Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    小栗ビュン

    HQ🏐東西(左右固定)

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 16

    小栗ビュン

    ☆quiet follow

    セクピスパロ設定東西。
    終わりか続くかは未定です。

    #東西
    eastWest
    #HQ
    #セクピスパロ
    sekpisPalo
    #東峰旭
    dongfengxu
    #西谷夕
    nishitaniYuki

    水底のカタルシス多分、俺はもう死ぬんだろうなって。

    気を失っても、とにかく寒くて、寒くて、心臓が震えているのを感じている。心臓の震えが全身を揺らしていく。出来ていない呼吸が更に上手く出来ずにいるうちに、体が困って悲鳴を上げ始める。そして直ぐに、混濁状態になって震える元気すらなくなる。

    この瞬間、死ぬんだろなって思うんだ。

    今も。
    冷えきって、涙とか多分外に出てしまっている。

    そのまま死ぬなら、一度だけでいいから、好きな人とか欲しかったなって思うんだ。中学生みたいな思考だけど、一度ぐらいは誰かを好きになって、結ばれて、自分の両親のような親になりたかった。高校生からそんなこと考えるなんて、少し変でしょう。それでも、この世界はそれが当たり前なんだ。繁殖することが義務みたいなものだから。それなら、好きになった人と、家族になりたかった。

    寒い。

    その人がいれば、こういう時に目を覚ます気力が湧くような。

    目覚めることが面倒にならずに起きようと思えるのに。

    ああ、寒い。



    凍えて疲れて、もうどうでもよくなってくると、目が覚めるんだよな。気がつくと湯たんぽを抱いていて。保健室の布団が全部自分の体に乗っていて。寒さと温さの差で疲れきっているんだけど、大地とスガの顔を見ると生きててよかったなって、思ったりする。

    東峰旭、十七歳。
    父親、熊樫。
    母親、蛇の目。
    そのふたりから生まれた、ヒグマとウミヘビの熊樫。

    それから、重種。

    そのあたりはどうでもいいんだけれど、母親の血が強いようで、爬虫類の特性である寒さに弱いところを強く引き継いでしまった。それ故に、俺は何度も寒さに耐えられず死にそうになっているのだった。ちなみに、ウミヘビとは魚類と爬虫類の二種類あって、俺は後者である。両親は重種なんだけど、隠しててきとうに中間種ですって言うような生活をしてきた。俺もそれを倣っているつもりだけど、人に怖がられるのはやっぱりこの「斑類のヒエラルキー」のせいなのかなと思いたい。本来の俺自身が怖いんじゃなくて、くっついて生まれてきたもののせいだって思いたい。

    大地とスガは俺と同じ高校三年生。澤村大地はベンガルトラの重種。スガはネベロングっていう中型の猫又中間種。このふたりに相手にしてもらいながら高校生活を送っているようなものだ。

    そして今日も、気温差が激しい時期はこのふたりの世話になりっぱなしである。部活が終わった時間に俺は寒さに耐えられず、保健室に這うように向かって、そこで意識をなくしたようだ。起きると湯たんぽを抱いて、あるだけの布団が体に掛けられている。ヒグマの血はどこにいってしまったのか。ウミヘビは水温で生きられるのではないのか。なんて不便な部分だけ顕著に出るかな。

    「あれ、」

    まだぼんやりするせいだろうか。不思議な匂いが布団の中からのぼってきた。何かというより、誰かの匂いだ。

    「大地、」

    「うん?」

    「誰か来た?」

    「いや、俺達だけだ。」

    「ふうん。」

    「立てるか?送る。」

    「大丈夫、湯たんぽ借りたまま帰るわ。」

    それからスガも合流して、俺は腹に借りた湯たんぽを抱いて三人で学校を出た。まだ制服に残る、微かなあの不思議な匂い。知っている人の匂いではなかった。甘いような、香ばしいような匂いだ。小麦粉と砂糖だけで作ったようなお菓子の匂い。

