ひとりじゃない異形の怪物と闘う色とりどりな衣装を見に纏った乙女達。その華やかで可愛らしい外見からは想像できないほどに強烈な蹴りやパンチを敵にお見舞し、怪物は苦しげな声を上げながら後退する。
「今がチャ〜ンス!!!!」
黄色いワンピースを着た乙女はそう声を上げ、腕をブンブンと回しながら怪物に向かって走り出す
「錠前〜〜パ〜〜〜ンチッ、ぎゃあ!」
安直な技名を叫びながら敵に突っ込んで行った錠前は自らの腰に巻かれた大きなリボンの垂れを踏みつけ、そのパンチをお見舞すること無く敵の1歩手前で転げた。
それを見た怪物はニヤリと笑い無数に生えた触手の1本を大きく振りかぶる。
「なぎさちゃん!危ない!!」
ブンッと触手が振り下ろされバチンッという痛々しい音が辺りに響き渡った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「rgca#v*hz〜〜〜〜」
怪物が聞いた事のない言語で叫びながらサラサラと虹色の粉になっていく。
宇宙人のような見た目のピンク色の妖精と黄色い猫のような妖精が労いの言葉を掛けながらプリキュア達の周りをふよふよと飛び回っている。
「セレナーデごめん!!」
勢いよく頭を下げた錠前を見、セレナーデと呼ばれたクマのような耳が生えた水色の髪の乙女がキョトンとした顔をする。
「ワタシまた失敗しちゃった、痛かったよねごめん」
今にも泣きそうな顔で俯く錠前にセレナーデは笑顔で
「大丈夫だよ!なぎさちゃんが無事でよかった!」
と答え、「納豆巻き🎶納豆巻き〜〜🎶」と鼻歌交じりで歩き出す。
錠前はぐるりと周りのプリキュア達を見渡した。クレソンも共ポもユーロも、そして自分自身も衣装が汚れてはいるもののケガはひとつもしていない。しかしセレナーデは他のプリキュアと比べて衣装の汚れも酷くあちこちに小さな切り傷やかすり傷が出来ていた。
セレナーデはいつも傷だらけだった。
率先して最前線で闘い、味方が攻撃を受けそうになるとどんな無茶な姿勢でも庇いに来ようとする。今日もそうだった。セレナーデが錠前と触手の間に飛び込んできたことによって錠前に当たるはずだった触手はセレナーデに当たり、怪我をおった。
胸がズキリと痛む。いつ聞いても「大丈夫!」と笑顔で答えるセレナーデにとてつもない違和感を感じるのに、その違和感の正体が何なのかが分からない。
「なしな〜〜!置いてくよ〜〜!!」
わかめだに声をかけられはっと我に返る。気づけば他のメンバーもセレナーデの後を追って歩き出していた。
「ごめ〜〜ん!今行く〜〜!!」
錠前はモヤモヤと拭いきれない違和感を感じたままその場を後にした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(大学の食堂で昼食を食べるセレナーデと共ポ)
「オマエプリキュア辞めた方がいいネ」
向かい側に座る共ポが怒ったように呟きズルルと麺をすする
「え?」
共ポに突然「プリキュアを辞めた方がいい」と言われセレナーデは思わず大好物の納豆巻きを食べる手を止めた
共ポはごくんと麺を飲み込むと更に続ける
「錠前は避けれたアル」
脳内で共ポの言葉を反芻し、昨日の戦闘で錠前を敵の触手から庇ったことを思い出す。でもそれがプリキュアを辞めた方がいい理由にどう繋がるのだろうか。
「オマエそのままじゃ死ぬネ。我はオマエの闘い方気に食わないアル」
共ポはズルルとまた麺をすする。
「うん、でもみんなに怪我して欲しくないから」
笑顔でそう返すとダンッと共ポが机を叩き、騒がしい食堂が一瞬シンと静かになりセレナーデと共ポの方を見、またガヤガヤと騒がしくなっていく。
「馬鹿にするのも大概にしろネ」
共ポは怒りの籠った目でこちらを睨み、食べ終わったラーメン定食のお盆を持って席を後にする。
