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    nae_purin

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    nae_purin

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    タルに興味がない(って思ってる)先生の話
    供養

    #鍾タル
    zhongchi

     その日その瞬間、鍾離の瞳にとびこんできた景色は怖いくらい脳裏に焼き付いていった。完全な弧を描く黄金。黒くそこだけを切り取られたかのような人影。それらに纒わり付く水飛沫。凡人の視力を遥かに凌ぐふたつの琥珀を引き絞り時間の流れがゆっくりと伸ばされた。そうしてかの一瞬を通り過ぎた後に残るのは重い物体が水面と衝突する音。潮風とともに運ばれてきたそれらは鍾離の頬を緩く撫でて行った。
    「……。」
     鍾離の立つ位置からではその決定的瞬間を確認することは出来なかった。遠くで崖から落下したそれを見下ろそうとする人影達を観る。それぞれが黒い襤褸切れを纏い得体が知れない。複数、否、八の人影は本来ならば闇に消えていたであろう。しかし今夜の月は恐ろしい程に綺麗だった。故に鍾離の瞳には彼らの人数も、体格も、背格好も良く見えただけの事。彼らとてこんな深夜に目撃が上がるとも思わなかったろう。
     人影は下に落ちていったものを見て何を思ったのだろうか。統率された動きでその場を去っていった。
     ふむ、と顎に手を当てて考える。暫くしてどうすることも無いとその場を後にする。幾度か共に食事を交わし、駒として扱った程度。ここで終わるならばそれまでのこと。
     今夜の月はとても美しい。このような天体は久しいものだった。だからこそ散歩にと思ったのだが、とんだ失態を見たものだ。鍾離は興味を失った風に歩いてきた道を引き返す。

    ───この夜より、璃月を拠点とするファデュイの執行官が姿を消したという噂が巷で流れるようになった。




     あの旅人は今稲妻に向かっているらしい。送仙儀式以降、璃月の街にはこれといって大きな出来事は起きていない。一部壊れた街の復興などが進められているが、それでも街全体の損傷は大したものではなく、通常通りの日常を送れているものがほとんどだろう。かくいう鍾離も往生堂の客卿として淡々とした日常を送っていた。
     しかしそれは数日前、あの光景を見たこと以外は、特別何かが起こることもない日常であったというわけで。
     璃月を壊滅させた原因であるファデュイの執行官が璃月で白い眼を向けられ始めてからもうずいぶん経つ。当の本人が全く気にせず街中に繰り出し、あの(見かけだけは)好青年なところを見せていくためやや風当たりは緩くなってきたところだろうか。そんな中流れ出した件の噂。本国に帰ったのかもしれないし、どこぞで野垂れ死んだのやもしれぬ。再び璃月を壊滅に陥れるために姿を消したのかも。そんな噂は人から人へ、やがて鍾離の耳まで入った。
     その噂に、鍾離はあの夜のことを思い浮かべる。空に舞ったかの執行官はまるで受け身など取れる体勢にはなかった。近くに見えた水の影は、彼の元素ではなく血液だったのかもしれない。けれどそれは鍾離の知らぬところだ。水元素使いが海で溺死などとんだ笑い話である。
     はぁ、とため息を吐いて鍾離は自室で立ち上がる。今日の業務は終了したところだ。窓の外を見れば気持ち良いくらいの快晴が広がっている。散歩日和だな、と鍾離は家を出た。

     人や動物のこえでにぎわう日中の璃月港はとても明るい。頬を撫でる風も暖かく、まどろんでしまいそうな温度だった。ゆっくりとした時間の流れる街中で鍾離は近くの街路樹を見上げていた。
     今日はどこまで歩こうか、と数千年璃月を治めていた男は思案する。
     散歩が趣味であるから普段から様々な場所へ足を延ばす鍾離ではあるが、今日はどこへ向かうべきかと足が止まっていた。
     高身長でスタイルも良い男が物憂げな顔で木々を見上げる姿に数人の女性が足を止めるも、鍾離は知らぬことである。
     やがて行く先を定めた鍾離がゆっくりと歩き出す。向かうさきは先日向かったばかりの場所。どうせ行く先が決まらないなら、例の噂について調べでもしようかとおもっただけ。ふと、思ったに過ぎない。鍾離はそうやって考えながらあの崖下へ回るルートを頭に描き始めた。