    「まあ、明日も無理すんなよ。」

    大地が言う。

    「クマなのになあ、不便だよな。」

    スガが言う。

    「俺よりもふたりの俺の扱いが慣れてきてて、助かってる。」

    俺が言う。猿人類のやつらは毎回どうした?ってなるんだけど、他の斑類のやつらは直ぐに大地とスガを呼んで俺に介抱を求めてくれるらしい。少し寒くなると急に物凄く厚着になるのに、体は全然対応してくれない。部活で物凄く汗をかくことが関係しているのか、なんなのか。まったくもって情けない話である。駅で別れて、湯たんぽを抱えている時点で、蛇の目や蛟の人達からは「わかるわかる」というような目で見られる。猿人類からはもう、変な人扱いしかない。それにも慣れてきた。中学で部活を始める前もそれは酷くて、両親がよく回収しに迎えに来てたっけ。高校で部活を始めてからは、高校生になった斑類は斑類への扱いも慣れてきているため、かなり助けられている。

    影山は猫股、西谷は犬神人、田中はサル、清水もサル、谷地は猫股、月島が蛟で山口は犬神人。

    それから、日向はなんと先祖返りだ。

    大注目の先祖返ということもあって、他校の奴らからも目をつけられている。本人は影山に叱られながら躾られている最中だが、お陰で俺の極度の冷え性はなんとなく目立たなくなった気がした。

    帰宅して借りた湯たんぽの水を抜く。緩い湯気が残っていて、それと一緒に、目が覚めた時のあの誰かの匂いものぼってきた。大地でもスガでもないのなら、誰の匂いなのか。それとも、この湯たんぽを使った前の蛇か何かの誰かのものか。

    そうかもしれない。

    いや、でも、蛇や蛟とは違う匂いだ。もっとあたたかくて、獣っぽい気がする。

    思い当たる人が出てこないまま、体温を上げるためにも飯を食う。ゆっくり湯に使って、最大に寝床をあたためて寝る。体は疲れて寝たいのに、この日はなかなか眠れなかった。


    例えば、結婚するなら体温が高い人がいい。抱き合って心地がいい人がいい。俺はオスでしかいないつもりだから、メスでいてくれるなら女性でも男性でもいい。そして俺は結構クヨクヨするし気持ちを言葉にするって苦手なタイプだから、それとなく引っ張ってくれるような人だったらもっといい。重種よりは、中間種以下だといいかなあ。変に気負わなくていいし、重種になると家柄がいいほうが殆どだから。

    大人になったらお見合いとかするのかなあ。

    あんまり気が乗らないな。出来れば、自然な出会いがいいけれど。

    犬神人の人がいいな。俺とは違って小さい子で、優しくて、明るい子。

    そういえば、西谷の魂元は柴犬って言ってたっけ。似合ってるし、あったかそうだよな。豆柴犬とかじゃいかな。可愛いよな。西谷はどういう相手がいいんだろう。だいぶ男前な性格だから、きっと自分から告白して自分からリードしていくんだろうな。女の子って、西谷みたいなのが好きなんだろうな。

    「……、」

    眠れない。

    ついでに、西谷は彼女とかいるのかな。そんな感じはまだしないけれど、基本的にモテるだろうな。多分だけど、田中と相性がいいのって、田中がサルだったからだろうな。西谷は、人の気持ちを自分の中で整理つけるのがとても上手いと思う。ある意味何を考えてるのか読めないけれど、不健康な考え方はあまり持たないだろうな。

    でも、西谷みたいなやつが相手だったら、俺は幸せになれるんじゃないかな。

    なんて、何を考えているんだろう。

    眠れない時の変な方向の思考だ。

    高校入学してすぐに付き合った子とは、他校の子だったこともあって、自然消滅した。猫股か何かの子だったっけ。初体験をさせてもらったことはとても感謝している。おっとりした、可愛い子だったっけ。

