CPP1期 第12話「この子達をちゃんとよく見ていてね。あなたがいつか戦う人達なんですから。」
主人にそう言われ静かに、たくさんの鏡を通じてソレを観察する。
青、赤、緑、戦うその姿をただ事務的に記録する。その作業の中にころころと表情を変える1つの黄色が映る。怒ったと思えば笑う。悔しそうに笑う。どんな時もいつも最後にはあのひまわりのような笑顔を見せる。
その笑顔から目を離せなくなった。
なんだかそわそわする、脈を踊らせることの無い仮初の心臓が本当に動き始めたような妙な気分。
不思議だけどいやじゃない。
いつものように鏡を通してセカイを眺める。
でもあの日はその子が泣いていた。
幼い子供のように声を上げてただ泣いている。
どうして?どうすればいつものように笑ってくれる?
だからいくつもの鏡を渡って走って。願いを込めてあの子達の傍へ。
「ぽこ」「共ポ」「ふが」「セレナーデ」「わかめだ」
あの子と近しい姿に変わるのに力を使いすぎてしまって声が消えてしまった。でもずっと見ていたあの子たちに会えた触れることができた。
ただそれでも、あの子が泣いた理由がわからなかった。えいがを見た。大きなその画面に映る1人の少女が同じように泣いていた。なら全部捨てて逃げてしまえばいいのに。そう手を伸ばした。
その手は1度振り払われてしまったけど、今また結ばれていた。ふしぎ。あたたかい。
「みかん。待っててねワタシ…戦うから!」
その言葉に指先だけが少し遅く離れる。
消えた温かさを補うようにみかんがポコを抱く。
「待たせたわねウヅゥ!」
「大丈夫ですよ。どうせすぐ終わりますから。」
言葉と共にウヅゥが錠前に操った人形達を向かわせる。
「えーーい!!」
錠前が大きな掛け声と拳を前に向けその人形達をはじけさせる。
「ワタシの大ファンの前でカッコ悪いとこなんて見せられないんだから!!……あれでもワタシこんな強かったっけ?」
錠前が豪語した後に自分の拳を2度見する。
「はあ……仕事を失敗するだけならまだしもそちら側につくなんて。私悲しいです。」
ウヅゥがみかんを見つめる。
その直後ウヅゥが初めて会った時のように指を軽く鳴らす。
「それならあなたの大好きなこの人を傷つけて。それを罰としましょう。」
ウヅゥが錠前の腹部を強く蹴る。
「がっ…!」
「錠前!」
「けほっけほ。だ、だいじょうぶ!」
錠前に共ポジとクレソンが駆け寄るが錠前はひょいとすぐに立ち上がる。
「なしないつの間にそんなに鍛えてたの。」
「それは……いや我のおかげネ。」
クレソンが驚きに目を開き。共ポジが1度言葉を詰まらせた後に声をかける。
「!そうかも!!」
錠前がキラキラと見えていない瞳を輝かけるように笑顔を向ける。
3人のプリキュアがウヅゥと向き合う。
「ぽ……。」
その後ろでポコの口を小さくみかんが塞ぐ。
だめ。まだ。
「ふーん。まあ私はどうでもいいんですけれど。」
ウヅゥがその2人の様子に興味も無さそうに1度だけ視線を向ける。
「でもあんまり放置してると私達まで怒られちゃうんです。」
ね、Atm。
横をふわふわと飛んでいただけの相棒にウヅゥが声をかける。
「カキンカキン〜!カキン!」
Atmがそのふわふわした体を大きく膨張させる。
それまでの人形とは比べ物にならない力が錠前達に飛んでくる。
クレソンが攻撃に備え盾の力を前に構える。
「……っ!!なしな!共ポ!ウヅゥを!!」
「アイヤー!!」
クレソンの守りを道に共ポジが先程錠前が受けた攻撃を返すように無防備なウヅゥへと足技を仕掛ける。そのウヅゥがにこりと笑顔向けて黒い蝶達へと姿を変える。
「蝶?!」
「こっちです。」
別の方向からウヅゥの声が飛び、衝撃に受身を取る。
「共ポ!」