     ざぱん、と波がはじける。ごつごつとした岩の並ぶ崖の下には力強い海流が蠢いていた。比較的浜辺が多く、緩やかな流れの多い璃月という地において珍しい場所。よりにもよってこの崖から落ちるとは、執行官も運が悪かったようだ。遠くからそこを眺めていた鍾離はゆっくりとあたりを見回す。
     ツンと鼻をつく磯の匂いと、街中よりも冷えた風。もちろん人影などあるわけもなく。はぁ、と鍾離は息を吐いた。
     こんなところまで来るなど、らしくない。海産物の嫌いな鍾離は海を眺めるだけで近くによることはめったになかった。不安定な砂場を踏み、崖へ背を向ける。珍しいところへ来たついでに、近くを見て回るのもいいかもしれない。言い訳をするように浜を歩き出す。

     鍾離は送仙儀式後、あの執行官には一度もあっていなかった。それ以前は数回会食や旅人との同行の過程で出会うことが多かったものの、儀式が終わったからには関係を継続する理由もない。彼は鍾離の想像通りに璃月を壊そうとしたし、すべての種明かしをしたときもその範疇を越えなかった。鍾離にとって駒の一つであったし、確かに資金面で大いに世話になったことは確かではあるのだけれど。
     ただ、あの時。否、死んだのであればそれまでのことだ。
     そこまで考えて鍾離は自分がやや不機嫌であると自覚する。あぁ、全く。
     気が付けばずいぶん歩いていた。ゆっくりと海沿いを歩いていたから、普段よりも歩みは遅いはずだ。丁度、璃月港と帰離原の中間地点というところだろう。目前に広がる海は先ほどと打って変わってとても穏やかなものだった。特別目的もなく歩いている割には、周りの景色など全く目に入っていなかった。
     ずいぶん歩いたものだと歩いてきた浜を振り返り、陸のほうへと足を進める。あまり海に近づかないため普段来ない場所でもある。記憶の中との相違を探しながらぼんやりと歩いていると、遠くで人影を見つけた。何かを探すように腰をかがめ、地面に向かって手を伸ばしている。はて、この辺りに採取するような植物は生えていただろうか。
     不思議に思い、ゆっくりと近づく。どうやら年若い青年のようだった。この近くに集落などはないはずだ。人が住むといえば遺跡に住み着く宝盗団たちだろうか。
     鍾離は青年を観察する。来ている服はあまり上等とは言えない。みすぼらしいほどでもないが、清潔さは感じなかった。青年は時折あたりを見回しつつ鍾離のいる浜へと進んできた。視線は常に地面を向いており、わかりやすく何か探し物をしているのだろうと予想が付く。
    「……あ」
     ふ、と青年が鍾離に気が付いて顔を上げた。その頬は少しやせている印象を与えるが、璃月人であると一目でわかる。
    「あの、こんにちは。俺、探し物をしているんですが、緋色の仮面を見ませんでしたか?」
    「……緋色の仮面?」
    「はい。数日前、この辺りで落としたみたいで」
     緋色の仮面。そう聞いて思い出すのはあの執行官が頭に着けていたものだ。ファデュイでは構成員のほとんどが仮面をかぶり、なかでも執行官と呼ばれる者たちはそれぞれ独自のデザインの仮面をつけていた。
     しかし、彼らが面を手放しているところを鍾離は見たことがない。仮面が彼らにとって重要なものであることは想像に難くなかった。
    「いや。見ていないな。……それは、君のものか?」
    「俺のものではありません」
    「では友人か何かか」
    「うーん。まぁ、そんな感じです」
     青年は何かをごまかすように笑うと、ありがとうございました、と会話を終わらせた。そうして鍾離を追い越して浜の方へ歩いていく。鍾離の中でもしやという可能性が思い浮かぶ。あまりにも偶然過ぎる。数日前、この近くの海に緋色の仮面をつけた男が流された。そうしてその近くで他人のために仮面を探す青年。
    ───。
    「青年。俺も仮面を探すのを手伝っても構わないか?」
     あまり深く考えず、そう青年に提案した。歩き始めていた青年は驚いたように振り返り、「いいんですか!」と瞳を輝かせた。