    それから部活漬けだったし、二年生になると後輩が出来て割とメンタルも忙しかったから後も追わなかったし、新しい相手を考える余裕もなかったかも。西谷達が入部してきて、そうそう、可愛い柴犬な子がいるなって思ったんだ。懐かれて、嬉しかったのも覚えてる。

    「…、あれ、」

    風呂にも入ったはずなのに、鼻先でまたあの甘い匂いを感じた。

    「どこに付いてんだろ。」

    裏起毛のスウェットの襟ぐりを捲って、鼻を効かせてみると、やはりあの匂いを感じる。取れない。けれど、悪い気はしない。むしろ心地いい。

    落ち着くっていうか、好きかも。蛇である自分を、少し忘れさせてくれるっていうか。

    蛇であることを恨んではいないが、弱点だけ強く出たことに焦ってはいる。不思議な匂いのお陰で、再び目を閉じる気持ちになれた。疲労感が睡魔を掻き集める。あの匂いが耳元で「おやすみ」と言ってくるように心地よい。不思議だ。こんな夜は、初めてだった。


    斑類とは基本的に軽種、中間種、重種となる程に魂元である動物の力だとか、他人をコントロールしたり自分の身を守る力が強かったりする。そして、軽種ほど繁殖力が強く、重種は繁殖力がとても低い。つまり、重種のような力を自分の子どもに継がせて家柄を保つなら、重種同士の結婚はわりと必要なことだったりする。軽種同士の結婚は多くの家族を作るにはいいかもしれないね。

    体が大きく強い動物が重種にある傾向にあり、小さくポピュラーな動物ほど軽種にある社会になっている。だから大地なんかトラの重種だから猫股のなかではだいぶ強い。西谷は軽種って言うけれど、身体能力だけ見ればもっと上の階級にいそうなんだけれど、柴犬だなって魂元を見ればそれはそれで納得してしまう。

    とりあえず、西谷というのは、俺の中で少し特殊なのかもしれない。


    翌日、電車に乗り、学校へ行くまでと、朝練中もやたら人の目が向けられた。俺を見たと思うと、がっくりと揃って肩を落とす。どういうがっかりなのかは知らないが、俺でごめんなさいねとしか言いようがない。でも、熊樫の俺が強く出ているのかと思ったら、少し違うらしい。いつの間にか日向が抱きついてきて物凄い勢いで俺の匂いを嗅いでいた。それを見たスガは爆笑していたけれど、大地は何か言いたそうな顔をしていた。何か知っているんだなと思った。影山が日向を引き剥がすけど、全てにおいて素直でしかない日向がその時言ったんだ。

    「旭さんめっちゃいい匂いしますね!」

    それは先祖返りの日向にそっくりそのまま返したい。フェロモン垂れ流しの先祖返りの日向と一緒にいるのは正直しんどい。フェロモンもおさえる特訓を大地や先生としてるみたいだけど、成果は果たして出ているのか。

    「んん、高貴な匂いがします。」

    高貴。
    なんと縁遠い言葉だろう。正直重種であることと、高貴が結びつくものとは思わない。俺は中流家庭でそれらしく生きるのが好きだ。思い浮かぶのは、青葉城西の及川徹くらいじゃないだろうか。

    日向が影山に剥がされる頃、西谷が背を向けて片付けを始めた姿が見えた。いつもなら、「高貴」だとかなんだとか変な単語が出ると一緒に騒ぐはずなのだが。妙に大人しいというか、無関心な態度に見えた。

    無関心。

    まあ、そうだよな。

    そう心臓で呟くと、ちょっと痛んだ気がした。なぜ痛むのかもわからない。

    とりあえず、何か知ってるらしい大地に聞き出さないといけないな。嘘をつくようなやつだとも思えないのだが、何かしらの理由もあるのだろう。隠し事をしても、嘘をつくという想像がつかない。

