストリングスが、通り抜けてしまった。
数秒間の沈黙の後、ビリーは大声をあげて部屋を出て、イーストの共通部屋でうたた寝をしていたジェイを叩き起したのだ。
「それで?幽霊が出ただって?」
「ウン……」
「それだけであんなに泣き喚いてたのかテメェ」
「だって仕方ないジャン〜!!」
「まあまあ落ち着け…その幽霊とやらはまだビリーの部屋にいるのか?」
「…分かんない、あれから入ってない…」
大声をあげながら号泣するビリーを落ち着かせたジェイは、部屋から面倒くさそうにしていたアッシュも呼び出し状況整理を始めた。
最初はくだらなさそうにしていたアッシュだが、あまりにビリーが具体的な話をし、怯えるものだから只事ではないと察したようだ。
「もしかすると、あのサブスタンスの影響かもしれないな…」
原因があるとするなら、それしか。
ビリーも同じことを思っていた。
そのため、再び研究部の元へ赴き、起きた現象について話すとその場にいたヴィクターが口を開いた。
「考えられるのは2つですね。1つは霊感を強めるサブスタンス、もう1つは幽霊の可視化を促すサブスタンス…前者の場合はビリーが見た幽霊以外にも多くの幽霊が居るはずですから、おそらく後者だと思います。」
「ウーン、そんな淡々と話さないでよヴィクターパイセン…」
「貴方が幽霊を見たと騒いでるからでしょう?」
「そうだけど〜!!もう!」
回収サブスタンスを改めて調べる、と伝えられたがその結果は数日後に分かるらしい。
それは、ビリーは数日間幽霊が見える状態で過ごさなければいけないということだ。
少し絶望しながら、イーストの共有部屋に戻る。
そのままいつも通り自室へ戻ろうとしたが、中には例の幽霊が居ることを思い出した。
このまま自室には入らず、共有部屋で過ごす選択肢もあったが服や愛用している手袋、寝る時のアイマスクなどビリーにとっての必需品は全てこの中にある。
そうして自分の中で葛藤を繰り広げていると、不意にジェイが話しかけてきた。
「せっかくなら、その彼と友達になってみるのはどうだ?」
「Wow!びっくりした…急に話しかけないでヨ〜!!ていうか、友だちって…オイラ、むしろホラーはあまり得意じゃないし…」
「まあまあ、それに悪さは今のところしてないんだろ?あと部屋に入った時おかえりと言ってくれたと教えてくれたじゃないか」
「うう〜!!あれは正直ちょっと嬉しかったケド…」
「はは、何かあったら俺を呼んでくれ」
ぐっと親指を立てビリーを送り出したジェイは、そのまま共有のソファに座りくつろぎだした。
それを横目に、ビリーは意を決して扉をあけると今度は何も聞こえてこなかった。
きょろきょろと例の幽霊を探すが、どこにもいない。
もしかして…と思い、彼を見つけたクローゼットまで行くと、先程と同じ場所で今度は自分のからだを包み込むように座り、震えて背を向けていた。
思い返せば、あの時も随分怯えていた気がする。その姿を見ると、何だか避けていた自分が馬鹿らしく思えてきたビリーは、今度は優しい声でその幽霊に話しかけた。
「さっきはごめんネ?」
「ひぅ…!?」
「あ……」
すると、肩を震わせクローゼットのさらに奥の方へ彼は潜り込んでしまった。
「ほら、こっちおいで?オイラとお話しない?」
「…………っ、」
「そうだ、キャンディは好きかな?一緒に食べヨ?」
「!……いっしょ、に?」
「ウン、一緒に!」
「………いらない、です」
一緒、というワードに一瞬声のトーンが上がったがやはり一筋縄ではいかないようだ。
その後もビリーは一方的に話しかけ続けたが、彼がここから出てくることは無かった。