最近、璃月の人々に新しい共通認識が生まれた。
「せんせ~~~~~~~~~~~~!殺意のお届けだよ~~~!」
鍾離の見上げる先、璃月の伝統建築である赤塗りの欄干から体を乗り出した公子の声が朝の璃月に響く。普通にめちゃめちゃいい声なのでそれはそれは心地よく、まるで吹き抜ける風みたいに声は街を駆け巡っていった。行きかう人々が何事だと鍾離と同じように顔を上げて、あぁなんだいつものことかと普通に歩きだした。公子ことタルタリヤはにっこにこ笑顔で欄干から今にも飛び出すという姿勢で両手を離し、するりと水の双剣をつくりだす。そしてぴょんと兎みたいに手すりの上に飛び乗ると、とんっと軽く蹴り上げた。
おおよそ3階分の高さから身を投げたタルタリヤのくちから笑いがこぼれる。あははははは、とそんな笑い声とともに落下してくる人間とか常識的に考えればただの恐怖である。ただ、その真下でまるで天気の良い空を見上げてますという風な人物はそれで1ミリたりとも恐怖するような存在ではなかったし、ましてそれが慣れたことであれば__
「公子殿!」
ばっ!と。凡人が恐怖する場面で一つも揺らがず、この異様な状況で笑う、往生堂の客卿はタルタリヤに負けず劣らないくそデカボイスとともにその両手を大きく広げた。(もしこの場に旅人がいたら、ぼそっと寿司三昧…とつぶやきなんだそれ?と非常食が首をかしげただろう)
足を肩幅程度に広げ、少し腰を落とす。まるで屋根の上に登った猫が落ちてくるのでさぁ受け止めてやろうといった感じだが、あいにく落ちてくるのは普段鍾離ににゃんにゃんいわされているとしても立派な人間である。
「来い!!!」
にかっ!と。普段きりっとした表情を崩さず、淡々としていて驚くことがない、岩のような男と形容される鍾離がまるで花が飛んでいるかのように笑うのだ。それを一心に受けたタルタリヤはぐっと奥歯をかみしめる。鍾離が花を飛ばして笑っているならタルタリヤは額に怒りマークを浮かべたきれいな笑顔である。つまり殺意の含んだ笑顔なのだ。タルタリヤは鍾離を許してない。まぁ確かに?俺は璃月を沈めようとしたけど?まぁそれはそれとして体の関係あったし?それなりに思いあってると思ってましたよ、思ってました。だけどその恋人と呼んで差し支えない人間が実は神様で自分を駒の如く操って狂言自殺かましたとか?ちょっと、流石に、無くない?
だのに!
鍾離と言えば相変わらず財布を忘れるしタルタリヤがいくら怒って見せたってうんともすんとも言わない。は~~と息を吐いて落ち着こうとしてもやっぱり腹の底がむかむかするのでタルタリヤはやっぱりこの苛々を抑えるためには鍾離を見つけ次第切りかかるしかなかったのだ。
そんなはた迷惑な恋人の殺意、もとい拗ねて構ってとじゃれる行為を特別迷惑と思わず、むしろ楽しんでいるのはさすが公子の恋人と言うべきか。鍾離はやはりにっこり笑って両腕を広げる。殺意を向けられた凡人の行動としてはゼロ点である。
そういうわけで璃月の街中、郊外ではちらほら往生堂の客卿に切りかかるファデュイの執行官の図が展開されていたわけだが、その光景を見て通報する人間はない。いや、最初こそいたのだが、もはやあきらめの境地である。多分璃月の人々もタルタリヤが子猫にしか見えなくなってきたのだと思う。いつもしっかりしていて、タルタリヤの奇襲にも一切動じない、そんなスパダリの化身みたいな鍾離先生にじゃれつく子猫。
実際、鍾離はタルタリヤの奇襲においてシールドを貼るなんてことしてない。ではどうするか。
それはただ両手を広げて、受け止めてやるだけ。
「~~~~~っ!!」
爛々と石珀の瞳を輝かせて、まるで可愛いものが腕の中に落ちてくるみたいなそんな顔を惜しげもなくさらす鍾離に。空中でぼんっと顔を真っ赤にした公子の両手から水元素が霧散する。
「ははっ!」
上から降ってくる公子を捕まえて、ぎゅっと腕の中に閉じ込める鍾離から楽しそうな声が上がる。耳元でそんな声をあげる鍾離に、ぷるぷると震えた公子はもう真っ赤だった。懲りないなぁと周囲は思う。一体、何度この寸劇みたいな夫婦喧嘩を見せられればいいんだろうか。
「今回だけだからね!!」
「そうか、待っているぞ」
「次は腕ごと切り落とすから!」
「ははっ、楽しみだな」
お互いの鼻が当たってしまうほど近くで、お気に入りのぬいぐるみに頬を押し付けるみたいな、そんな体制でやーやー騒ぐ二人。いつものことだと笑う人々も、まぁそれなにりに毒されていた。そんな人々の、新しい共通認識が、うん、簡単なこと。
公子タルタリヤは鍾離の顔がすこぶる好きらしいということだ。