    授業が始まる前に、大地に声を掛けた。

    「さっき、何か言いたそうにしてたよね。」

    「…別に、いや、うん、」

    こいつはとことん嘘つくのが下手だよな。それは人のことは言えないのだが。

    「俺の今日の匂いのこと、何か知ってるんだろ。」

    自分の匂いではない。大地はそれについて何かを知っている。俺が詰め寄ると、大地は辺りを見回して誰もいない体育館の入口まで俺を連れ出した。

    「悪い、昨日、本当は俺達以外にあの部屋に来てたんだ。」

    「誰?」

    大地は更に誰の姿もないことを確認すると、ぐっと声を潜めた。

    「西谷に来てもらってた。」

    「、」

    「あいつ柴犬で体温高いからさ、手伝ってもらってた。暑さには弱いから、逆上せる前に出てもらってた。」

    「なるほど。そうか。」

    つまり、あの心地よいいい匂いは、西谷の匂いだったわけか。しかし、朝から何度も一緒に言葉も交わしたし至近距離でいたけれど、あの匂いを西谷からは感じなかった。どういうことなのか。

    「でも、なんで隠したんだよ。」

    「ああ、黙っててくれって言われた。」

    「…、」

    だったなぜ匂いは残すのか。
    だったらなぜ隠すのか。

    「俺が知ってるのはそこまでだ。スガも一緒だ。」

    「うん、わかった。」

    多分それ以上は本当に知らないのだろう。後は西谷しか知らないことだ。しかし、それを本人に尋ねるべきなのか、否か。大地とスガに伏せておいてくれと言ったことを、俺が問いただしては先輩ふたりの信用にも関わる。部員全員を体育館から追い出すと、大地とふたりで体育館を施錠して校舎に戻った。


    自分の席からは、少しだけ遠い窓の外を眺める。西谷のことがますますわからなくなった。どうして、俺にはあたためてくれていたことを隠していたのか。何か都合が悪いことがあったのだろうか。俺に知られては、まずい何かか。

    大地やスガにも隠していたということは、他に知られる者がいないということ。誰かに知られることがまずいのか。

    「……、」

    何だっていいではないか、凍えて死ぬところを救ってくれたのだ。その時にフェロモンが付いただけだ。全て偶然が重なっただけのこと。

    でも、例えば。

    例えば。

    西谷に好きな人がいて、俺と密着していることがバレたらまずいということも大いに有り得る。もう西谷には好きな人がいたりすることだって有り得る。付き合っている人がもういるかもしれない。何より、男ではだめで、女性がいいという大きな理由だってある。

    俺が出せばいい答えなんてそんなことで、察してやることが俺が出来る精一杯の親切だろう。

    何も聞かなかったことにすればいい。

    けれど、なぜ、俺は納得することが出来ないのか。

    次、俺がまた同じようなことになる前に、大地とスガには西谷に遠慮してもらおう。したくないことに付き合ってもらうこともない。湯たんぽをみっつくらい用意してもらえれば、どうにかなるだろう。

    嫌だよな、好きでもないオスをあたためるだなんて。

    好きでもない、オス。

    「…、」

    なぜ、胸が痛むのか。

    シャーペンを持つ手を放棄して、机に顔を伏せる。

    西谷は、どんな顔をして、俺を助けてくれていんだろう。考えると、苦しくなる。寒くなる。

    いや、熱くなる。
    胸が熱くて、苦しくて、痛い。

    「東峰?」

    先生に呼ばれたらしい。慌てて顔を上げると、顔色が悪いと言われて、保健室へと行かされた。これは寒さとはまた違うのだろうとは思うが、胸の痛みについた名前を知るのが怖くて、しばらく廊下で立ち尽くした。