共ポジは綺麗に地面に着地し、無事なように見えた。ただその拳の指先から微かな冷気が。
「共ポその手……!」
「問題ないネ。」
共ポジがその腕を隠すように片手を背の後ろに置く。
「駄目ですよー、ちゃんと敵の攻撃は避けきらないと!その氷は少しずつあなたを覆って最期には綺麗な氷の像の完成です。素敵でしょう?」
ウヅゥが狂気の笑みを浮かべる。
「そんなこと絶対させないんだから!」
錠前が共ポジの前に立ちウヅゥを睨む。
「やあああ!!!」
錠前がウヅゥへむけて力を構える。
ーーーーーーーーー
「……錠前さんが私に適うわけはいじゃないですか。」
魔法の力も残り少なく息を切らせるクレソン、氷が腕を追い尽くすまでになってしまっている共ポジ、満身創痍の錠前…でも錠前はまだ体が動く。
いつまでも諦めないプリキュア達にウヅゥがイラつきを募らせる。
「はっ、うるさい…わ!」
「見ててムカつくんですよ。弱いくせに。」
「それでもワタシはプリキュアなの。」
「口ばっかり。弱い人はなにも守れない選べない全部捨てるしかないんです!!」
「たしかに弱い人は他の人より選べる道は少ないかもしれない…だけど何回逃げても道から落ちても後ろを向いても歩いていくのが人なの……!
ねえウヅゥそのウヅゥの言葉は誰に向けて言ってるの?」
「?」
錠前さんが意味のわからない言葉をかける。
私は錠前さんに向けて言ってるのに?
「あ、れ。」
『やだやだやだ!いっしょににげようよ!ひとりでなんてむりだよ!』
『はやくいきなさい!』
『やくそくをうけいれます。× × の…× × × のために。』
『だいすきだよ× × × 。』
頭が痛い。わからない。わかんない。
『わからなくていいよ。可哀想に狂人の戯言は全てが痛くなってしまうよね。私の可愛い可愛いウヅゥ。僕がキミに力を貸してあげよう。』
さあその手を出して。
『「ウドゥン ゴ ソシン ヤポス」』
ウヅゥが1つの魔法を唱えた。
一瞬にして視界の全てに暗い黒の世界が広がり、錠前の腕を足をお腹を背を手の平を地面から飛び出る黒い薔薇の棘のようなものが突き刺していった……はずだった。
「…え?」
もう一度瞳を開けたその時、自分には痛みも傷も何一つない。さっきの攻撃はウヅゥの見せた幻覚だったの?
ウヅゥを見つめる。
ウヅゥは魔法を放った後の両手で頭を抑えまま。髪の隙間から見える瞳はより虚ろに。ウヅゥに声をかけようとするがそれよりもはやくAtmが1度錠前を睨み、ウヅゥをぱくんっと口に包みそのまま闇の世界に消えていく。
ウヅゥが消え戦いが終わった。
「みかん!みかん!」
立ち尽くす錠前達にポコが泣いてみかんを呼ぶ声が聞こえる。
「みかん!!」
戦闘に関わらせることも無くポコと後ろに待たせていたはずのみかんが地面に倒れている。
みかんの身体には錠前が先程攻撃を受けた場所の左右を逆にした部位にヒビ割れを起こしたような傷がはしっていた。
「どうして?みかんがなんで!」
「ソイツ…みかんが錠前の傷を全部引き受けてたネ……。」
最初から全部。
「共ポ!あんたそれ分かっててワタシにそれ教えなかったってこと?!」
錠前が共ポジのその胸元を掴む。
「じゃあどうすれば良かったって言うネ!オマエはさっきの魔法で死んでてもおかしくなかったアル!!」
共ポジが涙をこらえるように錠前を強く睨む。
「……っ!でも!」
「共ポ、なしなその話は今することじゃないよ。来て。」
地面に倒れるみかんの横にしゃがむクレソンが静かに錠前達を呼ぶ。
「……うん。共ポもごめん。」
掴んでいた襟を離し…1歩1歩みかんの傍へ近づく。
「みかん…?」
固い地面に横たわっていたみかんの上半身をなしなが座り優しく抱き抱える。
みかんのひびは先程より大きく進んでいるのが見てわかる程になってしまっていた。