セレナーデは分からなかった。何故共ポが怒っているのかも、自分の戦い方のどこが悪いのかも。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(共ポ視点)
稽古をつけて欲しい、2か月前錠前からそう頼まれた。
「ワタシいつもドジしてばっかでみんなに迷惑かけてるから、ちょっとでも強くなりたいの」
錠前は闘うのがあまり得意ではなかった。それは錠前の能力が戦闘向きで無いこともあるのだろう。それでも強くなろうとしている仲間の頼みを断る理由はない。
「我の稽古は厳しいアルよ」
「望むところよ」
2人でニヤッと笑い、よろしく、と握手を交わした。
「はあ〜〜〜〜〜また昨日もやっちゃったあ〜〜〜.....」
いつも通り稽古前のストレッチをしていた錠前がうぅ〜〜と唸りながら言葉を漏らす
「でもオマエあの攻撃避けれたネ」
錠前が動きをピタリと止め、こちらを見て苦笑いを浮かべる
「うん。でもセレナーデはワタシの事心配して庇ってくれただけだから、そもそもワタシが失敗しなきゃ良かったわけだし」
錠前の言葉に共ポは眉をしかめる。確かに錠前は他のプリキュアに比べるとまだまだだ。だが以前に比べると確実に強くなっている。セレナーデの言葉を思い出しまた怒りが込み上げてくる。
「岩波は何にも見えてないネ、アイツは何のために戦ってるアルか?」
錠前は表情を曇らせる
「セレナーデはきっと"誰か"と戦ってるんだよ」
人の心に鈍感な共ポとは違い錠前にはセレナーデが抱えている何かが見えているのかもしれない。時々思う。自分が錠前のように人の心にもっと寄り添えたら師匠の事もどうにか出来たのではないか、と。腹が立つ。
自分勝手に闘うセレナーデに。
腹が立つことしか出来ない自分に。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(セレナーデ視点 大学の帰り道)
共ポを怒らせてしまったあの日から1度も共ポと話せていない。というよりも避けられている。
(私なんでくるっぽーちゃんのこと怒らせちゃったんだろう)
あれから共ポが怒っている理由をずっと考えているが何故怒っているのか検討もつかない。
「馬鹿にするのも大概にしろネ」
共ポが怒りと、そして悲しみの混じった顔で睨みつけてきたことを思い出す。
(くるっぽーちゃんはなんで悲しそうだったんだろう)
と、真っ黒い、まるで影のような蝶がヒラヒラとセレナーデの前を通り過ぎる。
通り過ぎた瞬間、突然セレナーデの前に首と腕がやたらと長く、逆に足はアンバランスな程に短い、茶色い肌の異星人が現れる。
鼓動が早くなる。全身から冷や汗が止まらず、視界がグルグルと回る。なんで?なんで"コイツ"がいるの?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はぁ、はぁ、はぁ」
必死に足を動かす。凹凸の激しい地面のせいで足がもつれて上手く走れない。腕の中で大切な人の名前を叫びながら小さなピンク色の妖精がもがいている。ちゃんと呼吸をしているはずなのに息苦しい。涙で視界がぼやける。私のせいだ。わたしがよわいせいだ。にげなきゃ。はやく、はやく。
「早く逃げて!!!!」
子供の時からずっと一緒にいた、大切な小さな友達が後ろから大声で叫んでいる。
ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
突然現れた異星人はセレナーデに向かって細長い枝のような人差し指を出し
「e〜〜〜〜〜t〜〜〜〜」
と声を出しゆっくりと近づいてくる。変身しなきゃ。はやく、へんしんして、たおさないと。はやく、はやく。
体が動かない。ずっと思い出さないようにしていた、ぼやけていた記憶が昨日の事のように鮮明に思い出される。
