自撮りの話「んぅ……、」
グレイがゆっくり目を覚ますと、既に部屋には明かりが差し込んでいた。
寝ぼけまなこのままスマホで時刻を見ると9 8:34と表示されており、慌てて起きようとするが今日はオフだとすぐに気付いた。
ふかふかのベッドに埋もれた身体をもぞもぞと動かし、隣にあるはずの温もりを探すが一向に見つからない。
少し残念に思いながら、メッセージを開くとその原因が分かった。
【おはようグレイ!よく寝れたカナ?ちょっと朝から情報屋のお仕事が入っちゃったから行ってくるネ〜…お土産買ってくるからいい子に待っててネ♡】
「そっかぁ……」
頑張ってね、と返信をしてスマホを置き、もう一度顔を布団の中に埋める。
すっと息を吸うと、一気にビリーの匂いが胸を満たした。
(そうだ…ここ、ビリーくんのベッド……)
少し潔癖の気がある彼は匂いにも気を使っているらしく、ビリー自身のさっぱりとした匂いと芳香剤の少し甘い匂いがとても心地よかった。
すんすん、とそこに居ないビリーを満たすかのように鼻を鳴らしながらもう一度グレイは眠りについた。
ピコン
グレイのスマホから音が鳴る。
それを合図にグレイは再びゆっくり目を開け、音のなった方へを手を伸ばす。
「ん〜……」
なかなか開かない目を擦りながら、スマホを手にすると1件のメッセージが入っていた。
相手はもちろんビリーからだ。
【もうすぐ帰れるヨ!】
そのメッセージを見た途端、グレイの意識が覚醒した。
バッと身体を起こし、早く会いたいなぁ…と思いながら伸びをする。そのままベッドから下り、ビリーを迎える準備を始めた。
というよりも、今起きたばかりの自分の身支度をするだけであるが。
まずルーキー2人の部屋から出て、向かった先は共同のバスルームだ。
アッシュが居ないことを願いながらゆっくり扉を開けるとそこには誰もおらず、ホッと胸を下ろしながら顔を洗おうと洗面台の前に立つと、目の前の鏡に映った自分の姿にグレイは思わず吹き出してしまった。
「ふっ……、っ」
肩を震わせながら、もう一度鏡を見る。
癖の強い髪が、いつも以上にうねりを発揮しているだけではなく、重力に反して逆さに立っており、某日本のマンガの主人公のような髪型になっていた。
思わずポケットに入っていたスマホを手にし、インカメにして自身の姿をパシャリと写真に収めてしまった。
うまく撮れたそれを見ながら、再びメッセージアプリを開ける。
(ビリーくんも、笑ってくれるかな…?)
自身の写真を送るのはあまり乗り気ではないが、それ以上にこの面白さをビリーと共有したいと思ってしまった。
うじうじと悩んでいると意識が一瞬飛び、戻った頃にはその写真が送信されてしまっていた。
「あっ…、!」
(お前がずっとウジウジうるせぇから俺が送ってやったぜ)
「もう……」
もはや恒例となってしまったやり取りだ。
仕方ない、実際に自分も送ろうとしていたのだから都合が悪い訳でもないと、最近意識しているポジティブシンキングでその場を凌いだのだった。
「ハァ〜…終わった、」
朝イチからやる仕事じゃないヨ〜!と心の中のビリー・ワイズくんが暴れていたが、お得意サマということもあり仕方がなかった。
何よりグレイが目覚めたときに一緒に居れないことが心残りだったが、それが早く会いたいという力に変換され、さっさと仕事を済ませることが出来た。
土産のカップケーキを買いに行く道中、もうすぐ帰れる旨をメッセージで送ったあと、ルンルン気分でチームの人数分のカップケーキを購入した。
甘い匂いに思わず顔がニヤけそうになりながら帰路についていると、ハニーから通知音が鳴る。
「ン〜?」
パスコードを入力し、アプリを開けるとそれはグレイからだった。
しかも珍しいことに画像が送信されたらしい。
それをなんの迷いもなくタップし開けると、そこには酷い寝癖のグレイが映し出されていた。
「ぶっ…!」
道端で1人吹き出してしまい、慌てて周りをきょろきょろ見渡すが幸いにも人はあまりおらず、変人にならなくて良かったと安心した。
もう一度その写真を見ながら1人で笑いに堪えていると、あることに気づいてしまいピタッと笑いが止まった。
(ちょ、これはえっちすぎるヨ…!)
ビリーの視線は、グレイの頭ではなく首筋に向かっていた。そこを拡大するとハッキリと赤い跡が映っている。ビリーは心当たりしかなく、自分の行いに後悔しそうだった。
しかし、グレイはこのことに気づいていなさそうで(気付いていたらこの写真は送ってこないだろう)そのままエリチャンにでもあげられてしまったら非常にまずいことになるだろう。
【グレイ!その写真エリチャンにあげちゃだめだからネ!!絶対!ぜーったい!】
そのメッセージを送ったあと、ビリーはストリングスを使って近道をしながらタワーへと戻って行った。
「ただいま!!」
「わっ……!」
「グレイ、写真あげてないよネ!?」
「お、おかえり…あげてないよ、?」
「ハァ〜…よかった」
バタバタと音が共同部屋に近付いてくると、勢いよくビリーが帰ってきた。
いつもはおちゃらけた感じで挨拶をしてくるのだが、今日はいつもと様子が違うらしい。
そんなに僕の寝癖、酷かったかな…?とグレイは少ししゅんとするも、ビリーはそれを察しぐしゃぐしゃとグレイの頭を撫で回した。
「わわ…」
「んふふ、かぁわい」
「っ!」
「ちょっと笑っちゃったけどネ、かわいい」
「うぅ…、」
案の定顔を真っ赤にしたグレイは、そのまま目の前のビリーの胸元へ顔をぐっと埋めた。
しかし、ビリーは口を止めなかった。
「でもグレイ、気付いてないでしょ?ここ、」
「ん…?」
「オイラが付けた跡、ちゃんと写真にも映ってたヨ♡」
「ぅえ、!?」
グレイは更に真っ赤にした顔をバッと上げるとニヤっと口角を上げたビリーと目が合った。
「グレイも俺につけてヨ、一緒に自撮りして2人だけの秘密にしちゃお♡」