「ふっ…うっ、ごめんね。ワタシのこと…助けてくれてありがとう。」
もしあの鏡の世界でみかんの手を掴んでいたら。ワタシが気づけていたら。攻撃を全部避けられるくらいもっと強ければ。
全部ただのもしもの話。けど…。
なしなの瞳から涙が零れる。
閉じかけていた瞼が小さく開く
ゆっくり、ゆっくりとその冷たいひびの入った指先をなしなの瞳に近づけその溢れた雫をすくう。
「なしな、わらって。」
「……うんっ!」
みかんじゃむおいしかった。ふくをきがえてたのしかった。いぬはふわふわかわいかった。
わたしはみかんでみかんせいだったけど
なしなのカタチをただまねただけ。
ニセモノのひとみだけれど
さいごにまたみれた。
だいすきな
「えがお。」
みかんが割れた。
「ねえ、今みかんも笑ったよ。」
ーーーーーーーーー
そばにいた。違和感にも今度は気づけた。
それなのに、なにも変えられなかった。
ポコの隣でみかんは鏡の欠片達へと姿を変えた。
「ぅっ…うっ…ポコまた、ポコ今度はとなりにいたのに……!なんにもできなかった!ま、またともだちが」
セレナーデとフガがみんなの元に帰った時。1人の姿が見えなかった。
「ポコ一緒にいれなくてごめんね。ポコのせいじゃないんだよ。ごめんね、ごめんね。」
セレナーデが自身も震えるその手でポコのその小さな体を精一杯さする。
どうしてなんだろう私達はただ幸せになりたいだけなのに……。
ねえフガ。
「ポコはなんで泣いてるの?みかんはどこに行ったんだフガ?また会えるフガ?!」
純粋な瞳がただ2人を見つめるセレナーデがフガの小さな手を引きポコと共に強く強く抱きしめた。
「共ポ、このあいだはごめん。」
「あの時も謝罪は受けたアル。もうその話はおしまいネ。」
ふいっと顔を背けてしまった共ポジの僅かに凍傷の跡が残る腕をなしなが掴む。
「共ポ!いつもいつも私たちを引っ張って前で戦ってくれてありがとう。でも…お願い共ポはいなくならないで……。」
初めて死という存在に近く触れてしまったなしなの瞳が不安に揺れる。
ぽこっ。共ポジがなしなの頭を軽く叩いた。
「我はプリキュアとして世界の平和を守るためなら死ぬことなんて怖くない。……でも…それが嫌なら、不安になるなら…錠前オマエが我を守れるくらい死ぬ気で強くなれ。」
変わらない赤い太陽の瞳がなしなをじっと見つめる。
不安そうに揺れていたはずのなしなの瞳が共ポジを見つめ返しぽかん動きが止まる。
「…あは、ふふ!共ポらしいや。ありがとうワタシ強くなるよ!!もっともっと!みんなまとめて守れるくらい!」
カタカタ、コトコト。
突然自宅を訪問したにも関わらずわかめだをユーロが快く迎えいれ料理を作る。
「ゆーちゃん。」
料理中はあまり近づくことの無いわかめだが傍に立つその姿に珍しさを覚えつつユーロが返事を返す。
「どうしたのわかちゃん?もうすぐお料理できるよ!」
1度口を開きかけ、口を閉ざす。
死は救済である。一定数にとってそれは事実の1部になり得ることを、それが理解できない程わかめだは子供じゃない。
ただそれは1つの主観であり、残された他の人々にとっては?
だからわかめだは理不尽によるそれを絶対に認めない、その考えに基づいた行為が、意思が、全て自分自身のエゴであると理解していても。
「野菜はいらない。」
「こらっ!」
ーーーーーーーー
「えーーん遅刻しちゃうよ〜〜!!」
なしなが部屋を駆け回る。
時計が指し示す時刻は今急いで家を出て出勤に間に合うかギリギリの時間。
でもこれだけは忘れない。
玄関先に置かれた鏡の前に立ちニコリと笑顔を向ける。
「行ってきます!!」
その鏡とは別の場所。
大事に、大切に綺麗な黄色い布に包まれた鏡の欠片が嬉しそうにきらりと輝いた気がした。