ああ、私は結局弱虫のまんまだ。あの時、私よりも弱いあの子を置いて逃げたから、バチが当たったんだ。
異星人の指先がセレナーデに触れそうになったその時。
ドスッという鈍い音と共に目の前まで迫っていた異星人が消え、代わりに地面には紫色の悪魔と妖精を掛け合わせたような見た目のぬいぐるみが転がっていた。
「え....?」
「何やってるアルか!!!」
転がっているぬいぐるみの先に共ポが立っていた。
「オマエこんな雑魚にやられる所だったネ!情けない!」
そういって転がっていたぬいぐるみを拾い上げ目の前に突き出してくる。
「ご、ごめんなさ「つま〜んな〜い」」
セレナーデの声を遮るように別の声が聞こえ、そちらを見ると水色の髪を高い位置で2つ結びにした少女が不機嫌そうにその長い髪を指先でくるくると弄びながら、空にフヨフヨと浮いていた。
「この魔法強度が足りないのよね〜。まぁ、いいわ、このまま帰るのも癪だからこの子達と遊んであげてくださらない?」
そういって少女が指をパチンと鳴らし触手が無数に生えた怪物が五体、どこからともなく現れた。
「帰るわよ、atm」
その少女が声をかけると共ポに掴まれていたぬいぐるみが突然動き出し共ポの手から逃げ出した。
「カキン〜」
atmと呼ばれたそれは泣きそうな声を上げながら少女の元まで飛んでいく
「痛いことさせてごめんね、atm。それでは御機嫌よう。」
空中に黒い空間が生まれ少女と妖精はその中に入り、そして消えていった。
少女が置いていった怪物達は先日戦った怪物と同じだった。
(5人で倒すのがやっとだったのにそれが五体も....せめてくるっぽーちゃんだけでも...)
背中合わせに立っていた共ポの方を振り返ろうとした時、トンっと自分の背中に共ポの重みを感じる。
「オマエが何と戦ってるかなんて我は知らないネ。でも、我は岩波を信じてるアルよ。背中は預けたネ。オマエもちゃんと戦えヨ」
その言葉にセレナーデが答える前に敵が攻撃を仕掛けてきた。
闘いながらセレナーデは考えた。
はっきり思い出したあの時のこと、それを忘れようとしていた理由、錠前が心配そうに声をかけてくれたこと、共ポが怒っていた理由。
怖い。
また、大切な人をなくすのが怖い。
戦闘中に周りを見ずに突っ込むなんて危険だということは分かっていた。それでも友達が傷つくことが怖くて、体勝手に動いていた。
目の前の敵を倒すのが精一杯で共ポに気をかける余裕が無い。
もし、今振り返って共ポが動かなくなっていたら?
「錠前〜〜〜キッ〜〜〜クッ!!!」
目の前の敵が勢いよく横に吹っ飛ばされ呻き声を上げながら虹色の粉になっていく。
飛び蹴りを決めたものの着地が上手くいかず地面で伸びている錠前の元に慌てて駆け寄る。
「なぎさちゃん!」
「助けに来たよ!」
錠前はそういってセレナーデにピースサインを見せニッと笑う。
怖い。
本当は痛いのは嫌い。
闘うのだって好きじゃない。
いつも敵を目の前にすると足が震える。
でも強くいなきゃいけない。
私がみんなを守らないと。
「セレナーデ!」
肩をポンッと叩かれ、後ろを振り向くとクレソンとユーロが立っていた
「私が守ってあげるからね!」
「セレナーデさんの好きなもの沢山作って待ってますから!沢山暴れてきていいですよ!」
私は大丈夫、大丈夫なはずなのに、1人でも大丈夫なはずなのに
「ふ〜疲れたネ!オマエらちゃんと戦えアル!」
緑、水色、黄色、ピンク、赤、色とりどりの衣装に身を纏った乙女たちが並ぶ。
「セレナーデは1人じゃないよ、大丈夫」
錠前がセレナーデの手をギュッと握る。
目を瞑り、深く深呼吸をする。怖い、という感情が薄れ身体の底からエネルギーが湧いてくる。足の震えはもう止まった。
私はもう大丈夫、みんなのことを信じて戦おう。
「さあ!!!みんな行くよ!!!」
セレナーデのかけ声と共にプリキュア達は走り出した。