     鍾離の横で青年はぺらぺらと落とし物について話してくれた。そして鍾離の予想は的中し、なぜこのタイミングで、としか思えなかった。
    「───それで、結構な高熱が出ているというのに、付けていた仮面がないと知ると大慌てで探しに行くというんです。僕としては彼のそばを離れるべきじゃないと思いましたが、止めても彼は仮面を探しに行くと聞かなくて。だからこうしておとなしくするように言って僕が探しに来たんです。でも、彼を海辺から引き揚げてずいぶん歩いたものですからどこで落としたのかもわからず、途方に暮れていました。そこで鍾離さんに手伝ってくださるといっていただけて、本当に助かりました」
     鍾離が口を挟まずとも青年の口は止まらない。僕、おしゃべりなんです、と最初に伝えられていた通りなようだ。
     ちなみに彼については、「絶対に口外したり、僕に危害を加えないでくださいね」と何度も念を押して伝えられた。彼はこの辺りを拠点とする宝盗団の下っ端として遺跡に住み着いているらしい。彼の所属する団にはとても強いリーダーがいて、青年は盗みを働く度胸がないからと拠点でいつも雑用をこなしているという。
     ファデュイの執行官はどうやら海に落ちた後、この宝盗団に拾われて現在拠点まで運ばれたという。なんともまあ、悪運が強いというか、死なない男である。
    「お頭は彼がずいぶんきれいな身なりをしていたので、身ぐるみをはがして捨てておこうといったんです。でも、僕は、どうやっても見殺しにするなんてできなかったんです。あはは、だから盗みもできないんだって話なんですけどね。えぇと、それで、彼は怪我をしてるけど、すごく立派な体をしているし、きっと看病して目覚めたら恩の代わりに何かをしてくれるってお頭を説得したんです。鼻で笑われましたけど。それで今、アジトで彼を看病していて……」
     そう話す青年には全くと言っていいほど宝盗団らしい荒々しさはなかった。どこにでもいる温厚な青年。なぜ宝盗団に入っているかわからないほどに。
     青年はそこまで話すと、足を止めた。目前にはゆっくりと波打つ海が広がっていた。どうやら執行官を拾ってアジトへ連れ帰ったルートを逆走していたようだが、ここに来るまでに仮面らしきものは見当たらなかった。
     青年が浜へ降り、困ったような顔であたりを見回す。
    「このあたりで、彼が倒れていたんです。ずいぶん体は冷えていましたが呼吸はしっかりしていました」
    「…そうか」
    「彼を見つけたのが夜だったので、拾った時すでに彼が仮面を無くしていたかもわからないんです。ですから、もう流されてしまったかも。鍾離さん、つき合わせてしまってごめんなさい」
     青年が頭を下げる。誠意のこもった声で謝られ、さすがの鍾離も「顔を上げてくれ、」と少し慌てた声を上げる。
    「ありがとうございます。……でも、彼になんと伝えればいいでしょう。仮面がないと知った時の彼の様子は尋常じゃなかった……」
     赤の他人、それも海に流されていた正体不明の人間にここまで心を傾ける青年。そしてその迷惑をかけている男と鍾離は知り合いである。いや、知り合いというほどの距離でもないが。そこまで考えて、鍾離はひとつ、ため息を吐いた。
    「……君が拾った男に心当たりがある。会わせてはくれないか」
     本当ですか!と青年の顔が輝いたのは言うまでもない。