    帰りたいけれど、部活は出たい。

    それしか思い浮かばなかった。部活までの時間をどう過ごしたらいいのかわからない。こんな気持ちは、初めてかもしれない。

    誰かが自分の何かになるのを、認めたくないなんて、初めてだ。

    結局その時間だけ保健室でただぼんやりと過ごして、飛んできた武田先生には部活は出られそうだとだけ伝えたが、なかなか頷いて貰えずに苦労した。熱を計って、低くない体温を見てもらって納得してもらった。なんとも情けない。

    休み時間に、大地とスガにあててメールを送った。西谷にはもう湯たんぽ係をして貰わなくていいこと。湯たんぽを増やしてくれということ。

    好きかもしれない。

    なんてことは、言えなかったが。

    西谷のことを、好きなのかもしれない。

    そう思うと、西谷の匂いが心地よかったことも、胸が痛むことも、今でも痛むことも、既に失恋したんじゃないかなんて悩む今の気持ちも、納得がいってしまう。

    西谷のことを、好きなのかもしれない。

    西谷のことを、好きなのかもしれない。

    西谷のことが、好きなのかもしれない。

    残りの授業の内容も入らない、昼飯の味も、食べた気もしなかった。


    「はあ、」

    ようやく溜息を吐いた気がする。見つけてしまった気持ちに対しての、溜息だ。

    体育館への渡り廊下って、こんなに長かったかな。足取りが重たい。翔陽と影山の声がする。もう練習を始めている。コーチと大地が何かを話しているらしい。それから、田中と西谷がネットを組み立てていた。

    西谷。

    胸の中で呟いてみても、やはり心臓が痛む。まだ、痛む。

    西谷のことが、好きなのかもしれないというだけで、好きだとは決まっていない。多分そうなんだろうけれど、まだ決まったわけではない。

    部活をすればいいだけだ。今は、やらなくてはいけはいことが山積みだ。西谷なんて、可愛い後輩のひとりなだけた。少しだけ特別で、可愛くてたまらない後輩だ。練習着に着替えに、部室へ入った。

    「おっす、」

    月島がいた。クロコダイルの重種。なんとかというワニだったっけ。月島が会釈をして、ぼそりと呟いた。

    「マーキングされてるクマって初めて見ました。」

    「え?」

    「いえ、なんでも。」

    月島は着替えが終わるとさっさと部室を出ていった。成田や木下が後から入ってきて、挨拶をされるが少しぼんやりとしてしまっていた。

    マーキング。

    それは多分、間違いなく西谷がつけたと思われる匂いのこと。

    それをマーキングと呼ばれるのであれば、俺は西谷に何をされたことになるのか。

    マーキングだ。

    成田と木下が入ってくると、着替えてすぐに出ていった。俺はまだ動けないままだった。スノコの上に座って、シャツを取り出した所で手が止まっている。脱いで着るまでにいかない。思考が追いつかない。

    「旭さん?」

    今度は田中が入ってきた。

    「みんな揃ってます。」

    「ああ、うん、すぐ行く。」

    田中の後ろから、西谷が覗いてきた気がした。一瞬だけ見えた西谷の姿も、とても可愛い。
    着ているシャツを脱ぐ。新しいシャツを被って着る。練習着に着替える。シューズを履く。

    西谷は可愛い。
    いい匂いだった。
    たまらなく、心地いい匂いだった。
    まだ仄かに残っていることに、安堵する。
    けれど、消えてしまうことに不安を覚える。

    消える前に、もう一度。

    もう一度だけ。


    部室を出る瞬間、腕に薄らと浮かぶ鱗が光る。手は冷たい。けれど、心臓は物凄く熱い。大丈夫、凍えているわけじゃない。今日は大丈夫。足取りもしっかりしている。さっきまでの、上の空の自分はいない。ゆっくりとコートを踏みしめる。皆がいる場所へ向かう。