     青年に通されたのは日の当たらないじめじめとした穴倉のような場所だった。半壊した遺跡に布やトタンで壁を作りアジトにしているようだ。今は頭やほかのメンバーは出払っているようで、アジトの端の方に執行官は寝かされていた。雪国を思わせる白い肌、ぼさぼさの金茶の髪。身に着けている服は記憶とは違うずいぶんと粗末なものだった。そういえばいつもしているピアスもなくなっている。アジトへ置くことは許されたが、身ぐるみはすべてはがされたようだ。仮面は頭たちも知らないと言っていて、とは青年の談である。ファトゥスを示す仮面を売りさばかれなくてよかったと思う方がマシかもしれない。
     ずいぶん大人しく寝ているものだと思い近づくと、彼の雪のように白い肌がずいぶん上気していることに気が付く。はぁはぁと荒い息を吐き、額からは汗が伝う。まぁ、どこからどうみても重症だった。
    「あぁ、熱が上がってる……鍾離さん、彼と知り合いって本当ですか」
    「確かに俺の知り合いだが」
     執行官へ寄り添い、宝盗団の青年は泣き出しそうな顔をする。そして掛けていた布を持ち上げた。
     執行官の腹にはぐるりと包帯がまかれていて、じんわりと広範囲に血がにじんでいた。その包帯さえもあまり衛生的とは言えず、鍾離は眉をしかめる。
    「あの」
     なんどか口を開き、閉じることを繰り返していた青年が言を決したかのように声を上げた。
    「彼を……助けてあげてくれませんか」
    「……」
    「僕じゃあ、医療の心得もなくて。けど彼を医者に連れていくだけのお金を持っておらず、彼を救いたいばかりでここへ連れてきましたが、このままだと、彼が…!」
     青年の悲痛な声に、鍾離は考える。
     鍾離がかの執行官、タルタリヤを助ける必要は全くと言っていいほど無い。すでに見せかけの協力関係は終了しているし、ファデュイの執行官が一人欠けたところで鍾離にとって不都合なことは起こらないからだ。璃月を破壊しようとした異国の戦士に恨みはない、が、それだけだ。しかし今ここで鍾離へ助けを求めるのは璃月の民である。すでに帝君の座は降りたとはいえ、青年の望みをかなえるだけの力が鍾離にはある。
     鍾離は青年に答えず、タルタリヤの傷に触れる。無言でタルタリヤへ近づいた鍾離に青年は少し驚いたが、すぐさま横を譲った。
     血の滲む包帯を取り、傷口を露出させる。タルタリヤの口からはうなるようなかすかな声が聞こえたがそのままにした。
     拾われてから数日、と言っていたか。海水にさらされ、そのあとも不衛生な環境で置かれた傷口は状態が悪い。高熱がでるのもうなずけるし、腹部に開いた大きな傷跡は今から治療したとして通常の医術では、回復するかも怪しい。ぐずぐずになった傷口から覗くひどい匂いと光景に、青年がひっと小さく声を上げた。
    「傷はここだけか」
    「いえ、小さな傷ならそこかしこに。それからうち傷もおおくて、左手は、おそらく折れてると……」
     青年の言葉に左腕に目をやると粗末な添え木らしきものがあてられていた。一見してはわからないが、素人が骨折の手当てをするなどそう簡単にできることじゃない。それから鍾離は傷口を刺激しないように気を付けながらタルタリヤの全身をくまなく調べた。
    「鍾離さん」
     涙目の青年がすがるように鍾離を見つめる。その瞳に、鍾離は確かにうなずいた。
    「彼は、俺が責任をもって治療しよう」
    「ありがとうございます!」
     ついに泣いて喜ぶ青年に、鍾離は柔らかな笑みを浮かべる。それから懐へ手を入れると、小さな木箱を取り出した。
    「これは、つい先日俺が骨董品店で見つけた品だ。しっかりしたところで売れば、しばらくの間暮らしていけるだろう。それから、俺は普段璃月港の往生堂というところへいる。困ったことがあれば、尋ねに来るといい」


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    nae_purin

    MOURNINGモブに色々改造されて先生に救出されてほっとするも(まだ公子の威厳ギリ保ってる)こんな体みないで!って絶望して(先生に見られてもう自分が公子に相応しくないって思ってしまって)鬱になってふらっと出た徘徊先で旅人にぼろぼろの姿見られてガン泣きしながら迎えにきた先生に回収されて欲しい、話です。供養。
     鍾離をの洞天を抜け出し、行く先もなく歩く。かろうじて履いたスラックスと、肩にひっかけただけの真っ白のシャツ。見下ろした自分の体は見慣れた傷しかない。鍾離に直してもらったばかりのまっさらな体。治療の際、ひとつひとつ鍾離の指先が辿っていったその傷たちはもうないはずなのに、隠すように振るえる指先シャツのボタンを留める。
     踏みしめた地面に転がる石を感じながら足元を見る。洞天から転がり出た先がどこにつながるのか考える暇もなかった。呆然としたまま辺りを見回す。先ほどから見える木々は黄金に色付き、璃月の地であることは伺える。しかし2人ほどが通れる程度の道は舗装されているともいえず、裸足で歩くような道ではないことだけが確かだ。差し込む光を遮る木の葉が影をつくり道を彩る。木漏れ日の隙間から除く青空は雲一つなく、暖かい。常であれば息をのむ景色だったのかもしれない。けれど、いまのタルタリヤにとって景色がどうなどとは関係無かった。ただ、この道の先を進めば鍾離の視界から少しでも遠くに行けると盲目的に信じているだけだ。足を傷つける小石が意識の端に引っかかっては消えてゆく。
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