    西谷が振り向く。俺に向かって、笑いかける。

    武田先生と大地が部活開始の挨拶をする。コーチが練習内容の指示を出す。揃った返事を体育館の天井へ放つ。

    持ち場に散る瞬間、西谷が俺の前をさっと通り過ぎて振り向いた。

    「今日も保健室行ったって聞きました。」

    「ああ、うん、あれじゃないから、大丈夫。」

    西谷を見つめる俺の目は、きっと獲物を狙う蛇のもの。全身で絡みついて、離せなくて、一体化してしまえばいいのに。

    西谷を取り込むように、飲み込むように、じっくりと、時間をかけて。

    なんてね、卒業までにそんなに時間がないから、悠長なこと言っていられないかもしれないけれど。

    ほら、逃げなよ。西谷。

    捕まえたら、離せなくなる。

    逃げるなら、今のうち。
    いや、逃がさない。

    西谷が、欲しいな。

    「旭さん?」

    西谷の手が、俺の手に伸びてくる。蛇の鱗が出てしまっている手の甲に触れた。

    「冷たい。」

    「大丈夫、今日は。」

    触れられたところから、熱くなれるから。
    それよりも、逃げたいんだろう?
    俺といたいわけじゃないんだろう?
    だったら、早く逃げなよ、早く、早く。

    鱗の範囲が手の甲から腕まで広がっていく。

    「、」

    「西谷は、いい匂いするよな。落ち着く、ありがとう。」

    ほら、俺は知ってるんだぞ。
    バレてるんだぞ。
    それでも、まだ、この手を掴んでいられるか?

    「…、うス。」

    唇なんか噛んで、なんて顔するんだろうね。
    俺から逃げたいの、俺を捕まえたいの、どっちのなの。

    「旭さん、ちょっと、重種の、力強すぎ。みんなも、見てる、」

    いいんだよ、見せてるんだから。

    これは俺のだって、言いたいだけだから。

    まだ、今はね。

    俺の力に当てられて、浅く息を吐いて吸い、頬を染める西谷の顔。


    「東峰、早く。」

    清水に声をかけられる。その瞬間、西谷の手がぱっと離れていった。西谷は慌ててコートの中へ消えていった。

    「何話してたの。」

    「うん、まあ、秘密。」

    俺の手から鱗も消えていった。ただの東峰旭に戻っていく。けれど、今までの東峰旭とは少しだけ違う。少しだけ、強欲になったようだ。誰かが欲しいって思えるお年頃になったらしい。

    自分の毒に酔いそうだ。

    その毒から救ってくれるのも、また西谷の存在なのかもしれないな。



    心は今、仄暗い水底にあるようだ。









    終わりor続く






    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👍👍👍☺🙏👍💜
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    小栗ビュン

    DONE東西真ん中バースデー!!
    大人時代からさらに十年後の東峰旭とモブ女子の会話。
    十年後のバースデー「東峰さん、お疲れ様でした。」

    春の新作の発表を無事に終えることができて、そのお披露目ショウが終わった会場でただ立ち尽くしていた時だった。後輩の女子社員から労いの言葉を貰い、ふと我にかえる。

    「ありがとう、細かいところも手伝ってもらえて、本当に助かった。」

    いつの間にか後輩が出来て、追い抜かれたりする焦りも感じて、あっという間の十年間だった。ヘーゼルナッツのような色の柔らかい髪が、微笑んだ際に揺れた。

    「お疲れ様でした、先輩。」

    「ありがとう。」

    それからちらほらと後輩がやってくる。片付けを手伝ってくれる事務所の後輩達を見ていると、つい最近まで一緒にコートの中にいたあいつらを思い出す。あの時から、倍の年齢を生きている。三十代はあっという間だなんて言うけれど、全くその通りだった。俺は最初に入ったデザイン事務所に籍を置きながら、フリーの仕事も手がけて生きている。アパレルデザイナーだけあって、皆個性的な服で働いている姿を見ると、あの二色で統一されたユニフォームを着た排球男児が恋しくなるのは何故だろう。大きな仕事を終えた日に限って、何故懐かしむ感情が強くなるのだろう。
    2554

    related works

    recommended works